第66話 天狗山の妖怪達 その6

 どうやら無理矢理にでも彼を連れて来たのは正解だったようだ。今回は全く変身する事はなさそうだけど、たまにはこんな日があってもいい。いつきはお祭りで賑わう屋台通りの妖怪達を見ながらぼうっとそんな事を考えていた。


 それにしてもこの妖怪の数の多さ、ひとつの山に潜んでいるにしてはちょっと賑やかすぎるように感じる。もしかしたらお祭りだから他の場所からも遊びに来ているのかも知れない。

 ざっと数えてみても10人20人単位じゃない。100人、200人――500人はいるかも知れない。いや、もっとかな……。


 このお祭りの規模を彼女が想像していたところで、ふと頭に閃くものがあった。


「あ、そうだ!このお祭りの事を知らせて来たあの小天狗はお祭りに参加してるの?」


「小天狗様は多分……今頃だと山の上のお宮で神楽を奉納してるはずだべ」


「え?何それ見たい!」


 たぬ吉の話す新情報にまたしてもいつきの好奇心は爆発する。

 しかし、そこで問題がひとつ発生していた。


「だども今からお宮まで行くのは時間が……」


 たぬ吉はおもむろに山頂の方に顔を向ける。


「うわぁ、頂上遠いね」


 麓の屋台通りから見て山頂まではかなりの距離があり、行き着くのはちょっと大変そうだ。いつきは腕を組んでこの状況を打破する術を考える。今すぐに山頂に向かうにはどうしたら……頭の中を様々な思考が飛び交って、やがて彼女はひとつの回答を導き出した。


「べるの、変身するよ!」


「えっ、ここで?」


 いつきはヴェルノの目をじっと見つめる。じっとじっと見つめる。有無を言わせない圧を彼に与え続けながら彼女は言葉を続ける。


「飛んでいけば間に合うって!」


「……しょうがないな、行こうか」


 その熱意に彼は折れ、すぐにいつきは掛け声を上げた。


「変身!」


「さあ、たぬ吉、行こう」


 変身したフリフリ衣装の彼女がたぬ吉に手を差し出す。この突然の状況に戸惑う彼はいつきの誘いの前に思考がパンクした。


「お、オラは……」


「遠慮しなくていいんだって!」


 彼女はニッコリ笑うと強引にたぬ吉の腕を取るとそのまま浮上する。


「うわあ~。オラ、飛んでるべ~」


 一度飛び上がったらこっちのもので、たぬ吉もこの束の間の空の旅を興奮しながら堪能する。山道を歩いたら1時間はかかりそうなその道のりを、彼女達はほんの5分程度でショートカットした。

 お宮の参道にふわりと着地するといつきはあたりをキョロキョロと見渡す。麓の屋台でも妖怪は結構多かったけれど、このお宮で今催されている催しもまた人気のようで、すぐに200~300人程度の妖怪が目に入る。随分と賑やかな雰囲気だった。


「さてと、間に合ったかな?」


「今から最後のクライマックスだべ!」


 せっかく連れて着てもらったのだから今度は自分の番とばかりに、たぬ吉がいつきをぐいぐいと引っ張っていく。強引な彼の案内のおかげで、2人は神楽を演じている舞台に迷う事なく辿り着く事が出来た。


 その舞台では彼の言葉通り神楽が舞われている。演者は仮面を付けているものの、すぐに誰が演じているのかが分かった。


「あ、小天狗発見!かわいいねぇ。と、鬼!鬼がいるよ!」


「このお祭りでは天狗が鬼を退治する舞を奉納するんだべ」


「なるほど、鬼も本物だから迫力あるね」


 小天狗が仮面を付けているのは立派な天狗の役を演じる為のようで、彼の相手をしている青鬼は素の顔で演じている。絵本で見るようなお馴染みの姿かたちをしている彼は舞台上ではすごく怖く迫力があり、見事な悪役っぷりを披露していた。

 130cm前後の小天狗に対して鬼は2m近くあるので、その大きさの対比もあって2人の神楽はかなり舞台映えしている。

 興奮しながら舞台を鑑賞しているいつきに、たぬ吉が自分の仕入れたプチ情報を披露した。


「あの鬼は本当は気が弱くて、引っ込み思案で、鬼の里からこの山に逃げて来たんだべよ」


「へぇ~全然そんな風には見えないけどねぇ~」


 いつきがそう感心していると便乗してヴェルノも口を挟む。


「見た目は立派すぎる程鬼だもんな」


 舞台上は主役2人の独壇場ではあったものの、よく見ると他にも誰かがいるみたいだ。そこで彼女が目を凝らすとその正体が判明する。


「あ、舞台の奥で長がちょこんと座ってる。可愛い」


「長は責任者だからだべ」


 たぬ吉の説明を聞いたいつきはほうと感心する。それからも舞台で何か動きがある度に彼の解説は続き、初めて見るこの神楽を彼女は十分に楽しむ事が出来た。

 やがて神楽も終わり、お宮は盛大な拍手喝采に包まれる。いつき達も力いっぱい彼らの演技に対して手を叩いた。


 しばらくその余韻に浸っていると、着替え終わった小天狗が舞台を降りて彼女の前に姿を表す。彼の姿を目にしたいつきはすぐに駆け寄って声をかけた。


「いや~楽しかった。小天狗も鬼も上手だったよ!」


「いつき殿、あの石段を登って参られたのか?」


 その姿を目にした小天狗は驚いてすぐに彼女に質問した。このお宮に来るまでは山頂に至る長い石段を登ってこなければいけないらしい。後でたぬ吉に聞いた所、その段数は1000段以上もあるのだとか。小天狗はいつきがそこまでの労力を使ってまで登ってくるとは思っていなかったらしい。

 わざわざ苦労してまで自分達の舞を見てくれたと小天狗が感動する中、いつきは脳天気な表情であっけらかんと事実を口にする。


「飛んで来たんだよ」


「ああ、そうでしたか」


「だって飛ばないと間に合いそうもなかったし」


「楽しめたなら、何よりです」


 普通に考えれば魔法少女衣装になっている事で察しはつくはずなんだけど、小天狗としてもさっきまで舞に専念していた事もあって気が回らなかったのだろう。

 種明かしをされた直後は少しがっかりしたような雰囲気になったものの、すぐに小天狗は気を取り直しニッコリと笑顔をみせていた。


 それから彼といくらかの会話を楽しんでいたいつきは会話途中でふと違和感を覚え、すぐさまそれを口にする。


「あれ?鬼がいないよ?挨拶したかったのに」


「彼は極度の恥ずかしがり屋なんです。見えないだけで近くにいますよ」


「え?帰ったんじゃないんだ?」


「ええ、姿を消しただけです」


 余りに自信たっぷりに小天狗がそう言い張るので、彼女はその言葉を信じる事にした。

 しかしどこを見回しても気配すら感じない。それで念の為に小天狗に確認の質問をする。


「近くにいるなら声届くよね?」


「ええ、勿論」


 いつきには分からないその鬼の気配も小天狗にはしっかり感じ取れている様子。この言葉で確認が取れたいつきは口に両手を添えると突然声を張り上げた。


「おにさーん、格好良かったよ!いい舞を見せてくれてありがとー!」


 この声が本人に届いているか、見えない彼女には分からない。

 けれど、それが感じ取れる小天狗はその行為にニッコリと笑っている。

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