第84話 第3接触 その5

「で、この結界はどうやったら抜け出せるの?」


「待って、今考えてる」


「じゃあ私は何とか外と連絡取れないか試してみるよ」


「頼む。もしそれが出来たならそれでもうこっちの勝ちだ」


 こうして2人の役割分担は決まり、それぞれの得意な方法でこの厄介な結界を破る事になった。


「誰でもいから助けに来てーっ!」


 いつきは力の限り叫ぶ。思いを込めて叫ぶ。ただひたすらに叫ぶ。これは最初に時政が助けに来た時の再現だ。時空間を移動出来る彼ならば、この声がもしかしたら届くかも知れないと一縷の望みをかけて叫び続けた。

 しかし彼女がどれだけ叫ぼうとも状況に全く変化は現れない。それは今回アスタロトが失敗に学んだと言ったその通りなのだろう。


「反応がない……」


「空間侵食!」


 いつきの呼びかけ作戦が失敗する中、ヴェルノはヴェルノで自慢の魔法でこの結界を破ろうと、必死で思いつく限りの呪文を唱えていた。

 しかしその結果は彼女の試みと同じく、全く通用してはくれかった。


「……駄目か」


「おいおいおい、魔法レベル3程度の魔力でこの俺の異空間が壊せるとでも?」


 2人が悪戦苦闘している内にちびアスタロトがやってきてしまう。夢中になっていたせいで時間が過ぎていた事に気付かなかったのだ。ヤツはドヤ顔でゆっくりといつき達の前に近付いてくる。この最悪の状況にいつきは恐怖で顔が青ざめた。


「き、来たーっ!」


「こっちだって、勝算があるからやってきてるんだぜ?」


 2人は今までのアスタロトの戦闘の思い出がグルグルと頭の中で再生されて絶望感に襲われていく。こうしてトラウマ状態になりながらも、いつきは歯を食いしばり、覚悟を決めてヴェルノに声をかける。


「こ、こうなったら戦うしかないよ!」


「お前らの実力はとっくに把握済みだ。あれから何か特訓でもしたか?レベルアップとかは?俺の想定を上回れるか?」


 ちびアスタロトの挑発はいつきの精神を削いでいく。実際のところ、彼女の実力は前回の戦いから全く変わっていない。レベルアップなイベントとかも体験していないし、強くなっている実感もない。ヤツはそこまで考え抜いた上で、この戦いに臨んでいる。

 ちびアスタロトから湧き出てくる静かな殺意にいつきはゴクリとつばを飲み込んだ。


 けれど、だからと言ってここで何もしない訳にもいかない。アスタロトは力を奪う事の出来る悪魔だ。今回の襲撃の本当の目的もきっとそうなのだろう。このまま何も出来ずに力を奪われて、魔法少女になる事が出来なくなる事を恐れた彼女は、意を決してステッキに力を集中して思い切り振り払った。


「み、ミラクル☆カッターッ!」


 その言葉と共にステッキから放たれた鋭利な魔法の刃は、目の前の男の子魔族のガードしていた腕を傷つける。そうしてちびアスタロトはその痛みにうめき声を上げた。


「うぐっ!」


「あれ?効いてる?」


 以前までのヤツならこの程度の攻撃魔法では傷ひとつつけられなかった。それが今回しっかり攻撃が通用した事で、魔法を使ったいつき自身が驚いていた。ダメージを受けたアスタロトは腕の傷口をぺろりと舐める。


「なるほど、この程度か。だがそこまでだ。それでは俺を殺せない」


「こ、殺すつもりなんてないよ!」


 いきなり物騒な言葉が飛び出して彼女は焦る。そんないつきの覚悟を聞いたヤツは腕を前に出して挑発する。


「殺すつもりでこいよ。俺もお前らを殺すつもりだっ!」


 今度はこっちの番だとばかりにアスタロトは腕に魔力を溜めてそれをいつきに向かって放出する。レーザー状の魔法が超高速で飛んできて、当然のように彼女はパニックになった。


