第87話 里帰り その2

「今更帰れないよ……合わす顔もないし」


「べるのはさ、ただ意地になってるだけなんだよね。実家の方はいつでも帰ってきてOKな状態みたいなのに」


「そっか。色々難しいね」


 プライベートな問題を部外者2人にあれこれ詮索されて、流石の彼も精神的な限界が訪れる。ヴェルノはキッと脳天気に話すいつきを睨んだ。


「もう!2人で好きなだけ話題にしてなよ」


「ちょ、どこ行くの」


「この部屋以外。今ここはちょっと居心地が悪いから」


 彼はそうぶっきらぼうに言い放つと、強い足取りで部屋を出ていく。開けたドアをそのままにするくらい気が立っていた。その様子を見た雪乃は、あまりその事を気にかけている風でもなさそうないつきに声をかける。


「あ~あ、行っちゃった。でもいいの?これで」


「まぁ仕方ないよ。私としては今のままは良くない気がするんだけどねえ」


「またそんな事言って。本当はあわよくば自分も魔界に行きたいとかじゃないの?」


 彼女の事をよく知っている幼馴染みはすぐに考えを読んだ。ズバリ心の中を読まれたいつきはバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。


「正直それはちょっと思ってる。だって魔界だよ?べるのみたいなのがいっぱいるんだよきっと。そう考えたら面白そうじゃん」


「そう言うところ、いつきらしいよね」


「てへへ」


 雪乃が笑ってそう言うのでいつきもつられて笑う。その後もしばらく談笑をするものの、休憩の時間が過ぎたところで場の雰囲気は一気に変わった。


「じゃあ今の内に課題を終わらせないとだね!行くよ!ラストスパート!」


「うわあ~。何も今終わらせなくても~」


 スパルタになった彼女が今日の内に課題を終わらせようと本気になり、その勢いに巻き込まれたいつきはまた課題地獄に苦しむのだった。


 その頃、リビングに避難したヴェルノはエアコンを26℃に設定してソファの上で丸くなっていた。


「ったく、みんなお節介過ぎるんだよ。折角今は何もかも忘れて平和に暮らしてるんだから……」


 彼が快適な室温でぐっすり眠っている間に時間はスルスルと砂が指の間をすり抜けるように過ぎていき、気がつくと夕方の6時を回っていた。スパルタ雪乃の夏の課題一層大作戦はどうやら成功したらしく、いつきは燃え尽きて灰になる。

 昼寝から目覚めたヴェルノが物音を聞いて玄関先に行くと、ちょうど2人が別れの挨拶をしているところだった。最後に別れの挨拶をしようと彼が顔を出すと、先に気付いた雪乃がニッコリと笑う。


「それじゃ、ヴェルノ君、またね」


「ああ、帰り道気をつけて」


「ふふ、有難う」


 ヴェルノと別れの挨拶を済ませると、雪乃はそのまま帰っていった。そんな2人のやり取りをいつきは不信感マックスな表情でじぃーっと眺める。


「……何?」


「いや、ゆきのんと私との扱いの差があからさまだなーって……」


「そんなの当然じゃんか。いつきは雪乃とは違うんだから」


 どうやら彼女はヴェルノが雪乃に優しく接しているのを不満に思ったらしい。その言いがかりに対して彼がそんな対応をしていた理由をそれっぽく話すと、この言葉に納得いかないいつきは顔を膨らませる。そんなコントじみたやり取りをしていると、2人の目の前に懐かしい顔が現れた。


「お久しぶり」


「き、清音さん?!」


 そう、そこに現れたのは以前いつきと魔法使い対決をした魔女の藤堂清音だった。彼女はこれまでにも何度かいつきに接触した事がある。一番最近接触した時はヴェルノ宛に魔界通信装置を渡してきていた。果たして今回は一体何の用事で現れたと言うのだろう。


「大した用事じゃないんだけどね。これを……」


 清音はそう言うと、いつきに文庫本サイズの大きさの箱を押し付けるように手渡してきた。いきなりそんな謎のプレゼントを貰ったいつきは当然のように困惑する。


「何ですかこれ」


「さあ?私は渡すように言われただけだから。それじゃまたね。たまには遊びに来てね」


 前回と同じく、清音の用事はまた使い走りだったようだ。目的が達成された事を確認した彼女はすぐに踵を返して帰っていく。


「あ……っ」


 何も説明されないまま帰られたため、いつきはどうする事も出来ずにしばらくその場で固まってしまう。10秒ほどして正気に戻った彼女は渡された箱をまじまじと見つめながら、こう言うのに詳しそうな相棒に声をかけた。


「これ、またべるの用なのかな?」


「いや、多分それ、いつき用だよ」


「やっぱそうなのかな?」


 清音に渡された謎の箱の中には何が入っているのか?最初こそどうしようか扱いに困っていたものの、それが自分用だと言う考えに至ると不信感より好奇心の方が大きくなって、その箱を持ったまま取り敢えず自分の部屋まで戻る事にする。


 部屋に戻った彼女はもしものためにヴェルノを側に置いて、はやる心を抑えながらその箱を開けていく。箱は特に魔法的な封印がされている訳でもなく、市販のカッターで簡単に開ける事が出来た。


「あ、これって……」


 箱の中に入っていたのはスマホを一回り大きくしたくらいの大きさの、小型の何らかの通信装置のようだ。それを見たいつきはこの装置の造形に心当たりがあった。


「これ、前に清音さんから渡されたアレに似た形のような気がするんだけど……」


 一緒に覗き込んだヴェルノはその装置に見覚えがあるらしく、すぐに正体を口にする。


「魔界通信装置の簡易版だよ。特定の相手としか通話出来ないんだこれ」


「こんなの貰ってもなぁ。だって私魔界に知り合いなんて……」


 清音がいつきに渡したのは魔界通信装置の簡易版だった。とは言え、人間世界にしか知り合いのいないいつきにはこの装置は何の役にも立たない。

 どうして彼女はこの装置を自分に渡したのか、その理由が分からないいつきは首をひねる。とは言え、清音もまた渡すように言われただけらしいので、多分彼女に理由を聞いたところで聞きたい答えは得られないのだろう。


 この魔界の通信装置を前に2人がどうしていいのか分からずにただただ困っていると、突然この装置から奇妙な旋律が流れ始めた。


「うわっ、何?」


「呼び出し音だよ、出てみれば?」


 ヴェルノの話によれば、その旋律はこちらの世界の電話で言うところの呼び出し音と同じものらしい。知り合いがいないはずのいつきに語りかけようとする魔界の誰か――それを想像したいつきの頬に冷や汗が一筋流れていく。

 怖くなった彼女は必死の形相でヴェルノの顔を見た。


「だ、大丈夫だよね?」


「こっちの世界の電話と同じだよ。この装置は声のやり取りしか出来ないってば」


「う、うん」


 彼の説明を聞いて覚悟を決めたいつきは、装置の使い方を教えてもらってエイヤッと気合で通話ボタンを押す。耳に当てた装置から聞こえてきたのは、何とも可愛らしい女の子の声だった。


「はぁ~い。どもども~」


「?!」


 この意外過ぎる通話相手に彼女は困惑する。いつきが返事を返せない内に魔界側の声の主は矢継ぎ早に言葉を投げかけてきた。


「ちゃんと聞こえているかしら?いつも兄がお世話になってます」


「え?もしかしてあなたが?」


「あ、申し遅れました。私はリップと言います。よろしくお願いします」


 何といつきに通信をしてきたのはヴェルノの妹のリップだった。声の主が分かった事で、ようやくいつきは安心する。

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