第82話 第3接触 その3
現実だったらその行為は全く意味をなさないものの、流石は夢の世界、キラキラと魔法の光に包まれた彼女は無事に魔法少女の姿に変身した。
目の前で魔法生物の力を借りずに変身したいつきの姿を見たアスタロトは、ほうと顎を触りながら感心する。
「流石お前の夢だな、使い魔なしで変身するか」
「さっすが私の夢!いくぞぉ~!ミラクル☆カッターッ!」
自力で変身出来た事に自信を持った彼女は素早く得意の魔法でアスタロトに攻撃する。魔法のステッキから放たれたその鋭利な魔法弾は、現実の世界よりも遥かに殺傷力が上がっている……ような手応えを彼女は感じていた。
しかし当たれば確実にダメージを与えられただろうその攻撃は、アスタロトの体を空しくすり抜けていく。
「ふふ、残念だったな」
そう言いながら攻撃を通過させたヤツは、笑いながらすうっと幻のように姿を消した。その様子を見たいつきは驚いて言葉も出なかった。
「嘘?消えた?」
「これは予告だ……近い内に必ずお前を倒す!」
どうやら今回いつきの夢にアスタロトが現れたのは宣戦布告のようなものだったらしい。気配が消えてようやく余裕を取り戻したのか、いつきは急に気が大きくなって両手を腰に当てると大声で虚勢を張った。
「く、来るなら来なさいよ!またカムラが返り討ちなんだから!」
夢の記憶はここでまた闇に消えていく。次にいつきが気がついた時、すぐに目に飛び込んできた光景はお腹の上でもみもみマッサージをするヴェルノだった。
段々意識がはっきりしてきた彼女はすぐに起き上がるとマッサージ中だったヴェルノをギュッと抱きしめる。この突然の行動に驚いた彼は何とかこの状況から脱しようと彼女の胸の中で軽く暴れた。
それで嫌がっているのが分かったいつきがすぐに彼を開放した後、何故自分がそうしてしまったのかのその説明を始めた。
「へ?何?」
「だから!アスタロトが復讐しに来るんだよ!」
「いつ会ったの?」
「さっき!夢の中で!」
いつきの話を途中まで真剣に聞いていたヴェルノはその話のオチが夢だと知って呆れる。
「何だ夢か」
「ちょ、もうちょっと真面目に取り合ってよ!夢に出てきたんだよ?」
「だって夢だし」
彼女は真剣にこの夢が何かの強いメッセージだと訴えるものの、どれだけ言葉を尽くしても何か根拠でもあるのか、ヴェルノはこの話をまともに取り合わなかった。それでもいつきは諦めず、あの手この手で彼の共感を得ようと奮戦する。
「ほら、予知夢とか魔法的なアレとか、何か色々想像つくじゃないの!」
「かも知れないけど、アスタロトは前にカムラが散々力を搾り取ったんだよ?今更現れる訳がない」
「そんなの分かんないじゃないの!」
もし2人が同じ夢を見たならここまで話が通じない事もなかっただろう。
けれどその夢を見たのはいつきだけ。ヴェルノはアスタロトの性格をいつきより詳しく知っている。そんな様々な要因が絡まって、彼はいつきの話を彼女の恐怖心が生み出した幻影だと切り捨てるのだった。
「はぁ……。大体本人に力があるなら直接やってきてるだろ。あいつはそんな回りくどい事をするタイプじゃないし」
「それは……そうかも知れないけど」
自信を持って話す彼の言葉を聞いて、逆にいつきの方が自分の考えに自信をなくしていく。ヴェルノは心の不安がそう言う夢を見せたのだと、彼女を安心させるように優しく説き伏せた。
「きっと考え過ぎて夢に出てしまっただけだって」
「だと、いいんだけどなあ……」
結局この論争はヴェルノの言葉を信じると言う事で決着がついた。それからまた2人は真夏の1日をダラダラと過ごしていく。日々昼間も家で過ごすと言う事はそれだけ食材の減りも早いと言う事で、朝食時にいつきは母親から買い物のお使いを頼まれていた。
その買い物の用事を思い出した彼女は本格的に暑くなる前に済ませてしまおうとヴェルノを連れて家を出る。
「2人で朝からお使い出来るって夏休みの特権だね」
(いつきお菓子買い過ぎ問題……)
ニコニコとはしゃぐいつきにヴェルノはちくりと言葉の針を突き刺した。それがかなり効いたのか彼女は突然怒り出す。
「何よ!余ったお釣りは好きに使っていいって言ってたんだからいいじゃないの!」
(ま、いつきの体だし?僕は別にいいんだけどね)
「ふん、この体はちょっとやそっとじゃ体重に転嫁されないのだ」
(へぇぇ~)
得意気にそう話す彼女の持論をヴェルノはまるで他人事のように右から左に受け流していく。その態度がまた癪に障ったのか、いつきは自信満々にそう話せる根拠を口にする。
「あ、信じてないな!毎日体重はかってるけど、そんなに増えてないんだぞ」
「おい!」
(それはすごい)
「棒読みで返事を返さないで!」
ヴェルノの本当に全然興味を持っていない風な返事にいつきは気を悪くする。彼も悪気があるのではなく、本気でいつきの体重に興味がないだけなのだ。
この話をあんまり広げてもあんまり気分は良くならないと感じた彼女は、ここできっぱりと話題を変える事にした。
「今日は風があるからちょっと過ごしやすいね」
「おい!」
(あんまり暑かったら、絶対外に出なかったよ)
「おいおい!無視すんな!」
さっきからずーっと聞こえてくる背後からの呼び止める声をいつき達は敢えて無視していた。返事をしてしまうとなんだかやばい事になりそうだと言うのを2人共直感で感じ取っていたからだ。
けれど、流石にその無視作戦でも無視出来ない程に相手の言葉の圧を強く感じ取れてしまった。このままこの作戦を続けるのも困難になって来たと感じたいつきは、この状況に対して横を歩く魔法生物にこっそり相談する。
「えっと……さっきから背後で何か聞こえてくるんだけど……」
(逃げるぞっ!)
ヴェルノの意見といつきの意見がここで合致する。ヤバイ背後の声にこれ以上絡まれないようにと2人はすぐに猛ダッシュを始めた。ここまで2人共この背後の存在を振り向いて確認してはいない。それは確認したらその存在を認めてしまう気がして怖かったからなのかも知れない。
何処かで聞いた事があるような、そうでもないような曖昧な雰囲気のその声は彼女達の恐怖心を最大限にまで高めていた。一目散に逃げる2人を見た背後の存在は自分が無視されていた事を知って怒りを覚える。
「やっぱ気付いてんじゃねーか!待て!」
「待てませーん!何でこうなるのーっ!」
「待てって言ってるだろおっ!」
背後で呼び止めていた存在が走っていた2人の前に現れる。突然追い抜かれて通せんぼされた事にいつきは驚いて大声を上げる。
「うわああああっ!」
(おやっ?)
「ええっ……と?」
いつき達はその存在の正体を確認して戸惑った。何故ならそれが初対面の相手だったからだ。目の前にいたのは小さな男の子。身長は130cmくらいで頭には可愛い角があって、何故か貴族っぽいコスプレをしている。2人は顔を見合わせて、この全く見覚えのない少年についてどう対処していいのか頭を悩ませ始めた。
「ふふふ、久しぶりの再会に言葉も出ないか」
「……って言うか、誰?」
いつきの質問に男の子は少し寂しそうな顔をする。どうやら彼女達は知らなくても、男の子の方はいつき達の事をよく知っているようだ。
「俺が分からないか……そうだよな」
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