第85話 第3接触 その6

 けれど槍は楽々とこの結界を突き破り、いつきにこそ当たらなかったものの、彼女の側10cm程と言う至近距離を貫いていく。


「あわわわわわわ……」


 自慢の結界があっさりと破られた事で彼はプチパニックになった。槍が結界を貫通したのを見届けたアスタロトはふんぞり返って高笑いをする。


「ふん、魔法レベル3の結界などその程度よ」


「べるの!しっかりしてよ!」


「こっちだって必死でやってるよ!」


 いつきは一歩間違えれば死んでいたと言う恐怖から、動揺するヴェルノを捕まえて前後に何度も体を揺らす。それが何の意味のない行為だとしても。そんな2人を冷静に見つめながら、ヤツはまたさっきの槍を魔法で作り出す。そうしてじっくりと狙いを定めていく……。


「次は……外さない」


 その静かな殺気に押し潰されそうになりながら、いつきもまだ何か対抗手段があるのかニヤリと笑う。


「そっちがその気ならこっちにだって奥の手はあるんだからね!」


「いつき、まさか……」


 その彼女の言葉に一抹の不安を覚えたヴェルノはゆっくりといつきの表情を伺った。彼が何を言いたいのか察したいつきは、安心させるように優しい笑みを浮かべる。


「大丈夫、まだそれは使わないから」


「え?」


 この彼女の態度から見て、どうやらヴェルノの想像したその手段はここではまだ使わないらしい。それでは一体何をしようとしているのか。彼が心配しながら見守っていると、いつきは一旦深く深呼吸して、その"とっておき"を披露する。


「マジカルドリーム!幻惑死重奏!」


 彼女はそう叫ぶとステッキを頭上に高く掲げて、アスタロトに向けて魔法を放つ。怪しい紫色の光がヤツの体を包むと同時にアスタロトは頭を抱えて苦しみだした。


「ぐおおおお!頭が……」


「どう?精神攻撃よ!」


「この程度……で……俺の……復讐心は」


 精神に直接攻撃するこの魔法はヤツに確実にダメージを与えている。攻撃を続けながらいつきはアスタロトに説得を試みた。


「ねぇ、もう止めよう。意味ないよこんなの」


「ざっけんなーっ!」


「キャッ!」


 怒りが頂点に達したヤツは力任せに槍をぶん投げる。精神攻撃を受けながら投げた槍は当然のように全く見当違いの方向に飛んでいった。


「くそっ……手元が」


「いつき!チャンスだ!」


「えっ?」


 この突然のヴェルノの言葉にいつきは戸惑う。困惑する彼女に説明しようと彼は言葉を続けた。


「さっきのヤツの攻撃で結界に穴が開いた。これで連絡が取れる!」


「くっ!ここまでか!」


 自分の攻撃で結界を破ってしまった事を悟ったアスタロトはここが潮時だと状況が不利になってしまう前に現状離脱を試みる。まずはいつき達を行動不能にするためにまばゆい光を発生させた。この突然の光攻撃に2人は何も出来なくなってしまう。


「うわっまぶしっ!」


 その強烈な光が収まった時、いつき達は元の世界に戻ってきていた。現状確認の為に彼女はキョロキョロと周りを何度も見渡す。


「あれ?アイツ逃げた?」


「みたいだね」


「やったよ!アスタロトを追っ払った!」


 目の前の恐怖が去った事を確認したいつきはヴェルノの手を取って何度もジャンプして喜んだ。ヴェルノも現実世界に戻ったのにテレパシーで会話するのも忘れて危機を脱した事に安堵する。


「はぁ~助かったぁ~」


「もうこれで安心だね」


 彼女は安心のため息をつくヴェルノに改めてサムズ・アップする。

 けれど、浮かれているいつきと違って生真面目で慎重派の彼は、すぐに真面目な顔になって楽観視する彼女を諌めるのだった。


「いや、安心は出来ないから。次は強くなってリベンジしてくるかもだし」


「そうなった時はこっちだって返り討ちだよ!」


「……ったく、どうしてそこまで強気になれるんだか」


 飽くまでも自信満々ないつきに呆れて、ヴェルノはまた大きなため息をついた。それから2人は中断していたお使いを再開させる。異空間での戦闘は現実時間では数分程しか経過しておらず、買い物をするにあたって全く支障は生じていなかった。

 その後、スーパーで必要なものを買って出来たお釣りはほぼほぼ彼女のおやつに変換されていく。こうして途中でアクシデントに見舞われた夏休みのお使いイベントは、無事にコンプリートする事が出来たのだった。



「ねぇ、どうにかしてお兄様を呼び戻せないかしら?」


「それは私も考えてる……」


 魔界ではヴェルノの双子の妹達、ローズとリップが兄を魔界に戻す為の相談をしている。この話し合いは長期に渡って続いていたものの、今までは中々良い策を思いつけずに話は平行線を続けていた。

 そんな事を何度も何度も事あるごとに繰り返していた姉妹は、人間界でのある催しを思い出し、そこに突破口を見出していた。


「そうですわ!この手がありました!」


「お姉様、何か名案が?」


「ふふ……いい事を思いつきました」


 策が閃いたローズはにやりと笑う。こうしてヴェルノのあずかり知らないところで魔界側では着々と計画が進められていった。

 何も知らない彼は、夏の間ずっと家にいるいつきと毎日くだらないやり取りをして過ごしていく。このまま平穏な時間が過ぎていくものだと信じ込んで――。

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