第95話 200年前へ その3

 集中していた老人はこの質問で作業の邪魔されて声を荒げる。いつきはちょっと驚いてビクッとなったものの、すぐに好奇心を疼かせてまた質問した。


「その機械、何なの?」


「これか?これはな、時空を移動する事が出来る機械じゃ」


「え?魔界ってそんなものまであるの?」


 博士から装置の詳細を聞いた彼女は驚いてもうひとりの魔界の住人に確認を取る。ヴェルノもまた博士の言葉に驚いたようで、自分の記憶を頼りに簡単に説明した。


「いや、聞いた事ない。それに時間関係の研究は確か禁止されていたはずだよ」


「え?何で?」


「詳しくは知らないけど、大昔にそれで魔界が滅びかけたらしい」


 真顔で話す彼の口から放たれた衝撃的な一言にいつきはかなりのショックを受ける。真剣な顔で話すその様子を見ても、この話は冗談とかではないらしい事が伺われた。そう言う雰囲気もあって、彼女の妄想は暴走する。


「え?ちょ、まさかその機械、世界を滅ぼすって言うんじゃ……」


「誰がそんな馬鹿な事をするものか!それにこれでそんな大それた事は出来ん。少し時間旅行が出来るだけじゃ」


 自分の発掘した装置が危険物扱いされているのを聞いて博士は憤慨する。この説明を聞いたいつきはすぐにある事に気付いて首を傾げた。


「あれ?でもその機械の操作でこっちの世界に来たんじゃないの?大丈夫なの?」


「五月蝿いな。まだ完全に理解出来てはおらんのじゃ。じゃがもう空間移動の方法については理解した。もう同じ間違いはせんよ」


「本当かなぁ~」


 老人の自信たっぷりの言葉に彼女は疑いの眼差しで反応する。それが挑発のように映ったのだろう、博士はにやりと笑うと装置をバンバンと叩いて懐疑的な態度を取るいつき達を見つめる。


「ふふ、信用出来んか?では今からお前達を魅惑の時間旅行に招待してやろうぞ」


「ちょ、待て!誰がそんな危険な事を……」


 話が危険な方向に流れていると感じたヴェルノがすぐに止めようとするものの、彼を抱いているいつきの目はとたんに輝きを増し始めていた。


「面白そうじゃない!やってみてよ!」


「いつき!そんな簡単に……」


 その言葉を了承と受け取った博士は早速装置をいじり始めた。嫌な予感がマックスに達したヴェルノはいつきの胸の中から飛び出して老人の凶行を止めようと向かっていく。この動きに気付いた彼女はそれを止めようと飛び出したヴェルノに手を伸ばす。

 この一連の出来事が決着を迎えようとするその前に、博士は高らかと宣言した。


「これでこれをこうして……最後にこうじゃあー!」


 博士はまるで仕事の出来るビジネスマンがエンターキーを最後に勢い良く押すような雰囲気で、装置のとあるボタンを押す。次の瞬間、機械はまた振動し始め、周囲の空間を歪ませ始めた。

 この状況にいつき達2人が冷静でいられるはずもなく、あらん限りの大声を出して自分の心の中の恐怖と釣り合いを取っていた。


「うわああああ!」


「キャアアアア!」


 装置は生き物だけをその異次元に放り込んだみたいで、謎の空間の中に博士と装置といつきとヴェルノの4体だけが存在していた。この空間に既視感を感じた彼女はその感想を素直に口にする。


「これが時空間?何だか魔界のゲートの中みたい」


「原理的には同じものじゃよ。お前さんゲートを通った事があるのか」


「うん、つい最近」


 博士の説明に納得したいつきはほっと胸をなでおろす。全然知らない世界に引きずり込まれたなら混乱もするだろうけど、ゲート内と同じ空間なら既に体験済みだったからだ。

 彼女の緊張がここで解けたところで、何かに勘付いたヴェルノが突然声を上げる。


「いつき、ここで魔力がないままなのは危険だ、変身を」


 そう、ゲート内では魔力がないと異空間のエネルギーの流れに翻弄されてしまう危険があった。装置が引きずり込んだこの時空間が同じ組成の空間であるのなら、今の魔力のない状態では同じように危険なのだ。

 彼の言葉を聞いたいつきは、すぐにその意図を汲んで変身する。


「うん、分かった」


 こうしていつきは魔法少女の姿に変身する。これでこの空間でも安心だと2人が落ち着いた時、装置の様子を眺めていた博士が突然大声を上げた。


「何じゃ?余計な事をするでない!座標が狂う!」


「そ、そんな事言われても……」


 いきなり変身したことを咎められ、いつきは困惑する。だからと言って今更変身解除は出来ない。もし今解除してしまったら、今度はどんな事が起こってしまうのか全く想像が出来なかったからだ。

 博士は装置の不調を何とかしようと、ものすごい勢いで装置のモニターを確認しながら設置されているスイッチを操作し始める。


 2人から見たら何をしているのかさっぱり分からなかったものの、自分達ではどうする事も出来なかったため、成り行きをただ静かに見守るばかり。

 博士は全神経を集中させて調整を試みるものの、突然装置は振動を止める。次の瞬間、周りの時空間はその動きと呼応するように歪み始めた。


「うわ、何これ?」


「だから言わんこっちゃない!いかんな、落ちるぞ!」


 装置が引きずり込んだこの時空間は上も下も右も左も何の感覚もない空間。それなのに装置の動きが止まった途端に、ある一定の方向に急激に引っ張られ始めた。つまりこれが博士の言う落ちると言う事なのだろう。

 この初めて感じる感覚にいつきは混乱した。


「落ちるって何ー!」


「文字通り、移動途中の時間軸の世界に落っこちるんじゃー!」


「何でこうなるんだあー!」


 急激に引っ張られた3人と魔界の古代装置はその後、時空間から抜け出し、引っ張られたスピードを維持したまま地面に激突した。この落下時のショックでいつき達はうめき声をあげる。


「あいてて……」


「むぎゅー」


「うぐぐ……また失敗か。中々調整が難しいのう」


 博士はこの中で一番高齢だったものの、一番最初に起き上がりすぐに装置に異常がないかチェックをし始める。遅れていつきも起き上がると、自分達を酷い目に遭わせたこのメガネ老人に対し怒りのままに文句を言った。


「ちょっとお爺さん!発明するならもっとちゃんとしたものを……」


「これは儂が発明した物じゃない。発掘したんじゃ」


「え?どう言う事?」


 博士の言葉を聞いたいつきの頭に疑問がふわふわと浮き上がる。老人は眼鏡の位置を直しながらその質問に答えた。


「これは古代魔界文明の遺産なんじゃ」


「魔界にそんなものがあったんだ!」


 その言葉に彼女は感心する。この態度に博士は呆れ返った。


「ものを知らん娘じゃな。魔界は過去に5回滅びかけておるのじゃぞ」


「ほーん。すごいね」


 まるで自分とは関係のない豆知識を無理やり聞かされたようなそのリアクションに老人は頭を抱えたものの、すぐにある事実を思い出し、考えを切り替えた。


「おお、そうじゃ、お前さんは異界の住人じゃったな。なら、知らぬのも無理なかったわい」


「べるのは知ってた?」


「神話としては聞かされてきたよ。それより問題はここがどこかって事だよ」


 ヴェルノは2人のやり取りを右から左に受け流しながら、今話題にすべき一番大事な問題点について提起する。

 それを聞いて周りをキョロキョロと見渡したいつきは自身の記憶と照らし合わせ、すぐに彼の質問に答えた。


「いやここは魔界でしょ。見覚えあるもん」

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