第107話 ローズ・リップ その3
「でももう居留守も使えないだろ、家には迎え入れてんだから」
「それはそうだけど……」
言葉に詰まったいつきはヴェルノから視線をそらした。その後もじっと動かずにいたので、この状況を良しとしなかった彼はいつきを急かす。
「何迷ってんだよ、待たせても仕方ないだろ?」
「何かあったらサポートよろしくね」
「あ、うん……」
いつきはヴェルノの協力を取り付け、ようやく重い腰を上げる。部屋のドアを開け、玄関に向かうと、そこで彼女を待っていたのは可愛らしい双子の少女だった。
見た目は10歳くらいで、おそろいの服を着ているのでパッと見では2人の見分けはつかない。当然そんな少女の知り合いのいないいつきはこの状況に困惑する。
どう言う反応をすればいいか彼女が戸惑っていると、どちらかと言うと利発そうな方の少女が満面の笑みで声をかけてきた。
「いつきさん、おひしぶりです!」
「え?誰?」
この突然の呼びかけにいつ気が挙動不審になっていると、もうひとりの大人しめの少女も可愛らしい笑顔を向けて言葉を続ける。
「うふふ、私達ですよっ!」
「双子で顔知りって……まさか……ええっ?」
少女達には見覚えはなかったものの、双子と言う条件で言えば最近知り合った双子がいた。いつきはその事を頭に思い浮かべて、けれどもまだその可能性を信じられずにいた。
と、ここで彼女が一向に玄関先から戻ってこないのを気にしたヴェルノがとことこと家猫の振りをして様子を覗きに来る。
(おーい、誰だったん……)
「お兄様っ!」
彼の姿を見た途端に双子が突然狂喜の声を上げる。この反応で少女達の正体は確定的となった。思わぬ来客の登場にヴェルノは驚きの声を上げる。
「げえーっ!」
そうしていつきは魔界からの可愛い双子のお客様を自室へと案内した。2人の少女もニコニコとご機嫌状態だ。部屋には椅子はひとり分しかなかったので取り敢えずはベッドに座ってもらう。居候の魔界猫の定位置を奪う形になったのもあって、彼は人間化した妹の膝の上に収まっていた。
目の前の可愛い双子の姿をいつきはじいっと見つめる。
「それにしてもすごいね、ローズちゃんリップちゃん」
「えへへ。それほどでもないですよ」
「だって兄貴は未だに猫の姿のままだよ」
いきなり自分の事を言われたヴェルノはすぐに機嫌を悪くした。
「ほ、ほっとけっ!」
そんな抗議を右から左に流しつつ、彼女は目を輝かせて好奇心の赴くままに質問を始める。
「それはレベルどのくらいで使える魔法なの?」
「これはレベル5ですね」
「おおお……」
レベル数を聞いたいつきはパンと手を叩いて感嘆の声を上げる。レベルの上限についての知識はないものの、ヴェルノよりレベルが上だと言う事だけは理解出来たからだ。
彼女の感心する姿を見つめながら、ローズは更に言葉を続ける。
「こっちの世界に来て人間の姿で生活している人も結構いるんですよ」
「魔界の人がこっちに来るメリットってそもそも何かあるの?」
この言葉に疑問を覚えたいつきは身を乗り出して発言者に顔を近づける。ローズは少したじろぎながら、その理由を立て板に水を流すように説明する。
「まずこっちの世界では魔法が便利だから、それだけでいい生活が出来ますよね」
「あ、うん」
その理由にいつきは素直にうなずいた。次に隣りに座っていたリップがその続きを口にする。
「後は魔界にいられなくなった人とか」
「え、でも向こうの人ってこっちに普通に来られるんだから追っかけてこれるでしょ」
魔界にいられなくなったと言う言葉にいつきはアスタロトを思い浮かべる。彼の場合は流罪扱いでこの世界に来た訳だけれど、双子の話を聞いた彼女は犯罪者が潜伏するためにこの世界に逃げてくるイメージを想像したのだ。
この言葉を聞いたローズが、早速さっきの妹の説明を補足する。
「別に犯罪者だけの話って訳じゃないですよ」
「あ……そっか。こっちでも色々あって故郷を離れて別の場所で生活したりする人がいるけど、ああ言う感じ?」
「そうです、そんな感じです」
「あー、納得したわあ。そのいい例が我が家に居候してたの忘れてた」
いつきはポンと手を打ってその説明に納得した。双子との会話から急に自分の話をされてヴェルノはまたしても憤慨する。
「ほ、ほっとけ!」
「で、2人はこっちに遊びに来たんだ。じゃあどっか出かける?」
ヴェルノをからかって満足した彼女は、双子に改めて今から何をしたいか問いかけた。ローズはその申し出を膝の上の兄をなでながらやんわりと断る。
「いえ、私達はお兄様に会いに来たので」
「そ、そうなんだ……」
いきなり申し出を却下されていつきは困惑する。どうやら2人はヴェルノと触れ合えるだけで満足している様子。ブラコンすぎるその態度に彼女もどう反応していいか対応に困ったものの、折角こっちの世界に来て全く観光しないと言うのも勿体ないと、更に説得を続ける。
「で、でもさ、向こうのお屋敷と違ってこっちは普通の家だし退屈でしょ?」
「そんな事ないですよ。私達にとってはお兄様と一緒にいられるだけで十分なんです」
「おおっ、好っかれてるゥ~」
ローズに続いてリップにも兄ラブな言葉を返されて、いつきは思わずヴェルノの体を指でツンツンする。この普段彼女がしないような仕草にヴェルノは迷惑そうな顔で声を荒げた。
「か、からかうなよっ」
どうしても双子を外に連れ出したかったいつきはここでいいアイディアを思いつく。パンと勢いよく手を叩くとすぐにそれを口にした。
「そうだ!べるのと一緒だったらいいんでしょ?じゃあみんなで出かけようよ!それなら行けるでしょ」
「ま、まぁ……」
この彼女の提案には流石の双子も断る事は出来なかった。なし崩し的に巻き込まれた形になったヴェルノは早速不満を訴える。
「何か勝手に僕を巻き込んでない?」
「いいじゃん、行こうよ」
「普段インドア派の癖に」
この彼のツッコミに、いつきは双子達を外に連れ出したい理由を説明した。
「折角遠いところからお客さんが来てるのに、おもてなしをしないのは違うでしょ」
「そりゃあ、まぁ……」
ヴェルノも流石にこの言葉には納得させられる。わざわざ魔界から異界であるこっちの世界までやって来て、それで個人の家の部屋に訪れただけ終わりと言うのも淋しい話だ。
いつきは少し戸惑っている風な双子達の顔をじいっと見つめて質問する。
「ね?どこか行きたい所とかある?」
「えっと……ないです」
「私も、観光とかは考えてなかったから」
2人共彼女の言葉にうまく返事を返せなかった。ローズもリップも兄に会うためだけにこちらの世界に来たため、それ以外の事は全く頭になかったらしい。
困り果てた彼女達の様子を見たいつきは、嬉しそうにニコッと笑う。
「じゃあさ、私が考えるよ。それでいい?」
「は、はい」
その申し出にローズが焦って返事を返した。ならば善は急げとすぐにスマホを取り出した彼女は地元の人気スポットを色々と検索する。
「うーん、どこがいいかなぁ」
「どうせそんなに遠くに行かないんだろうから、ショッピングか公園かそんなとこだろ?」
「だからそれで悩んでるんだって」
ヴェルノの正論を右から左に流しながら、いつきは夢中でスマホを操作していた。その様子を目にしたリップは彼女を気遣うように言葉をかける。
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