第63話 天狗山の妖怪達 その3
「うーん、気持ちいい~」
「窓からの眼下の景色、お気に召されましたか?」
「うん、これはいいね~。街が玩具みたいだよ」
今日迎えが来るとは言っても、こんな形で迎えられるなんて思っていなかったいつきはこの想像以上のサプライズに興奮しっぱなしだった。妖怪が乗り物を持っている事にも驚いたけれど、その乗り物に乗って空の旅が出来るなんて、飛びながら街の景色を眺められるなんて――。
彼女の興奮状態は最高潮に達し、ずーっと窓にしがみついている。それは珍しいのもあるけれど、何より流れる景色が早くて全く退屈しないと言うのが大きかった。
そんな興奮しっぱなしの彼女に対してヴェルノはもう少し冷静だった。室内を軽く見渡した彼は感心したように感想を口にする。
「妖術って言うのも魔法に負けず劣らずだな」
「はい、私達の自慢です」
自分達の能力を褒められて小天狗は満足そうにニッコリと笑う。しばらくして窓にしがみついていたいつきは振り返って小天狗に質問する。
「後どのくらいで着くの?」
「すぐですよ、電車より早いんですから」
彼女の質問に小天狗は具体的には答えず、すぐに着くと言う事を強調する。いつきはその答えに何の疑問も抱かなかったようで、ポジティブシンキングで彼の言葉をまるっと受け入れていた。
「空飛んでるもんねぇ~。でもどうせなら長く飛んでいたいかも」
与えられた時間が短いと知った彼女はより一層窓の外の景色を集中して眺めている。滅多に見られない昼間の空の上の高速移動。電車よりも早いと言う事は飛行機並みのスピードが出ているのかも知れない。動力源がどうとかそんな細かい事はきっと妖術のひとつで片付けられる。
そもそもそれなりの大きな物体が空を飛んでいて全く騒ぎにならないのもおかしな話で、これはつまり普通の人にはこの牛車は見えない事になっているだろう事は容易に想像出来た。
いつきが窓の外の景色に釘付けなように、ヴェルノもまたこの不思議な乗り物について考察を巡らせていた。魔法とは違う不思議エネルギーに彼の興味もまた尽きる事がなかった。
「ほら、見えて来ました」
2人がそれぞれの好奇心を満たしていると小天狗が突然声をかける。すぐにいつきが時間を確認するとその衝撃の事実に思わす大声を上げた。
「早っ!30分とかかってない!」
それからすぐに牛車は着陸態勢に入る。スピードを出している乗り物はゆっくり減速しないと中の乗客にも物理的に負担がかかってしまう。
つまり、動力源は妖術でも慣性の法則までは捻じ曲げられないらしい。牛車が丁寧に着陸し、2人が降りていくと見覚えのある妖怪が彼女達を待っていた。
「いつき殿、お待ち申しておりましたぞ」
「あ、長さん、お久しぶりです」
2人を出迎えてくれたのは以前にも会った天狗山の妖怪の長だった。特徴的な風貌なのですぐに気付く事が出来た彼女は長に挨拶をする。その様子を見ていた影が突然背後から声をかけて来た。
「お前も来たんだべか」
「あ、ヨウさん、ども!」
「まったく、変わってないべな」
天狗山の妖怪退治以来のヨウは苦笑いをしながら返事を返す。彼の姿を見て何かを思い出したいつきはすぐにヨウに詰め寄った。
「そうだ!ヨウさん、この間アスタロトが襲って来たんですよ!どうして来なかったんですか!」
「な、そんな事突然言われても困るべ!こっちにも用事とか事情とかあるし……いつでも駆け付けられる訳じゃないべ!」
困惑する彼はしどろもどろになりながら返事に苦慮している。その様子をじっくり堪能したいつきは悪戯っぽく笑って口を開いた。
「……なーんてね。何とかなったから別に怒ってないでーす!」
ヨウは突然怒られて突然許されたものだから訳が分からず混乱する。それから取り敢えずは何が起こったのかその真相を探ろうと改めて質問した。
「そりゃ、お前さんがここにいるんだからそうなんだべなぁ。一体何があったんだべ?」
いつきはこの質問に対してクルッと身体を回転させて後ろを向くと意味ありげに振り返りながらニヤリと笑うと口を開いた。
「私、ヨウさんよりもっと頼りになる味方を手に入れたんだから!」
「な、なんだべ?オラよりも頼りになる?聞き捨てならないだ!そいつは誰だべ!」
すごく意味ありげなその言い方に彼は興奮して答えを急かす。いつきはその反応が面白くてもう少し焦らしてやろうと回答を先延ばしにした。
「ふふん、それは……」
「それでは第871回天狗山妖怪祭りを始めますじゃよ!」
彼女が言いかけた所で長がお祭りの開始を宣言する。その言葉を耳に入れたいつきはもう気持ちがお祭り一色に支配された。お祭りを楽しみにしていた妖怪達が山道にどっと集まっていく。その賑やかさは人間の祭りの風景と見間違う程だ。山道の向こうにはお宮があって山の麓には屋台が並んでいる。
いつきは目をキラキラと輝かせ、この初めて見る妖怪のお祭りに興奮する。
「おお~、始まったね」
「ご、誤魔化すんじゃないだべ、続きを聞かせるべ!」
一方で答えがお預けになってしまったヨウは彼女の心変わりに憤慨する。いつきはそんな彼の言葉を右から左に流して屋台の列に混じっていった。
「私、お祭り楽しみたいから。この話はまた後でね」
「そんな~。蛇の生殺しだべぇ~」
彼女に置いて行かれたヨウは肩を落として落胆する。気がつくと周りにたくさんいたはずの妖怪達もお祭りの列に参加してしまい、その場は彼ひとりとなってしまっていた。
「べるの~賑やかだねえ」
「こんなに派手にやらかして人間達は気付かないものなのかな?」
浮かれているいつきに対して同伴のヴェルノは冷静に状況を観察していた。この質問には屋台の売り子をしていた猫の妖怪が気さくに答えてくれた。
「それは大丈夫、結界があるからにゃ」
「結界!べるのは気付かなかったの?」
その言葉にいつきが素早く反応する。聞かれたヴェルノは一瞬混乱するものの、すぐに気を取り直して彼女の疑問に答えた。
「魔法と妖術は違うんだよ、ま、あらかじめ知っていれば気付けたかもね」
「そこの色男さん、食べてくかにゃ?」
猫の妖怪はニヤリと笑うとヴェルノに屋台の商品を勧める。彼女がこの屋台で売っていたのは定番のたこ焼きだ。美味しそうなソースの匂いに2人共食欲をそそられる。そうして売り子の猫妖怪は魅惑的な眼差しでじいっとヴェルノを見つめていた。
今までそんな扱いをされた事のなかった彼はドキドキしながら今の想いを口にする。
「い、色男?そんなの言われたの初めてだ」
「ええ~っ?その毛並みといい色艶といい、めっぽう色男にゃよ~。今までいい女に出会えてなかったんにゃねぇ~」
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