里帰り
第86話 里帰り その1
夏休みは順調に消化されていく。蝉の声がBGMの8月の上旬のある日、まったりといつきがだらけていると、別の部屋で何かをしていたヴェルノがその用事が終わったのかドアを開けてトコトコとやってきた。
「なぁ、お盆って何だ?」
彼は部屋に入ってきたかと思うと突然そんな話をし始める。この不意打ちに、いつきは当然のように困惑した。何故急にお盆の話を……。予想外すぎて意味が分からなかったので、彼女はすぐに聞き返した。
「お盆?急にどうしたの?」
「妹達がお盆には帰ってこいって」
その返事に驚いたいつきは目を丸くしながら、ガバッと起き上がって彼の顔を眺める。
「えっ?魔界にもそんな風習があるの?」
「あったら聞いてないだろ?」
「あ、それもそっか」
この返事に納得したいつきはヴェルノにお盆の事を簡単に説明する。
「お盆ってのは、8月の中旬にご先祖様の霊が返ってくるって言うこの国の風習だよ」
いつきの説明を聞いたヴェルノはうつむきながら考え込み始めた。その様子が面白かったので彼女は悩む魔界猫の様子を観察する。
今時ならその様子を撮影してインスタにでも上げたりするのだろうけど、流石に被写体が魔界の羽の生えた猫なので物議をかもしだすだけだし、そんな事はしなかった。
「うーん、分からん。どうしてそれが帰る事と関係するんだ?」
「日本じゃその期間にお墓参りするんだよ。だから故郷を離れた人達が里帰りするんだ」
「墓参りかぁ……。なるほど」
その説明で大体納得した彼はその場にぺたりと箱座りをする。いつきはお盆の話を切り出した彼の妹達の意図を汲んで改めてヴェルノに尋ねた。
「で、どうするの?お盆まで後一週間くらいだけど」
「いや魔界にそんな風習ないし」
「だよね。言うと思った」
予想通り、元々お盆の風習のないヴェルノは、その時期になったからと言って帰る気はサラサラないようだ。想定内の返事が返ってきたと言う事で、いつきはまた視線をさっきまで目を通していた雑誌に戻した。と、ここでヴェルノがポツリとつぶやく。
「でも何で妹達がそんな風習を知ってたんだ?」
「調べたんじゃないの?愛するおにーさまに帰ってきてもらいたくてさ」
妹達の発言の意図を汲み取れないラノベ主人公レベルの鈍感さのヴェルノに、いつきはにやりと笑みを浮かべながらさりげなく正解を口にする。
その答えを聞いた彼は思っても見なかった妹達の思惑を知って言葉を失った。
「なっ……」
「仲いいんでしょ?帰ってこいって言うくらいだから少なくとも嫌われてはいない。いいんじゃない?いい機会だし帰ってあげなよ」
「いや、だから帰れないって」
いつきはヴェルノに里帰りを勧めるものの、その提案は即却下された。そんな彼の態度にいつきは大きくため息を漏らす。
「意地っ張りだなぁ」
「プライベートな問題には干渉しないでもらえるかな」
「そっちが言い出した話の癖に」
こうして妹達の放った軽いジャブは当人に軽くかわされる結果となって終わる。折角勧めたのに全然取り付く島のないヴェルノを見て、いつきはもうこの話を広げても無駄だと判断し、それからは一切お盆の話が話題に上がる事はなかった。
その頃、魔界のヴェルノの実家のお屋敷では妹達が今回の作戦について話し合いをしていた。最初に口を開いたのは双子の妹のリップだ。
「お兄様、話に乗ってくれるかしら?」
「すぐには無理でしょうね……でも、ここからが本番ですわ!」
流石、姉のローズはお盆の話を切り出しただけで事態が動くなんて甘い考えは持ってはいないようだ。その返事にすぐにリップは姉の考えを問いただす。
「と、言うと……?」
頭脳派の双子の姉は妹の質問に対してにたりと笑うと、瞳の中の野望の炎を燃やしながら口を開く。
