第97話 200年前へ その5

「って言うかもし冤罪の証拠が見つかったとして、どう証明するつもりなんだ?」


「私が証言するよ、それじゃ駄目かな」


「いや、駄目だろ」


 いつきのあまりにも雑な作戦を聞いたヴェルノは、呆れてものも言えなかった。その態度を見てカチンと来た彼女は、逆にヴェルノに訴える。


「じゃあべるのが何とかしてよ」


「は?」


「何かないの?例えば映像を記録する魔法とか」


 この無茶な要請に彼は頭を抱える。該当する魔法がない訳ではなかったものの、ヴェルノはその魔法を習得してはいなかったのだ。

 しかし、覚えていないと正直に言うのも何だか悔しかった彼は、それを誤魔化すように不機嫌な態度で言葉を漏らす。


「そんな都合良く……」


「ここは儂の出番ですな!これをお使いなされ」


 ヴェルノが困っている態度を取っていたため、彼を思った博士がここで助け舟を出した。そのシワだらけの手には小さな水晶玉が乗っかっている。


「おお、可愛い水晶玉」


「これ、記録水晶じゃないか、どうしてこんなもの……」


 水晶玉を見て喜ぶいつきに対して、元々魔界の住人のヴェルノはその正体をひと目で見破った。この水晶は記録水晶と言うもので、空間の映像を物理的に記録出来る魔界の道具のひとつ。操作はすごく簡単でレベル1の魔力でも使いこなす事が出来る。つまり、これがあればヴェルノでも映像を記録出来るのだ。

 この魔界の便利道具を差し出した博士は胸を張ってドヤ顔で口を開く。


「儂は色々と持っておるんじゃよ」


「博士、有難う!」


 これで何とかなりそうだと期待に胸を膨らませた彼女は、博士にお礼を言った。感謝されて嬉しくなった老人は、調子に乗って更にのけぞる。


「ふぉっふぉっふぉ、もっと褒め称えて良いぞ!」


「はい、べるの、これで何とかなるんでしょ。任せたから」


 博士から水晶玉を受け取ったいつきは、そのままヴェルノに手渡した。魔界の道具はその世界の住人に扱ってもらうのが一番だからだ。彼も満更でもない様子で、この魔界道具を受け取ると、軽い仕草でそれを装着する。

 水晶玉は猫の鈴のように、ヴェルノの首の辺りに上手い具合に収まった。


「ったく、仕様がないな。ま、乗りかかった船か」


 こうして準備が整ったところで、修理にかかりっきりの博士を除く2人は移動を始めた。少しでも過去に関わる危険性をなくすためにと、老人は全員に空間隠蔽の魔法をかける。こうする事で過去の住人からは3人が見えると言う事はなくなった。

 いつき達は街を歩きながら事件の手がかりがないか探すものの、そんな簡単に兆候が見つかる訳もなく、ただ街をぐるぐる回る行為を続けていた。


「今のところは何もないね」


「そりゃまだ事件は起きてないし……」


 ヴェルノと雑談をしながらのパトロール。何度も歩き回る事でかなり街の景観を覚えたいつきは、200年前の魔界の街並みを楽しむ余裕も生まれてきていた。服屋さんの前で魔界の服を眺めたり、美味しそうな屋台の食べ物に目移りしたり。

 魔界のファッションセンスも、食べ物も、そのどれもがこの世界に馴染みのない彼女からすれば新鮮そのもので、一日中歩き回っても全然興味は尽きないようだった。


 逆にヴェルノは見慣れた地元の過去の景色に少しうんざりしている。彼曰く、魔界の文化水準は200年前からそんなには変わっていないと言うものの、部分部分でどこかダサさを感じたりするのだそうだ。


