第109話 リーズ・リップ その5

 ラーメンが出来上がるまでの暇潰しにと、3人は色んな話を続けた。たまに話題が兄の事に及ぶと、必要最低限な返事をヴェルノもテレパシーで答える。

 そうして待ち時間の退屈さを感じる事もなく、しばらくするとお待ちかねのラーメンが3人の前に届けられた。


「おーし、きたきた」


 いつきがすぐに割り箸を割って食べようとしたところでふと目の前を見ると、双子は少し戸惑っているように見える。きっと初めての体験で躊躇しているのだろう。

 そんな心の動きを察した彼女はニコっと笑って優しく声をかける。


「遠慮なく食べてよ。美味しいよ多分」


「あ、はい、頂きます!」


 この一言で踏ん切りがついたのだろう。彼女達は揃ってラーメンをすすり始めた。その表情には興奮と恍惚が見て取れる。夢中で食べ始める2人を目にしたいつきは、早速双子達にラーメン初体験の感想を求めた。


「どう?」


「え、ええ、食レポの通りでした。美味しいです」


「そっか、なら良かった」


 双子の妹のリップの嬉しそうな顔を見ただけでいつきは心の中が喜びで満たされていくような感覚を覚える。その頃、双子の兄は姿を消しながら夢中でラーメンをその小さな体に収めていた。姿を消していると言ってもいつき達には丸見えなので、その様子を3人が全員嬉しそうに眺めている。

 その様子は他のお客さんや従業員からはどのように見えていただろう。誰もが見て見ぬふりをする中で、いつき達はラーメンを全員見事に完食する。


 料金を支払って店から出た一行は、あまたあてもなく近くを歩き始めた。そこからタイミングを見計らって、いつきは元気な声で魔界からのお客さんに質問する。


「じゃあ次はどこ行こっかー!」


「あ、あの……景色のいいところとかありますか?」


 行きたい場所を聞かれて、リップが少し恥ずかしそうに上目遣いで尋ねてきた。このリクエストに、いつきは顎に指を当ててしばしの間思案する。数秒の沈黙の後、何かいい場所を閃いた彼女は双子の妹に声をかけた。


「……じゃあ、市民の森に行こっか」


「確か、季節の花とかが植えられているんですよね」


「小高い山の上にあるから見晴らしもいいんだよ」


「楽しみです」


 たった一言答えただけで、リップもまた市民の森についての情報を確かめるように口にする。やはり事前にかなり調べていたのだろう。自然に会話をしながら、いつきはこの違和感のなさに全く気が付かなかった。


「でもちょっと遠いんだよね。ここからだと……」


 ラーメン屋さんがある市街地から自然の豊かな市民の森まではかなりの距離がある。徒歩だと1時間近くはかかるかも知れない。その事実を何気なく口にしたところ、リップが突然元気に声を上げる。


「私達に任せてください」


「えっと、もしかして魔法を?」


 その言葉にこれは何かあると察したいつきは、自分の想像を口にする。リップは返事の代わりに、彼女を安心させるように具体的な説明を返した。


「同時に幻惑魔法もかけるので絶対にバレませんよ」


「うん、なら大丈夫だね。私、何かする事ある?」


 いつきもずっと魔法少女をやってきていたので魔法には理解がある。すぐに事態を飲み込むと、今から魔法を使おうとしている双子達に出来る事はないかと質問をする。

 ローズはこの言葉にすぐに返事を返した。


「では、その市民の森を思い浮かべてください」


「りょーかい」


 そうして彼女が市民の森を頭に思い浮かべていると、双子達が息を合わせてタイミングよく同時に両腕を頭上に掲げる。


「それ~っ」


 この双子の可愛らしい掛け声と共に一瞬で場面は転換した。気がつくと市民の森に全員が一瞬の内に転移していたのだ。この偉業にいつきは感嘆の声を上げる。


「おおっ、すごいね」


「ここが市民の森なんですね」


「そうだよ、行こう」


 こうして、引率の彼女を先頭に3人と一匹の市民の森観光が始まった。設定されているコースに従ってゆっくりと景色を堪能しながら歩いていく。

 コースは曲がりくねっていたり、登ったり降りたりと、それだけでも冒険気分でちょっと面白い。歩きながら、いつきはこの森について、初めてこの場所にきた双子に自分の分かる範囲で面白おかしく説明していく。双子達もその話にふんふんと興味深く耳を傾けたのだった。


「季節的に春が一番きれいなんだけどね~」


「この季節でも十分綺麗ですよ。花もそうですけど、周りの緑が美しいです」


「気に入ってもらえて何よりだよ~」


 ある程度巡ったところで一行は一旦森の入口に戻ってきた。そこには自動販売機が並んでいる。タイミングもいいしここで休憩にしようと、2人と一匹を近くにあったベンチに座らせたいつきは自動販売機でジュースを買ってきた。


「はい、ジュース」


「有難うございます」


 彼女から買ってきたジュースを手渡され、2人はすぐにお礼を言ってそれを受け取った。何のリクエストも聞かずにいきなり買ってきたので、それが少し不安になったいつきはジュースを渡した後に改めて確認する。


「炭酸で良かったかな?」


「炭酸、好きですよ」


「シュワワ~ってくるのがいいですよね」


 どうやらその心配は杞憂だったようで、2人共いつきの気遣いに満足しているようだった。ちびちびと可愛らしく微炭酸の栄養飲料系のジュースを飲む双子を優しい眼差しで彼女は眺める。

 その時、少女達の座っているベンチからいつきに向かって不満の感情がこもったテレパシーが伝わってきた。


(僕にはないのかよ)


「あ、ごめーん。猫用の飲み物は置いてなかったから」


(てめっ!)


 いつきがついいつもの調子でヴェルノをからかっていると、ローズが飲んでいたジュースから口を離してそのまま兄に差し出す。


「お兄様、でしたらこれを……」


(いや、いいよ、家に帰ってから飲むから)


 その申し出をヴェルノは頭を振って断る。そんな彼の態度を見たいつきはにやりといやらしく笑みを浮かべると、そのもふもふの体を人差し指でツンツンとつついた。


「やせ我慢して~」


(外で猫が缶ジュースを飲む訳にもいかないだろ?)


 この彼の理由を聞いたいつきは、更に調子に乗ってつい口を滑らせてしまう。


「べるのも早く変身魔法を覚えなよ」


(……)


 この無茶振りにヴェルノは精神的に強いショックを受けたのか急に無言になる。妹と比べられる事が苦痛で家を出た事をここで思い出した彼女は、一瞬体が硬直した。ここで兄の心配をしたローズが心ない一言を発した彼女に強く抗議する。


「いつきさん!」


「ご、ごめん」


 気まずい雰囲気が漂う中、間を持たせるために何か話をしようといつきは何とか話題を絞り出した。


「そう言えば2人は何歳なの?」


「私達ですか?」


 この質問にローズは普通に返事を返す。どうやらあまり怒っていない雰囲気を察した彼女は安心してそのまま言葉を続けた。


「確かべるのは17歳だっけ?魔界猫の中じゃまだまだひよっこなんだよね?」


「はい、お兄様の年齢での魔法レベル3と言うのは決して劣っている訳ではありません」


「だってさ、良かったね」


(……)


 いつきはこの会話の流れから取り繕うようにヴェルノを慰めるものの、一方の魔界猫はその態度を崩さない。とは言え、これはいつもの不機嫌なのだろう。ブスッとはしているものの、そこにそれ以上の怒りのオーラは感じられなかった。

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