第79話 普通の休日 その8

 花火が何か知らない彼の前足を引っ張って2人は地上に降りてきた。それから変身を解いて、まだ頭にはてなマークの並ぶヴェルノに花火のレクチャーをする。


「ほら、こうやってここに火をつけるとね……」


 いつきが花火のひとつに火をつけると、ものすごい勢いで火花が飛び散っていく。初めて見る花火にヴェルノはものすごく驚いた。


「うわっ、何これ!」


「火薬の力で火花が飛び散るんだよ。これはそれを見て楽しむって遊び」


 いつきの説明の後、母親がすぐに言葉を続ける。


「魔法の力とはちょっと違うけど、面白いでしょ」


「確かに、これは興味深い」


 花火を興味深く眺める彼に向かって、いつきがふざけて火花の放出先を向ける。


「それ~」


「こら、花火を人に向けない!」


 すぐにそれを母親が咎めた。やがていつき以外のメンバーも次々に花火に火をつける。みんなが思い思いの花火を楽しむ中、すごく興味深そうに眺めていたヴェルノにも花火の中のひとつを母親から渡される。大事そうに両手でそれを大切そうに掴んでいる彼にライターの火が近付き、花火に火が着いた。

 火は数秒の潜伏期間を置いて、やがてド派手に弾け始める。


「おおお……」


 その火薬の芸術作品を見たヴェルノは素直に感動する。それからは彼も花火をみんなと同じペースで楽しんだ。激しく火花の出るオーソドックスな花火や、ニョロニョロと体積を増殖させるへび花火、ポンポンと空に打ち上がる打ち上げ花火など、新しい花火に火をつける度にみんな興奮していた。


「やっぱり最後はこれでしょ」


 数々の花火を楽しんだ後、最後に残ったのは定番の線香花火。やはりこの花火で終わってこその日本の夏。みんなそれぞれに一本ずつ花火を受け取ると、次々に点火していく。最初こそ派手に弾けていた火花はやがてその勢いを失い、最後にぽとりと地面に落ちる。

 その哀愁を帯びた慎ましやかな花火を見て、いつきはポツリと感想をつぶやいた。


「何だか最後は淋しいね」


「でも、風情だよね」


 雪乃は彼女の意見に同意しつつ、線香花火の良さを口にする。持参してきた花火をすべて楽しんだところでこのミニ花火大会は終了し、みんなで綺麗に後始末をする。全ての作業が終わったところで、母親がそれを確認した。


「さ、宿に戻ろっか」


 宿に戻った4人は改めてセッティングされた布団にそれぞれ倒れ込んだ。その布団は洗いたてのいい匂いがする。いつきはゴロンと布団の上に仰向けになった。夏なので薄い掛け布団を適当にかぶると、彼女は一足先にまぶたを閉じる。


「じゃあみんな、おやす……ぐう」


「はやっ」


 その余りに早い就寝スピードに隣に寝転がっていた母親も流石にびっくりだった。その理由を今日一日行動を共にした雪乃が分析する。


「きっと昼間はしゃぎ過ぎたから……」


「でもいつきらしいや」


 ヴェルノのその一言に雪乃と母親は苦笑した。それから改めて電気を消して、みんな就寝と言う事になる。今日一日遊んで疲れたのはみんな同じだったので、それぞれ寝付く速さは違ったものの、比較的早い時間に全員が眠りについていった。

 宿が海の側なので聞こえてくる波の音が子守唄代わりになって、それも早く寝付けた理由なのだろう。


「うーんうーん……」


 みんなが寝てからどれくらい経ったのか、暗闇の中でうなされる声を聞いた雪乃とヴェルノは目を覚ます。


「いつき、うなされてる」


「悪い夢でも見てるのかな」


 電気を消した中では寝苦しそうな彼女の顔はよく分からない。以前夢魔を退治した事もあったし、これが普通の夢じゃないなら何とかしなくちゃと彼は様子を伺うものの、魔力的な気配は感じなかった為、どうやら普通の悪夢を見ていると判断してホッと胸をなでおろす。

 雪乃は悪夢に苦しむ彼女を見て、それを何かの予見のように感じ、その事態を助けられるヴェルノに願いを託した。


「ヴェルノ君……いつきを守ってね」


「うん、僕の力の限り」


「ふふ、頼もしいナイトだね。安心した」


 彼の決意を耳にした雪乃は胸のつかえが取れたのか、すうっとまた眠りに落ちていく。やがていつの間にかいつきのうめき声も聞こえなくなり、ヴェルノも同じように深い眠りの中に潜っていった。


 こうして楽しい宿でのひとときも終わり、行きと同じように母親の運転でまた地元に戻ってきた。車から降りた雪乃はかしこまって深々と頭を下げる。


「旅行に誘ってくださり有難うございました。とても楽しかったです」


「こちらこそ楽しんでくれて良かった。これからも娘のいい友達でいてね」


「ゆきのん、またね」


 こうして楽しい一泊二日の旅は終わる。夏休みのいい思い出が出来たといつきはとても満足していた。そうして間もなく7月は終わりを告げ、猛暑、酷暑の8月に突入する。

 より一層暑くなった気温にヴェルノは更にやる気を奪われていくのだった。



 場所は変わってどこかの山奥の洞窟では、前回カムラに力を奪われたアスタロトが潜伏していた。


「くそっ!やっぱりアイツは許せねえ!」


 本来なら今頃はこの世界に散らばる魔女の力を片っ端から奪って、万全の体制で魔界にリベンジ出来ているはずだった。それがひとりの魔法少女にちょっかいを出したばっかりに呆気なく計画は潰された。

 この失態で彼の怒りは臨界点に達している。奪われた力を取り戻さない限り野望は成就しない。


 しかし野望を果たす前に、どうしても魔法少女を倒さない事には前には進めない。そう考えたアスタロトは、前回と同じパターンを避ける為に頭を悩ませていた。


「次は失敗しないぞ。あんなガキ風情の為に策を練らなきゃいけないなんてとんだ屈辱だ!」


 あの大蛇を呼ばせない為にはどうしたらいいか、それさえクリアすれば魔法少女なんて赤子の首を捻るように簡単に倒せる。彼の頭の中で復讐のシミュレーションは何度も何度も繰り返された。


 ――そうしてついにその回答が導き出される。


「よおし!今度こそ完膚なきまでにぶっ潰してやる!」


 洞窟の奥の深い暗闇の中でアスタロトの不気味な笑い声が響き続ける。彼が動き始める日はきっとそう遠くはないのだろう。

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