天狗山の妖怪達
第61話 天狗山の妖怪達 その1
アスタロト強襲の次の日の夜、見たいドラマも見終わって自分の部屋に戻ると、いつきは自分の部屋に戻って明日の授業の予習をさらっと済ます。
それから椅子の背もたれをギイッと鳴らす程思い切り背伸びをするとクルッと回してくつろいでいるヴェルノに声をかけた。
「これでもう一安心なんだよね」
「さあね。もうアスタロトが襲って来なければいいけど……」
リラックスしている彼女に対してヴェルノはまだ心配そうにしていた。今回、確かにアスタロトはカムラにこてんぱんにやられて撤退した。前回は向こうの気まぐれだったからまた気が変わって襲って来たけど、今度は実力で負けたのだから状況が違う。いつきはそれを強調する。
「だって力を奪ったんでしょ?もう大丈夫だよ」
「でもカムラはアスタロト自身を倒してはいないんだ。だからまた誰かから力を奪って復活するかも」
ヴェルノはどこまでも心配症だ。どうやら彼は不安の種が少しでも残っていたら安心出来ないら質しい。慎重過ぎる彼の言葉を聞いたいつきは腕組みをしてその疑問に対する答えを模索する。それから自分の中で考えが整理出来た彼女は困り顔のヴェルノに自分の答えをぶつけた。
「うーん。まぁもし次動いたとしても、恨みの矛先は力を奪ったカムラに行くんじゃない?だからきっと私達は大丈夫だよ!」
「え……あぁ、それはそうかも知れないけど」
ヴェルノはアスタロトの怒りの矛先が自分である事に囚われ過ぎているみたいで、いつきのこの話をすぐに受け入れられなかったようだ。
彼女は身を乗り出して説得するような雰囲気でヴェルノに声をかける。
「カムラなら大丈夫だって!また返り討ちだよ!」
「そう……だといいけど」
この言葉を聞いてもまだ煮え切らない態度を取るヴェルノにいつきはニパッと笑顔を作って彼を励ました。
「あんまり深刻に考えない!考えたら負けだよ!」
「本当、調子いいなぁ……」
その脳天気な顔を見たヴェルノも、呆れて苦笑いをする。まだ起こってもいない事で悩んでいても仕方がないと、吹っ切れた彼はそれ以降アスタロトの話題を口にする事はなくなった。
次の日の昼休み、いつものように雪乃と話をしていて、近況報告としていつきは先日とのアスタロトとの再接触についての話を始める。興奮しながら身振り手振りを加えてオーバー気味に話すいつきの悪戦苦闘のエピソードを、雪乃は黙って聞いていた。
「……てな訳でね。大変だった」
長い長い武勇伝を聞き終わった雪乃は、その時のいつきの態度と話の内容のギャップについてにツッコミを入れる。
「その割に楽しそうなんですけど?」
「うん、だってもう襲われる心配なさそうなんだもん!」
「そっか」
いつきの笑顔の理由が分かった雪乃は安心したようにニッコリと笑う。彼女の笑顔を見たいつきも嬉しくなって更に満面の笑顔を浮かべた。
「だから今は晴れやかな気分なんだ~。空も青いね~」
「今日、曇ってますけど?」
そう、この日は生憎の曇り空。降水確率は低く、雨は降りそうになかったけど、とても青空と言えるような空模様ではない。
この彼女の野暮なツッコミにいつきは少しだけ気を悪くして言葉を返す。
「もー!そう言うツッコミはいいんだよ!」
「あははは」
顔を膨らませたいつきを見て雪乃が声を出して笑う。その笑い声にいつきもつられて笑っていた。
こうして昼休みも終わり、午後の授業も終わって放課後、学校に用事のあった雪乃を残していつきはひとりで下校する。心の軽くなった彼女は足取りも軽くスキップをしたい気持ちを抑えながら帰路を楽しんでいた。
「ふー。不安のなくなった帰り道は心が軽いねー」
何の問題もなく家に辿り着いたいつきは玄関のドアを開けて家に入る。そうして日課のように大声で帰宅の挨拶をした。
「ただいまー。ご主人様のお帰りだぞー」
「いつき!お客さんが来てる」
彼女の帰宅の声を聞いたヴェルノが急いで玄関前にやって来た。自分宛ての来客と聞いても全くピンとこなかった彼女は思わず素で聞き返す。
「へ?誰?」
ヴェルノはその問いに答えずにいつきに早く来るように無言で促す。彼女は事態を全く理解しないまま、靴を脱いで自室へと向かう。
ドアを開けたいつきを待っていたのは天狗の姿をした子供の姿だった。まだ天狗の特徴である鼻は目立って大きくなっておらず、パッと見コスプレをした子供にも見えなくもない。その正体が本物の天狗であろうとそうでなかろうと、どちらにせよいつきにそう言う知り合いはいない。
なのでますます彼女はその状況が飲み込めず、ただ首をかしげるばかりだった。
ドアを開けたいつきに気付いたその小さな天狗は、子供らしいキラキラとした目を輝かせて大きな声でハキハキと喋った。
「お待ちしておりました!」
「えっ?誰っ?」
この想定外の出来事に彼女の理解は全く追いつかない。天狗の方も狼狽しているいつきの姿を見てすぐにその状況を察し、空気を読んで早速自己紹介を始めた。
「あ、挨拶がまだでしたね!私、天狗山の使いで御座います」
「天狗山?ああ、あの妖怪さん!確か……ガルガル……だっけ?他の妖怪とかも元気にしてる?」
小さな天狗は天狗山の使いと言う事で、どうやら本物の天狗のようだ。いつきは思い出しついでに今あの妖怪の山がどうなっているかを尋ねる。
けれど彼はその事には触れず、以前トラブルを解決した事への御礼の言葉を述べるばかり。
「あの節は仲間の暴走を止めてくださり、本当に感謝しています」
「いいよいいよー。私特に何もしてないし」
「とんでもないです!あのままだと大変な事になっていたかも知れません。いつき殿には我々妖怪仲間みんな恩義を感じているんです」
何だか場違いな程に褒め称えられている気がしたいつきは、山での出来事を思い出し、素直にそれを口に出した。
「恩義を感じるならヨウの方じゃないの?私は彼についていっただけだし……」
「勿論ヨウ殿にも話は通しておりますとも!」
そこも抜かりがないと言わんばかりに天狗は胸を張って答える。その仕草の可愛らしさにぽやんと場が和んだ所で、いつきはポロっと言葉をこぼす。
「そっか。で、用ってそれだけ?」
「いえいえ!とんでもありません」
その質問を耳にした天狗は焦ったようにその言葉を即座に否定する。彼のその焦りようから本題は別にあると踏んだいつきは、こそっとヴェルノに耳打ちする。
「お礼にお宝とかくれるのかな?」
「知らないよ!」
どうやらヴェルノも天狗が何をしに来たのかまだ具体的には知らないらしい。何故か逆ギレ気味に返事を返されて、彼女もちょっと気を悪くした。
そんな2人のやり取りを全く気にせずに天狗はマイペースで要件を伝え始める。
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