「うわああああっ!」


「結界防御!」


 いつきの危機にヴェルノはとっさにその魔法を防ぐ結界を張る。レーザー魔法はその結界を貫通出来ず、結界の表面に沿って進行方向を歪められていった。


「ちっ!」


「嘘?べるのの結界で防げた……?」


「やっぱり弱体化してる。結界の強度に力を全振りしているんだ」


 この結果を受けてヴェルノは今のアスタロトの能力を分析する。その言葉を聞いたヤツは負け惜しみのように強がりを言った。


「ふん、まぁお前らを倒すのにそこまでの力はいらないからな」


「強がり言っちゃって。レベルが私と同じくらいなら怖くないよ!」


 今のアスタロトなら誰かの力を借りなくてもいい勝負が出来るかも知れないと意気込んだいつきは、鼻息荒く攻勢に出ようとする。そんな彼女を、慎重派のヴェルノは止めようとした。


「待った、罠かも知れない!もう少し様子を見た方がいい」


「罠かどうかは次の一撃で分かるよっ!」


 彼が止めるのも聞かず、いつきはステッキに力を込める。ステッキは彼女の魔力を受けて魔法の力の輝きを増していく。


「マジカルボール乱れ撃ちィ!」


 いつきがステッキを振り回す度に野球のボールほどの大きさの魔法の弾が何発も連続して放出されていく。打ち出された弾はホーミングミサイルのように全弾アスタロトに向かって正確に飛んでいく。この魔法弾を直撃を受けながら、ヤツはその攻撃を避ける事も出来ず、ただただ攻撃を受け続けていた。


「ぐ……こんな……」


「効いてる!効いてるよべるの!」


「おお、これならもしかしたら……」


 自分の攻撃がアスタロトに通じていると言う事で2人の顔に希望の光が灯る。このまま攻撃を続ければヤツの方から音を上げるかも知れない。そんな淡い期待を抱いていると、攻撃を全て両腕でガードしきったアスタロトが強い怒りの形相でいつき達を睨んだ。


「お前ら……変な希望を持ってんじゃねぇ。お前らの末路はこの俺の養分になって死亡って事に決まってるんだ!」


 自信満々に話すヤツの特殊能力について恐怖を覚えた彼女は、どうにか対抗策を考えて貰おうとヴェルノに聞こえるように声を上げる。


「あ、そうだ、アイツ、力を奪えるんだった」


「安心しろ、あそこまで弱体化してるって事はそんな簡単に力は奪えない」


「本当?」


 いつきに自説を聞き返されたヴェルノは暫くの間沈黙して、一言付け加えた。


「……はずだ。多分」


「ちょ、頼りないなぁ」


 とにかく、助けが呼べない以上はこの窮地を自分達の力で何とかするしかない。いつきはさっきよりも増して魔法攻撃を目の前のちびアスタロトにぶつけ続ける。こうなった以上、最早どちらが先に倒れるかの根気比べだった。

 この状況が面白くないのは、見下していたはずの相手にいいように攻撃されているアスタロトの方だ。


「ざっけんな!この程度の魔法で!この俺が!」


「ボロボロじゃないの……まだやる気?」


「敵に情けをかけられる程落ちぶれてないわーっ!」


 ずっと防戦一方だったヤツはここから反撃の狼煙を上げる。力を腕に集中し、魔力で炎に包まれた槍を作り上げた。


「魔炎の槍!」


 全長2m程の魔法の槍は小さなアスタロトが握るとかなり大きなものに見える。その槍を力任せにぶん投げると、いつきの目前にまっすぐ飛んできた。


「うわっ!」


 いつきはこの攻撃に驚いて一瞬攻撃を止め、腕を顔の前に組んで防御に徹する。2人はヴェルノの組んだ防御結界に守られ、今のレベルのアスタロトの攻撃なら耐えきれるはずだった。

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