第96話 200年前へ その4

 そう、装置の故障で落とされたこの世界は人間界ではなく魔界だった。つい最近彼女が目にした魔界の景色が目の前に広がっている。見回したところ、3人が今いるのは魔界の街の外れのひと気のない公園ようだ。何故この場所に落ちてきたのか、それは装置が魔界のものだからなのかも知れない。

 いつきは自分の出した答えに自信があったのでドヤ顔でヴェルノを見つめる。


 けれど、彼が問題にしていたのはそれとは別の事だったのだ。そりゃそうだろう。ここが魔界かどうかなんて言うのはヴェルノだってすぐに分かるのだから。


「魔界なのは僕も分かるよ。でも今の魔界じゃない。ここは僕の知らない魔界だ」


「そうなの?お爺さん」


 自分では出せない問題に突き当たった彼女は、自分達をこの世界の導いた老人に答えを求めた。いつきの言い方が気に障ったのか、ここでようやくこのメガネエルフ老人は自身の事を口にする。


「儂を爺扱いするでない!儂にはポウと言う立派な名前があるのじゃ。ポウ博士と呼べ!」


「ポウ博士だって?」


 博士の名前をした瞬間、ヴェルノの目の色が変わる。どうやら彼は目の前のイカれた博士の事を何か知っているようだ。その様子を見たいつきは、すぐにヴェルノの顔を覗き込む。


「べるの、知ってるの?」


「確か禁止されている遺跡の発掘を強行して学会で問題になっていたはずだよ。そんな危険人物を父様が支援していただなんて」


「ヴェルム様は儂の研究を高く評価してくれておるのじゃ。じゃからその期待には応えなばならん」


 ポウ博士はヴェルノの父親にかなり心酔している御様子。ほっとくと中々話が進まなさそうな気がしたいつきはもう一度具体的に質問する。


「で、ここはどこなの?魔界だよね?」


「ふうむ。どうやらここは今から200年前のワールのようじゃな」


 装置を覗き込む博士からまた謎ワードが飛び出した。当然のように理解出来なかったいつきは思わず聞き返す。


「ワールって?」


「いつきも来ただろ。僕の故郷の街の名前だよ」


 彼女の質問に答えたのは博士ではなくヴェルノだった。そのぶっきらぼうな言い方は、どこか言いたくない事を渋々言っているような雰囲気だ。どうやら彼はあまりいつきに魔界の事を詳しく知られたくはないらしい。