「使えるコネは全部使うのよ!必ずお兄様を里帰りさせます!」
「素敵!私も協力を惜しみませんわ!」
自信満々なローズの言葉にリップも魅了されている。彼女達の作戦はどうやらまだ始まったばかりのようだった。
次の日、また雪乃がいつきの家にやってくる。夏休みに彼女が家にやってくると言う事は、そう、今日もまた夏休みの課題をやっつける為に来たのだ。決して暇だから遊びに来た訳ではない。
そんな訳でいつきはヒーヒー言いながら残りの課題を片付けていく。この作業が始まって2時間後、頭がヒートアップしたいつきは雪乃に休憩を提案。その意見はすぐに通り、束の間の休息となる。冷蔵庫で冷やした麦茶を飲みながら、彼女は雪乃に昨日の話を切り出した。
「……とまぁ、そんな話になってたのよー」
「そうなんだ、私もヴェルノ君は実家に帰ってあげていいと思うな」
雑談のテーマに自分の話が選ばれた事にヴェルノは機嫌を悪くする。
「なんで雪乃にまでべらべらと話してるんだよ」
「いいじゃない。黙って休憩なんてつまらないし」
「だからって何も僕の話をする事ないだろ!」
話の流れで、自分の身の上話がただの話のネタにされている事が気に入らなくなった彼が突然切れる。プンプン怒るヴェルノを見ながら、いつきは眉ひとつ動かさずに雪乃との日常会話の内容についての説明をした。
「何言ってんの。ゆきのんと話す時はいつもべるのの事を話題にしてんだよ?」
「そ、そうなの?」
この説明にヴェルノは思わず雪乃の顔を眺める。何となく気まずさを感じた雪乃は頬を赤く染めながら彼に申し訳なさそうに謝った。
「うん、そうなんだ。なんかゴメンね」
「いや、雪乃は謝らなくていいよ。どーせいつきが一方的に喋ってるだけなんだろ」
ヴェルノは謝る彼女を手を振って制止して、会話の矛先をいつきに向ける。この彼の態度を目にしたいつきは、意地悪そうにニヤリと口角を上げた。
「あら?よく分かってるじゃないの」
「いつきの考えてる事なんて単純だからな」
「だってこんな面白い話のネタが転がってんだよ?話さないなんて嘘だよね」
この何を言っても聞かなさそうな態度にヴェルノは根負けをして、ハァとため息を吐き出す。
「く……。まぁいいよ、知らないところで話題になるのはさ」
負けを認めた彼の言葉にいつきが勝ち誇った顔をしていると、ヴェルノは更に言葉を続けた。
「だけどなんで今日みたいに僕が目の前にいるのに、そんな話をするんだよ」
目の前で自分の事が話題になれば誰だってあまりいい気はしないだろう。ヴェルノは、それを分かっていて喋るいつきの無神経さに憤慨していたのだ。
その怒りの理由を聞かれた彼女は、敢えてその話をした根拠をここで口にする。
「それはべるのに聞いてもらいたいからだよ」
「は?」
予想外の言葉が返ってきてヴェルノの目が点になった。呆気に取られた彼を尻目にいつきは言葉を続ける。
「私はねぇ、べるのに里帰りしてもらいたいんだよ」
「な、何を勝手に……」
「思うくらい私の勝手じゃん。ひとりで帰れないなら私もついていこうか?」
いつきの目がキラリと光る。その表情からこの言葉が本気だと言う事が推測された。魔界にいつきと一緒に里帰り……そのビジョンを一瞬想像したヴェルノはブルブルと顔を振る。
「な、何言ってんだよ。余計なお世話だよ」
「ヴェルノ君はどうしても実家に帰れないの?」
頑なに帰郷を拒否する彼の態度を雪乃が優しく問いかける。彼女の優しさにヴェルノは顔を赤く染め、視線をそらしながら小さくポツリとつぶやいた。
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