第98話 200年前へ その6
別荘内はあまり使われていないのか、その外見と同じく小奇麗に片付いていてとても居心地が良かった。時間が時間と言う事で博士のおもてなしで夕食が振る舞われ、みんなのへこんだ胃袋はこうして満たされていく。
それから自由時間になって、博士は装置の調整のために自室こもってしまう。特に用事のないいつき達は、その後にオフロに入って疲れを洗い流した。それからいつきはヴェルノの魔法でパジャマに着替え、客間のふかふかのベッドに腰掛けながら雑談を始める。
「明日も証拠探し、頑張んなきゃだね」
「確かアスタロトは街を破壊した罪で追放になったんだ。真犯人を見つけたところで許されると思う?」
「それはそうかもだけど……犯人をアスタロトが見つければ少しは考慮されるんじゃないかと思うんだ。あの事件って未解決事件なんでしょ?」
「まぁね」
事件が未解決なのは、以前にこの話題が出た時にヴェルノ自身が口にしていた事実だ。未解決だからこそ、アスタロトに罪の軽減の可能性も残されている。そう彼女は考えていた。
「それにさ、べるののお父さんがこの件に関して判断してくれるって言うなら私からもお願いするから」
「それは公私混同になるんじゃないか?」
「私はアスタロトの弁護をするんだよう!」
味方がいなさそうなアスタロトの力になろうと言うこのいつきの訴えを聞いたヴェルノは、ハァと小さなため息を吐き出した。
「ったく、いつきはいつからあいつに肩入れし始めたんだよ」
「だって可哀想なんだもん。力を全部失っちゃってさ。それで小さな子供の姿にまでなっちゃってるんだよ」
彼女の力説はその後も続き、ヴェルノはそれをずっと黙って聞いていた。その内に眠気が襲うようになったので、話のキリの良いところで彼はいつきの言葉を遮った。
「ま、いいけど。今日はもう寝よう。おやすみ~」
「うん、おやすみ~」
次の日、またしても博士の手料理で朝食を済ませた2人が早速パトロールを再開しようと準備を進めていると、彼女達の前に博士がやってくる。どうやら作業に行き詰まったらしく、気分転換にパトロールについて行きたいと言い出したのだ。
いつき達は顔を見合わせたものの、特に断る理由もなかったのでそれを了承する。これは何かあった時に博士の知識が役に立つかもと言う意図もあった。
3人は昨日の反省を踏まえ、街中を歩き回るのではなく、怪しい場所を一点集中で見張る事にした。こうしてこの街の中でアスタロトが訪れて一番怪しく見えた場所にいつき達は直行する。しばらくそこで待機していたものの、ある事に気付いたヴェルノが話しかけた。
「で、ずっと神殿を見張ってるけど、そう言えば観光とかはしないでいいの?」
「観光はまた元の世界に戻ってからでいいよ」
今のいつきの意識は観光よりアスタロトの無実の証明に大きく傾いていた。そもそも200年前の魔界を、しかも透明人間状態で観光してもいまいち面白くもないと言うのが本音のようだ。何しろ服を目にしても着られないし、食べ物を目にしても食べられないのだから。
これだったら後で現代に戻ってから魔界に飛んでタイムパラドックスを気にせずにヴェルノの妹達と楽しく観光を楽しんだ方がいい。
そう言う訳で3人は神殿前でじいっと出入りする人物をチェックする。神殿は観光名所にもなっていて、親子連れやらカップルやらおひとり様で入る人も多く見受けられた。この日も特に大きな騒ぎが起こる事もなく、このまま今日も不発かといつきが落胆しかけたところで、見覚えのある人物が神殿に近付いてくるのが目に映った。
「あ、あれはこの間アスタロトと一緒にいた人だ。今日はひとりだね」
この何気ない一言にヴェルノも同じ方を向いて確認する。そうしてすぐにその人物の発する異様な雰囲気に嫌な予感を感じたのだった。
