第83話 第3接触 その4
男の子はそう言うと淋しげな表情を浮かべる。この雰囲気に何かを感じたのか、ヴェルノはテレパシーでいつきに警告をした。
(気をつけろ……こいつ)
「今度は誰にも邪魔はさせない!」
男の子はそう叫ぶと両手を前に張り出した。するとその瞬間、まばゆい光が発生し、周りの空間を超スピードで侵食していく。いつき達はこの状況に何も対処が出来ず、そのまま男の子の作った空間の中に取り込まれてしまった。
「うわっ」
(ここは……?)
「俺はな、学習するんだ。今までの敗因をしっかり研究する」
自分の作った空間に2人を取り込む事に成功した男の子はドヤ顔でそう宣言する。男の子の言葉を聞いてもまだ要領を得ていないいつきは、そのまま彼の言葉を反芻する。
「はい……いん?」
「いつき、変身だ!」
「あ、うん」
ここで危険を感知したヴェルノはすぐにいつきに変身を要請する。彼女は訳も分からないまま、その言葉に素直に従った。変身し終わったいつきは改めてそう指示したヴェルノに問いかける。
「べるのはアイツが誰だか分かるの?」
「こんな魔法を使えるのは魔界ですら滅多にいない。いつきも身に覚えがあるだろ?」
ヴェルノはそう言って目の前の男の子の正体を説明する。身に覚えがあると言うその言葉を聞いた彼女はすぐに該当人物を思い出したものの、目の前の男の子の姿とのギャップが激しかった為にすぐにはそれを信じられないでいた。
「え?そんな……嘘でしょ?まさか……」
「まだ気付かないのか……まぁかなり見た目は変わったしまったしな」
この時点でも男の子はそう言って余裕の態度を崩さない。こんな態度を取るいつきの知り合いは過去にひとりしか該当しない。そんなはずがない、そうあって欲しくないと願いながら、彼女は恐る恐るその名前を口にする。
「あ、アスタ……ロト……?」
「そうだ!お前達に散々な目に遭わされたその成れの果てだ!」
男の子はアスタロトだった!どう言う理屈か分からないけれど、以前の大男だった魔界の貴族は今や小さな男の子の姿に変わっていたのだ。この衝撃の事実を前にいつきは大声を上げる。
「あんた!カムラに力を奪われたんじゃなかったの?」
「ああそうだ!だからこんな情けない姿になっちまった。力だって……」
アスタロトの話によれば、カムラに力を奪われた結果、幼い姿に変わってしまったらしい。目の前の男の子からはかつてのアスタロトのような強烈な負のオーラは一切感じられない。感じられたとしたなら2人だってすぐにその正体に気付けただろう。この事からいつきはヴェルノに耳打ちする。
「もしかして、弱体化してる?」
「かも知れない……分からないけど」
彼は目の前の弱体化したアスタロトが本当に弱体化しているのか、それともそんな振りをしているだけのか、真相を図りきれないでいた。2人の前に立ち塞がっているちびアスタロトは、独り言を言いながら自嘲する。
「本当ならもっと闇に潜んで徐々に力を取り戻すつもりだったよ」
「えぇと……」
「だがその前に!俺をこんな姿にしたお前らをブチ殺さなきゃ気が済まねぇんだよっ!」
突然切れたヤツの殺意は力を失っていたとしても健在で、そこに恐怖を見出したいつき達は速攻でその場から離脱する。ものすごいスピードで逃げていく2人を目にしたアスタロトはすぐに追いかけようと飛び立った。
「ふん、逃げられると思うな!」
その頃、ヴェルノと手を繋いで最大スピードで逃げる2人はと言うと、今までの経験上からの判断で、どうにか逃げ切る事だけを第一に考えていた。
「あんなに見た目可愛くなったのに怖いー!」
「見た目とか気にしちゃダメだ!中身はあのアスタロトだぞ」
隙を突いて逃げ出したからか、アスタロトにすぐに追いつかれそうな気配はない。この時間がチャンスだといつきは早速助っ人を呼ぶ事にした。
「そ、そうだ……早速幻龍爺さんに……あれ?」
「この結界、通信係の遮断に特化している……多分救援は呼べない」
「じゃあどうすんのよーっ!」
「だから今それを考えてるんだよっ!」
アスタロトが失敗に学んだと言う事はつまりそう言う事なのだろう。今まで撃退に成功していたのはいつも外部からの助けがあったからだ。今度のヤツは徹底的に通信関係の遮断に特化した異空間を作り出した。これでもう負ける事はないと、そうアスタロトは考えたに違いない。
助っ人が呼べないとなると、その時点で勝算はかなり低くなったと言わざるを得ない。いくらカムラに力を奪われたとは言え、相手は魔界の貴族、かなりの力の使い手だ。果たして2人の力だけでそんな相手とまともに戦えるだろうか。
ずっと全力で飛び続ける中、ここでいつきはある違和感に気付く。
「……ねぇ?おかしくない?」
「え?」
「今までだったらアイツ、すぐ私達に追いついてきて通せんぼしてきたじゃない」
「あ、ああ……」
「じゃあ何で今回は追いついてこないの?」
その素朴な疑問にヴェルノがうまく答えられない中、いつきは突然逃げるのを止める。空中に停止したまま彼女はくるりと背後を振り返った。このいつきの突飛な行動にヴェルノは思いっきり狼狽える。
「ちょ、止まったら……」
「ほら、見て。やっぱり追いついてきてない」
「あ……」
いつきに言われてヴェルノも半信半疑で振り返る。すると、確かにアスタロトは追いついてきてはいなかった。もしかして最初から追いかけていないのか、それとも――。この有り得ない状況に彼女は首を傾げる。
「ねぇ、どう言う事?」
「そうか!やっぱりまだ完全復活していなんだよ!」
しばらくその理由を考えていたヴェルノはこの結論に辿り着く。この説を聞いたいつきは自分が辿り着いた答えを確認する為に彼に質問する。
「それは、カムラに力を奪われたから?」
「多分ね」
今回のアスタロトが以前より弱体化しているのはこうして雑談している間でさえ、まだ追いついてこない事からでも明らかだった。その真実が明らかになったところで、何か閃いたのかいつきはぽんと手を叩く。
「じゃあさ、今だったら私達でも勝てるかな?」
「いや、油断はしない方がいい。それよりまずこの異空間から抜け出る事を考えよう。外部と連絡が取れれば確実に勝機は出てくる」
「そうだね。私達よりカムラに任せた方が確実だし」
そう言って彼女はニッコリ笑う。その流れでヴェルノも軽口を言った。
「あの間抜けニンジャに倒させるのもいいかもだ」
「あはっ!確かに。ヨウさんまだ活躍してくれてないしね」
こうして2人が精神的余裕を取り戻して談笑している頃、2人を追いかける側のちびアスタロトは今の自身が出せる最大スピードで頑張っていた。
「くそっ!あいつら、どこまで逃げやがった……。まぁいい、どうせこの結界からは逃げられやしない。ゆっくりと狩りを楽しんでやる」
カムラに力をすっかり奪われ、能力を超強力な結界作成に全振りしたせいで全盛期の100分の1程度の力しかないヤツは、現時点で最大でも時速30kmの原付きレベルの飛行スピードしか出す事が出来ない。
けれど、自分の作り出した結界に絶対の自信を持っている為、この状況においてもちっとも焦ってはいなかった。
いつき達は話があっちに飛びこっちに飛びしながらこの状況から脱出する方法を模索する。
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