第62話 天狗山の妖怪達 その2

「実は天狗山で今度祭りがありまして。いつき殿も招待しようと言う事で話がまとまったので御座います」


「お祭り?べるのどうしよっか?」


 天狗の話を聞いたいつきは妖怪のお祭りと言う楽しそうな言葉に興奮しながらヴェルノに相談する。話しかけられた彼はため息をひとつ吐き出して、それから呆れ顔で返事を返した。


「どうせいつきは行く気マンマンなんでしょ。なら行けばいいんじゃない?でも学校はサボらない方がいいと思うけど」


「べるのも行こうよ!きっと楽しいよ!」


「え?僕はいいよ」


「行こうって!きっとい楽しいからさ!」


「うーん……いつきがそう言うなら……」


 彼女の強い誘いにヴェルノは渋々付き合う体で返事をする。ただ、その言葉の裏には彼の好奇心が見え隠れしているのをいつきを見逃さなかった。顔では嫌がっているように見せてはいても、手は楽しそうに動かしているし、何より尻尾が軽快に踊っていた。

 そんな仕草を見てヴェルノの本当の気持ちを察したいつきはテンションが上ってその勢いのまま声を張り上げる。


「じゃあけってーい!えぇと……」


「私の名前ですか?見ての通りの小天狗です」


「小天狗さん?もっと詳しい名前は?」


 天狗は見た通りに小さいし、だから小天狗と言うのはすぐに理解出来る。ただそれは犬の名前を聞いて犬だと答えるようなもので――中にはそう言う名前をつける飼い主もいるけれど――普通、名前を聞かれて答える名前ではない。なので固有の名前を聞こうといつきは再度食い下がった。

 この質問に小天狗と名乗った子供の天狗はニッコリと笑顔を崩さずに答える。


「今は小天狗でお願いします」


 その言葉の圧は有無を言わせない程で、流石のいつきもこれ以上の追求を諦める程だった。


「わ、分かった……。じゃあ小天狗さん!よろしくね!」


「お祭りはいつやるんだ?」


 一連のやり取りを静観していたヴェルノがここで口を開く。小天狗は営業スマイルのまま聞き取りやすい明るい声で口を開いた。


「来週の週末です。だから学校をサボる必要はないですよ」


「やった!来週は楽しい週末になるね!」


「それではお待ちしております。では、失礼します」


 伝えたい事を伝えきった小天狗は窓を開けるとそこに足をかけ、翼を広げる。そうして天狗らしく自力で空を飛んで天狗山に帰っていった。その様子を目にしたいつきは興奮しながらキラキラと目を輝かせる。


「おー、流石天狗、ここまで飛んで来たんだねぇ」


「いいの?二つ返事で決めちゃってたけど」


「当然だよ!妖怪のお祭りなんて面白そうじゃん!」


 ヴェルノの心配をよそにいつきはこの突然発生したイベントを楽しんでいる。その言動はまさに彼女らしいものとも言えた訳だけど、後先考えないいつきの奔放さにヴェルノはまた深い溜め息をついた。


「はぁ……」


 翌日の昼休み、面白い事があるとすぐにそれを喋るたくなる性分の彼女は、早速この事を雪乃に伝える。聞かされた彼女はやはり当然のように驚いていた。


「えぇ?今度は妖怪のお祭りに誘われた?」


「うん!面白そうでしょ」


「そりゃ、面白いかもしれないけど……気をつけてね」


 いつきが無茶をするのは毎度の事で、それを止める術を雪乃は持っていない。だからこそ彼女はいつきの無事を祈り、気をつけるよう忠告する事しか出来なかった。

 この言葉を聞いたいつきはニコッと笑いながら胸を張り、自信たっぷりに口を開く。


「だーいじょうぶだって。みんないい妖怪達だよ、うん」


「でも妖怪って悪いのもいるかも……」


「ゆきのんは心配症だなあ!べるのもつれてくから大丈夫だよ。変身すれば魔法が使えるし、ステッキもあるし」


 雪乃の忠告はいつも通りいつきの心の表面上を通り抜けていく。彼女は彼女で大丈夫アピールをして雪乃を心配させないように気を使っているつもりなんだけど、その気持ちがちゃんと伝わっているかどうかは分からない。


「油断とかしないでね。後、ちゃんと無事に帰って来てね!」


「面白いお土産話を期待しててよ!」


「……楽しんで来てね」


 この会話は、何を言っても暖簾に腕押しだと実感した雪乃が最後に折れる。これは2人の会話のテンプレで、今回も同じ落ちになった。雪乃はため息をひとつ吐き出すとそれから視線を窓の外に移し、流れる雲を黙って見つめていた。


 次の日の週末、約束の日が訪れる。彼女は小天狗がいつ来てもいいように外出用の服を着て朝から窓の外をチラチラと眺めていた。この日に迎えが来ると言う話にはなっていたけど、詳しい時間までは聞いていなかったからだ。9時を過ぎ、10時になろうかと言うところで彼女の視線の向こうの青空に異変が訪れる。


「あっ」


 視界の異変はずんずん近付いて来て、やがてハッキリと視認出来る大きさになる。その正体はなんと古典でよく見るような人を乗せて運ぶ牛車だった。牛が引いて移動するアレだ。

 けれど引っ張っているはずの牛の姿はどこにもない。牛車だけが単体で空を飛んで来ていた。何ともシュールな光景が彼女の目の前で展開している。


 何て古風なと思いながら見ていると、その牛車はいつきの家の庭にふわりと音もなく優しく着地した。

 興奮した彼女が急いで庭に回り込むと、ちょうど牛車から外に出て来た小天狗がいつきを見つけてニッコリと笑う。


「それでは参りましょう」


「はええ~。昔の乗り物だあ」


 単体で空を飛んで来たこの乗り物が珍しくて彼女はしばらくその周りをぐるぐる回って観察する。伝統工芸品のように細部にまで立派な細工を施されたその乗り物を、いつきは一瞬で気に入っていた。

 やがて飛び出した彼女を追いかけてヴェルノも庭に到着する。庭に降りて来たこの見慣れない牛車と、それに興奮しているいつきと言うカオスな状況に、彼は朝から深い溜め息を吐き出す事しか出来なかった。


「見た目が現代的なのもあるにはあるのですが、こっちの方が風情があるかと思いまして」


「うん、こっちの方がいいよ、タイムスリップしたみたいで!」


「では、お乗りください」


 小天狗に案内されたいつきは、早速この牛車に何のためらいもなく乗り込んでいく。この状況に理解の追い付かないヴェルノが一歩も動けないでいると、牛車の暖簾を上げていつきが顔を出した。


「べるの、いくよ!」


「仕方ないなぁ……」


 覚悟を決めたヴェルノはぴょんと牛車の中に乗り込んだ。2人が入ったのを確認して小天狗も中に入る。全員が入った所で牛車は動き始めた。どうやらこの牛車、自動運転機能が搭載されているらしい。流石妖怪世界の乗り物、不思議が当たり前だ。


 空飛ぶ牛車の乗り心地は思ったよりも快適で、いつきは車内でかなりリラックスしていた。空を飛んでいると言う事で彼女の興味は室内より外に向き、高速移動する景色を窓から眺めて堪能する。

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