 この言葉を聞いて状況を理解した彼女はキラキラと目を輝かせ始める。


「て事は……私達今200年前の魔界に来てるの?すごーい!」


「早く今の時代に戻せ、今すぐ!」


「何よ、いいじゃない、200年前の魔界を楽しもうよ!」


 ネガティブなヴェルノはこの状況が面白くないらしく、元に戻すよう博士に怒号を飛ばす。それとは逆にポジティブないつきはこの世界を楽しもうと主張する。

 2つの意見がぶつかりあって、場は険悪な雰囲気になりつつあった。


「何でそんなにポジティブなんだよ」


「いやだって、面白そうじゃん。もしかしたら歴史の瞬間に出会えるかも知れないよ?」


「200年前って言われてもピンと来ないよ!」


 口論に決着をつけようとヴェルノが叫ぶ。この言葉に刺激されたのか、装置をいじっていたポウ博士が突然口を開いた。


「おお、そうですじゃ、200年前のワールと言えば、確かあの大事件があった頃ですぞ」


「え?何々?」


 すぐに好奇心旺盛ないつきがその言葉の続きを要求する。博士の口から放たれたその答えは、しかし彼女を硬直させるのに十分な威力があった。


「アスタロト大暴走事件ですじゃ」


「え……?」


 いつきはさっきまでの元気モリモリな態度を一変させ、まるでマネキンのように固まってしまった。そんな彼女の態度にお構いなしに博士は淡々と説明を続ける。


「今装置の数値を確認したんじゃが、儂らは奇しくもあの事件の起こる数日前に来てしまったようじゃのう」


「そうか、何故か見覚えあると思ったら、ここ、あの夢の景色と一緒だったんだ」


 何故この景色に見覚えがあったのか、その謎が解けたいつきは独り言のようにそれを口にする。その言葉に疑問を抱いたヴェルノは彼女の顔を見上げた。


「昔の魔界の景色を?夢で?」


「前にも話したじゃない、アスタロトに攻撃された時に見たんだよ」


「ああ、あの時の……」


 説明を受けてようやく彼も納得する。話自体は聞いていたものの、自分の事ではなかったのもあってすっかり忘れていたのだ。時空間転移したのが事件の起こる前だと知ったいつきは、確認のためにヴェルノに話しかける。


「ねぇ、今が事件の起こる前なら、アスタロトはまだこの街にいるって事だよね」


「おい、何を……」


「アスタロトを探すんだよ。それで事件を起こさないようにする。そうすればもう狙われないでしょ」


 いつきはドヤ顔で自分の目的を宣言する。そのやろうとしている事の危険性を自覚していない彼女に、ヴェルノは大声を上げて忠告した。


「ダメだ!そんな事をしたら歴史が変わってしまう!」


「変えるんだよ!悪いの?」


「ああ悪い、そんな事をしたら最悪俺達の存在が消滅する」


 過去を変える事はタイムパラドックスを発生させ、それによって未来が変わり、その結果がどうなるかは全く予想がつかない。SFでお馴染みのこの概念だけど、そう言う物語に全く興味のなかったいつきは指摘されるまで全く頭になかった。

 この事実を前に彼女が動揺していると、追い打ちをかけるよにポウ博士が補足説明を始めた。


「残念じゃが、ヴェルノ様の言う通りじゃ。過去にはあまり干渉してはならん。儂らが出来るのは傍観する事のみじゃ」


「そんな……。じゃあ何も出来ないままじゃない。アスタロトは冤罪だって……」


「だからそんな面倒事には関わるなって……」


 何とかアスタロト問題に関わろうとするいつきに、ヴェルノは諦めるように進言する。そんな彼の言葉が言い終わらない内に、いつきは何かアイディアを閃いたらしく、有無を言わせずにその作戦を提案する。


「あ、そうだ!見るだけならいいんでしょ?じゃあ私、事件の真相を探るよ。それでアスタロトの疑いを晴らすんだ」


「なっ、さっきの話を聞いてたか?」


「聞いたよ!だから何もしないよ!」


「いや、そうじゃなくて……」


 歴史に関わる事は時間旅行者にとってはタブー。出来るなら何もしないのが一番だ。いくら注意して行動したとしても、何が原因で過去を変えてしまうか分からない。ヴェルノはそれを訴えたかったものの、いつきも全く引く気配を見せなかった。

 このままでは埒が明かないと感じた彼は、強硬手段に出ようと装置の調整を続ける老人に怒号を飛ばす。


「博士、今すぐに俺達を元の世界に戻せ!」


「それがのう、どうも装置が壊れてしまったようなんじゃ。直してみようとは思うんじゃが、すぐにはいかんのう」


「マジかよ……」


 唯一の事態収集の手段を失ったヴェルノは途方に暮れた。ここで逆に勢い付いたのがいつきだった。彼女は目を輝かせると、すぐに目の前の魔界猫に協力を要請する。


「じゃあちょうどいいじゃん、べるの、協力してよ!」


「まぁ、仕方ないか……」


 現代に戻る手段を失い八方塞がりになってしまった彼は、仕方なくいつきの話に乗る事を了承する。こうして彼女の目論見通りに話が進む事になったものの、一体どんなプランを想定しているのか、そしてそれが可能なのかを確認するために改めてヴェルノは質問した。

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