「うん?何かおかしい。追いかけよう」
この彼の直感を感じたいつき達は、そのまま神殿内に入っていくその人物の追跡を始める。博士によると、アスタロトの友人と目されたその人物の名前はゲイウィルと言って、同じく貴族と言う事らしい。彼とアスタロトとの関係については詳しく知らないものの、かなり地位のある貴族との事。
いつもならそう言う話を始めるとヴェルノがすぐに横槍を入れるものだけど、今回それはなかった。
神殿内を歩くゲイウェルは突然立ち止まると、何かの気配を感じたのか急に振り返る。
「ん?」
「うわっ!」
この行為にいつきは驚いて大声を上げる。それからすぐにハッと気付いて急いで口を両手で抑えた。その行為を横から見ていた老人はニコっと笑って力強い声で彼女を安心させる。
「大丈夫、バレる訳がありませんのじゃ。この姿を消す魔法は時空のズレを利用しておる。ここにいてここにいなくなっておりますのでな」
「つまり、尾行にはもってこいなんだね!」
「そう言う事ですじゃ」
ゲイウェルはその後、何事もなかったように歩き始めた。どうやら過度に周囲を警戒しているために、何もないところで振り返っては状況を確認しているらしい。これはあからさまに怪しい行動だ。
この頃になると、3人共ヴェルノの直感が正しいものだと信じて始めていた。
心配症な貴族はその後、神殿内でも一番神秘的で一番の目玉である特別な宝物が展示されている場所に辿り着く。そうしてそこで何かの魔法をかけると、急に周りから人がいなくなっていった。時空のずれた場所にいる3人には当然のようにその魔法は効果がない。
人払いが済んだところで、ゲイウィルはにやりと邪悪な笑みを浮かべた。それからすぐにそこに目立つように展示されていた宝玉を魔法で引き寄せて手に入れる。それはまさに決定的瞬間だった。
いつきはすぐに記録用水晶を身に着けているヴェルノに声をかける。
「べるの、記録してる?」
「当然!」
彼に事の顛末を一部始終記録されているとも知らず、ゲイウェルは自身の野望が叶った事で高らかに笑った。
「ふははは!これこそまさに本物の宝玉!本物の力だ!今度こそ力を物にしてみせるぞ!」
「そう言えば、あの宝玉ってどう言うものなの?」
いつきはそう言いながら小首を傾げる。宝玉について全く知識のない彼女のこの質問に博士が答えた。
「あれもそもそもは遺跡から発掘された物。長年神話上の空想の産物されてきたものじゃった。宝玉に選ばれた者が使えば願いが叶うと言われておる」
「それ本当なの?」
「じゃが誰も宝玉には選ばれんかった。だから神話が本当かどうかはまだ確かめられてはおらんのじゃよ」
これが人間界の遺跡で出土した発掘物なら、単なる言い伝えの類の一言で済まされるだろう。
しかしここは魔界、魔界の遺跡から出てきたもの、しかも曰く付きのものならばそれは本当にそんな効果があるものなのかも知れない。だからこそアスタロトの友人と言う立場、つまり貴族であろうと欲しがってしまうのだろう。
彼の邪悪な欲望に染まりきった顔から目が離せないいつきは質問を続ける。
「じゃあ今からアレを持ち帰ろうとしているあいつも?」
「勿論じゃ。ゲイウィル様も大したお方ではあったが、宝玉は一瞬光を放っただけじゃった」
この博士の言葉を聞いた彼女の頭に、はてなマークがいくつも浮かぶ。
「え?もう試しているのにまだ欲しがってるの?」
「おそらくじゃが、宝玉の力を他の誰にも使われたくないのではなかろうかの?」
「それだけの事で?」
「自分のものにしておけばいつか血族の誰かが宝玉の力を得るかも知れぬしのう。ま、儂がそう思うだけなのじゃが……」
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