秘密結社への誘い
第68話 秘密結社への誘い その1
なんやかんやあって忙しない日々の中、季節は初夏を過ぎ、いつの間にか梅雨の時期を迎えていた。
この梅雨なんだけど、入りの頃こそザーッと雨の続く日々だったものの、その期間は最初の一週間くらいしか持たなかった。その後は空が曇るばかりで雨粒ひとつ落とさない日々が続く。
空が曇っている内はまだ陽射しが抑えられて良かったものの、晴れ間が見えたりなんかすると次に来る季節を予感させるほどに気温は上がる。
そんな暑い日となった日曜日、早速いつきはこの時期に一番口にする言葉を漏らしていた。
「暑くなってきたねー」
その定番の挨拶に、まだこの世界に来て半年も経っていない新参者は、この初めて体験するこちらの季節の風物詩について質問を飛ばした。
「梅雨ってやつはもう終わったんだっけ?」
「うーん、まだだねぇ。梅雨が終わる時は雷が落ちるんだ」
「へぇ、分かりやすいね」
いつきのその答えにヴェルノは興味深そうにうなずいた。その様子を見た彼女は反撃とばかりに質問を飛ばす。
「魔界には梅雨とか、って言うか季節とかあるの?」
その質問の仕方が何だかバカにされたみたいに感じた彼は少しキレ気味に返事を返した。
「季節はあるに決まってるだろ」
「そう言う言い方しなくてもいいじゃない。知らないんだから」
いつきはキレた返事に逆ギレして返す。この反応で少し冷静になったヴェルノは、軽く咳払いをすると改めて魔界の季節について説明する。
「ただ、魔界は空調魔法が結界みたいに各都市を覆っているから、この世界の四季ほどの温度差はないんだ」
「何それ!羨ましい!」
彼の話を聞いて羨ましがるいつきとは裏腹にヴェルノの顔はどんよりと暗くなっていく。
「確かこっちの夏は今よりもっと暑くなるんだろ?勘弁して欲しい……」
「うふふ、日本の夏は暑いぞー地獄だぞー!」
まだ未体験の夏にうんざりする彼にいつきはからかうように大袈裟に話し、その反応を面白がっていた。
「止めてよ……考えたくもない」
「でも安心して!現代社会も魔法ほどじゃないけど科学で暑さを克服したから!」
「それってエアコンだろ?一体何℃越えたらつけるんだよ……」
どうやらヴェルノもこの世界の事を一応調べてはいるらしく、夏を快適に過ごす家電製品が部屋に取り付けられている事をしっかり把握していた。
日によってはもうかなり暑くなっているのに、一向にそれを稼働させない事に彼は少し苛立っている。そんなヴェルノの言葉の圧を右から左に受け流しながら、いつきは安西家のエアコン稼働条件を口にする。
「うーん、梅雨が明けたら?って言うか……あっ!」
「な、何っ!」
いつきが話の最後に急に何かに気付いたような大きな声を出したので、ヴェルノはビクッとする。
「魔法で温度調節出来るんなら、べるのが自力で何とかすればいいじゃん」
「や、やだよ!大気の質を調整するのにどれだけ魔法力が必要だと思ってるんだ。僕の力にそんなキャパはないぞ」
「じゃあ魔界はどうやってその仕組みを維持してるの?」
彼の話に興味を持ったいつきは、その事について詳しく聞こうと身を乗り出した。この態度にヴェルノは一瞬引くものの、朧げな知識を総動員して何とか説明らしき言葉を口にする。
「えぇと……専門の施設があって専門の職員がいて……、とにかく大勢の人が関わってるんだよ!」
「そうなんだ。中々簡単には行かないんだねえ」
「いつきが簡単に考え過ぎなんだよ……」
会話はそこからネタが続かず一時中断する。手持ち無沙汰になった彼女は、スマホを取り出して何か調べ物を始めた。いくらかの作業の後に、いつきは明るい声でヴェルノに話しかける。
「べるの、喜んで!もうすぐ雨が続くらしいよ」
「何でそれで喜ばなきゃいけないのさ」
「雨が降ると涼しくなるよ。それに多分この雨が梅雨最後の雨だから、きっとガンガン雷も落ちるよ」
梅雨時の天気予報は外れやすい。それは大気が不安定になっているからだけど、彼女はその話を無視して単純に天気予報の結果だけを見て話していた。
ヴェルノはいつきの涼しくなると言う言葉より、梅雨の最後と言う言葉の方が気にかかっている。
「じゃあその雨が降り終わったらもっと暑くなるんだろう……どれだけの地獄が待ち構えているんだ……」
「大丈夫!その時にはちゃんとエアコンつけるからさ」
「頼むよ~今からつけてもいいよ~」
まだ見ぬ暑い日々にうんざりしている彼は、必死で冷風の出る文明の利器を使うよう懇願する。その様子がおかしくていつきはいたずらっぽく笑う。
「まだつけないよーだ」
「いつきのいじわる~」
次の日の昼休み、例によって例の如く、いつきと雪乃は窓際で他愛のない会話を繰り広げていた。昨日の愉快な出来事について、彼女は身振り手振りを加えて面白おかしく雪乃に披露する。
「面白いでしょ」
「あんまりヴェルノ君をいじめちゃ駄目だよ。猫って暑さに弱いんだから」
「いや、魔界の住人だよ。普通の猫と同じ扱いはしなくていいって」
カラカラと笑ういつきを見て雪乃もつられて苦笑い。それから何かに気付いたのか今度は彼女の方からいつきに話しかける。
「そう言えばさ、ヴェルノ君ってテレビのリモコンとか普通に操作出来るんだっけ?」
「あの肉球でそんな操作が出来ると思う?てか、どうしたの?」
突然関係なさそうな質問をされていつきは困惑する。その困った顔を見た雪乃はその質問の種明かしをした。
「いや、暑く感じたら勝手にエアコンを操作しそうな気もして……でもそれは出来ないんだよね?」
「居候に勝手に家電製品をいじられちゃ困るよ」
彼女の真意が分かったいつきは困り顔でため息をつく。それから後手に組んで窓の外を見始めた彼女に雪乃は諭すように話しかけた。
「いつきももっと自分のパートナーに優しくしてあげてね」
「パ、パートナー?」
「そうだよ、魔法少女と言ってもヴェルノ君あっての事でしょ」
「うーん、言われてみれば……有難う、ゆきのん!」
彼女の言葉を聞いたいつきはヴェルノに対する感謝の気持ちが湧き上がる。その後も会話は続くものの、この言葉は彼女の胸にずっと残り続けたのだった。
そうして放課後、当然のようにひとりで下校。いつきは普段滅多に寄り道をしない。
けれど今日は昼休みの雪乃の言葉がずっと頭の中でループしていた為、いつもと違うルートを帰り道に選んでいた。
「そうだなー、今日はアイツの好きなものを買って帰るかな……」
そうして彼女はヴェルノの好きなものを思い浮かべる。何を買えば一番喜んでくれるか、それは簡単に思いつくものではなかった。何故なら――。
「見た目は猫でも人間と同じものを食べても大丈夫だからなぁ……」
普通の猫なら、流行りの猫用おやつをあげればそれだけで大満足の猫まっしぐらだろう。悩む必要なんて1ミリも存在しない。
けれどヴェルノは魔界の羽猫だし、言葉は喋るし、好みにはうるさいしで機嫌を取ろうと思ったら実に厄介な相手なのだ。それでも人の食べ物と好みが一緒だと言う事は逆に分かり易いと言うところもあった。
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