 そうやってパトロールを続けていて、一日も思わろうとした頃にようやくお目当ての人物を発見する。それを目にした瞬間にいつきは声を上げた。


「あ、アスタロトだ!何か貴族みたいな服着てるよ!」


「そりゃそうだろ。あいつも元貴族だから」


「え?そうなの」


「位は父様の方が高いけどね」


 いつきが夢の中で見た景色の中でのアスタロトは捕まった後だったからか、貴族っぽい服装ではなかった。なので初めて見る本来の姿の彼を見て、彼女はほうと感嘆の声を漏らす。

 高貴な服を着こなすアスタロトは今の憎悪に満ちた顔ではなく、どこか穏やかでまさに紳士と言う言葉が似合っている。それを見たいつきは、事件の当事者になった事の影響力の大きさを実感するのだった。


 アスタロトは仲の良い友人と2人で街を散策していた。この2人に興味を持ったいつき達は彼らの後を尾行する。周りに見えない魔法がかかっていたので、堂々と後ろを歩いても気付かれる事はない。そうしてついていった先にあったのは、何か宗教めいた特別な場所だった。


「お、何やら神殿っぽいところに入っていったよ。そう言えば、ここが事件の舞台?」


「ああ、この数日後にこの神殿の宝玉が盗まれる……はずだ」


 その後もしつこく尾行したものの、特におかしい様子は何もなく、その日の成果は貴族時代のアスタロトに出会っただけと言う結果に終わった。その内にすっかり日が暮れて、いつき達は元の公園に戻る。

 公園のベンチに腰を下ろして、ヴェルノは紅く染まった空を見上げながらつぶやいた。


「今日は何も起こらなかったな」


「あ、どうしよう。今日どこに泊まるの?」


 日帰りで戻れると思っていたいつきはその先の事を全然考えておらず、夜になってから焦り始める。街の宿に泊まるにはこの時代の通貨を誰かが持っていないといけない。いつきもヴェルノもそんな物はないのは確定しているので、自動的に2人の視線はこの時代に迷い込ませた張本人に注がれる。

 期待の視線に気付いた博士は、よっこらしょと立ち上がって腰をとんとんと叩く。それから困り顔の2人の顔をじっくり眺めると、にいっと笑った。


「儂に任せんしゃい」


 どうやら老人には何かあてがあるらしく、迷いなく道をスタスタと歩いていく。いつき達はお互いに顔を見合わせてうなずきあうと、遅れないようにとすぐに後をついていった。歩きながら好奇心がむくむくと膨れ上がり、それを抑えきれなくなったいつきは暇潰しに前を歩く博士に話しかける。


「この時代って博士はもう生まれてるんだよね」


「ああ、この頃は200歳になったかどうかくらいだったかの」


 この回答から、現在の博士の年齢は約400歳だと言う事が判明する。続いて彼女は想像力を働かせて、同じ時代に同じ人物が存在する事についての危険性について質問する。


「じゃあさ、この時代の博士に出会ったら大変な事になるんじゃないの?」


「うむ、その点は大丈夫じゃ。さっきお主達に姿を消す魔法をかけたじゃろ。あれでこの時代の儂も今の儂に気付かんのじゃよ」


「そっか、良かった」


 こうして疑問と不安が解決したいつきは、安心して笑顔を取り戻した。歩き続けた3人は、やがて街の外れのこじんまりとして小綺麗な家屋の前に到着する。


「ここが儂の別荘じゃ。この時期は使ってなかったからな、ここで休めるぞい」


「わーい、有難う」


 200年前の博士は研究で功績を上げ小金持ちになっており、こうして各地に別荘を持っていたのだそうだ。世界中を飛び回って研究するのにその別荘を利用していたのだとか。

 その後、研究のテーマをタブー視される古代魔界文明に絞ったために、そこからどんどん落ちぶれてしまったらしい。


 勝手知ったる自分の別荘と言う事で、博士は鍵のかかったドアを魔法を使って器用に開けると、別荘に泊まると言う未知の体験を前に目を輝かせているいつき達を改めて招待する。

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