第67話 天狗山の妖怪達 その7

 きっと鬼にもその言葉が届いたと言う事なのだろう。


 気が付けば辺りはすっかり暗くなってしまっていた。いつき達もそろそろ帰らねばならない頃合いだ。時間を気にし始めた彼女を見て、小天狗は優しく声をかける。


「もうすぐ花火が上がります。それが終わったらまた家までお送りしますね」


「嘘?花火まで上がっちゃうの?それでも人間にはバレないんだ?」


「ええ、天狗山の結界はこの程度ではびくともしません」


「流石、すごいね」


 天狗山の結界の効果をドヤ顔で話す小天狗にいつきは感心する。そうこうしている内に一発目の花火が上がり、破裂音と共に空に大輪の花を咲かせた。


「たーまやー!」


「たまや?」


 花火が上がった途端に突然彼女が叫び始めた為、ヴェルノは混乱する。いつきは花火を見やすいよう彼を自分の肩に乗せると、言葉の意味を説明した。


「花火が上がったらそう言うんだよ。お約束なの」


「へー」


 異世界生物が花火のお約束を理解した頃、花火はどんどん上がり続け、上空では百花繚乱の見事さになっていた。キラキラと目を輝かせながら、彼女はその江戸時代から続くしきたりをヴェルノにもさせようと急かす。


「ほら、べるのも!たーまやー!」


「た、たーまやー!」


 花火は次々に上がっていく。それはまるで何千発も打ち上げる本格的な花火大会のよう。そんな花火を見ながら、誰に言うでもなくいつきはつぶやいた。


「本当に綺麗な花火……」


「妖怪花火も素敵でしょう」


 彼女の言葉に小天狗が答える。彼は花火が上がってからずっといつきの側にいて、一緒にこの光景を鑑賞していた。


「うん、とっても綺麗。人の花火に負けてないね」


「そう評価してくれると、作った妖怪達も喜びますよ」


 シチュエーション的にはデートっぽいけど、いつきの肩にはヴェルノが乗ってるし、近くにたぬ吉もいるしで、実際は別にそこまでロマンチックでもない。

 やがて全ての花火が上がり終わり、お祭り特有の淋しさがやって来た。見物妖怪達が次々と日常生活に戻っていく中、彼女の前に長が現れた。


「いつき殿、どうじゃったかな、我が山のお祭りは」


「とっても最高でした!」


「ふぉっふぉっふぉ、それは何よりですじゃ」


 満足そうに話すいつきの顔を見て、長も満面の笑みを浮かべる。その笑顔を見た彼女もまた心の中がポカポカになった。


 お祭りが終わったと言う事で、いつき達も家に帰る事に。今度はちゃんと石段を自分の足で降りて麓の広場まで歩いていく。あれほど賑やかだった屋台は彼女が辿り着いた頃には見事に撤収されていて、淋しい気持ちが更に高まっていた。


 ここまで運んでくれた牛車の所までやって来ると、一足先に別の牛車が空の彼方に飛んで行くのが見える。きっとあの牛車にはヨウが乗っているのだろう。

 そう言えば彼とはここに来てすぐに別れてしまっていた事を思い出し、いつきはもう少し何か話せば良かったかなとか思ったのだった。


 牛車の前では小天狗が待ってくれていた。一緒に歩いていたはずなのに、彼女が周囲を見渡していた間に先回りしていたらしい。彼はまるで執事のようにいつきを目にすると軽く会釈をする。

 その様子を見た彼女は改めてお祭りに招いてくれたお礼を言った。


「今日は有難う、とっても楽しかった」


「こちらこそ、楽しんでもらえて何よりです」


 それから2人はもう一度牛車に乗って、今度は自宅へと向かう。行きの時と同様にいつきは窓の外を、今度は街の夜景などを堪能する。行きと同じだけの時間をかけて特に何のトラブルもなく牛車はいつきの家の庭にふわっと着地した。


「またいつか山に遊びに行ってもいいかな」


「ええ、いつき殿ならいつでも大歓迎です」


 牛車を降りた彼女は小天狗に天狗山が気に入った事を伝える。彼もその言葉が嬉しかったようで、今日一番の飛び切りの笑顔を見せていた。

 戻っていく牛車を見送った後、いつきはそれが当然のように家に入る。時間的には夕食も済んだ頃ではあったけれど、ちゃんと連絡をしていたので彼女が怒られる事はなかった。


 ただ、母親に妖怪のお祭りの事でしつこいくらいの質問攻めには遭ってしまったんだけどね。



 その頃、いつきの住む街とは違う何処かで数人の男女が秘密の会合を開いていた。全く接点がないようなその会合で、何故かいつきの事が話題に上がる。


「この少女が特異点だと?」


「ええ、先程降りた神託によれば……」


「お前のお告げはたまに当てにならないからな」


 巫女のような役割の少女と、その言葉に懐疑的な男性が言い争っている。少女は自分の言葉を信じない彼に怒りの感情を爆発させた。


「我が神を疑うと言うのですか!」


「分かった分かった!じゃあ取り敢えず会うだけは会ってみるか」


「お願いします。特異点は世界の変革に必要なのです!」


 少女の熱意に根負けした男性は、やれやれと言った態度で渋々彼女の言葉を受け入れる。彼は、いや、彼らはいつきに何を求め、何をさせようとしているのだろう。


 一難去ってまた一難、どうやら魔法少女の休息はあまり長くは続かないらしい。

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