第46話 忍者再び その7

 ケンガは忍術の効かない特異体質で、その体は鋼鉄並みに硬い。どうやっていつき達が上空に浮かんでいるかは分からなくてもケンガをぶつければ目障りな上空のアレは墜落すると彼は踏んでいた。


 一方、突然攻撃されると言うこの緊急事態にいつきはパニックになりながらもとっさにステッキを構えていた。もしかしたらそれは無意識の行動だったのかも知れない。

 しかし、しっかり握ったそのステッキを彼女はこの瞬間にしっかりと使いこなすのだった。


「マジカルファイヤーッ!」


「ピギャーッ!」


 魔法力を溜めたそのステッキから放たれた一撃は確実にケンガを捉え、そうして彼を撃墜させていた。元々身体の黒いケンガにその一撃がどれ程のダメージを与えたのか見た目ではよく判断出来なかったものの、周囲に残る焦げ臭い匂いからそれなりの威力はあったのだろう事は推測された。


「すごい、一撃だべ……」


「な、馬鹿な!ケンガに忍術は一切効かないはず……」


 このいつきの活躍に流石のヨウも言葉を失う。彼ですらそうなのだからガルガル側の精神的ダメージは大きかった。自慢の攻撃があっけなく失敗に終わり茫然自失になっていたのだ。その状況が飲み込めないガルガルにヨウは勝利を確信したドヤ顔で説明する。


「残念、彼女は魔法少女だべ」


「魔法……少女?新手か?」


「詳しくは知る必要ないべ!」


 この機を逃す手はないとヨウは一気に畳み掛ける。混乱するばかりで平常心を失った今のガルガルにイケイケ状態の彼の技を交わす余力はなかった。

 その頃、ステッキ攻撃でケンガを撃墜したいつきは苦し紛れに放った一撃が見事に的中した事にただただ驚いていた。


「嘘……当たっちゃった」


「いつき、さっきのは妖怪相手だったから良かったけど……」


「分かってるよ。こんなの人には向けないから」


 本当は当てて迷惑がかかるもの全てに気を付けて欲しかったものの、きっと言いたい事は伝わっていると感じたヴェルノはそれ以上の突っ込みはしなかった。いつきは改めて握ったステッキを見つめている。ステッキに内蔵された魔法石は緑色の光が鼓動のように強く弱く一定の間隔で光っている。

 それが魔法増幅結晶体の性質なのだけれど、いつきにとってはその光景が不思議で神秘的でずっと見ていても飽きないようだった。


「忍法妖気縛り!」


「うぐっ!」


 地上ではヨウが自慢の技をガルガルに向けて放っていた。不意を突かれた格好になったガルガルは、その技によって身柄を拘束されてしまう。身動きの取れなくなった彼に、ヨウは不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと近付いていく。


「さあ、とどめだべ!」


 彼が忍者刀を引き抜き、そのままガルガルの体を貫こうとしたその時だった。その戦いの一部始終を見つめていたらしき謎の影が現れ、ヨウに声をかける。


「待たれよ!」


「お、長……」


 影を見たガルガルはその正体を口にする。その言葉通り、そこに現れたのは天狗山に住む妖怪達の長だった。小柄な老人のような風体で全体的に毛むくじゃらのその長は、フサフサな眉毛から時折鋭い眼光を覗かせながら2人の前に現れた。その姿を確認したヨウは声を荒げる。


「長殿、この件は手出し無用だべ!」


「分かっておる、そいつは多くの人間を襲った。それは消しようのない事実じゃ。じゃがそれには要因があっての事。ここはひとつ儂に任せてくれんか」


「だども、こっちも依頼を受けてここに来たんだべ。このまま引き下がれないべ」


 長とヨウの押し問答はしばらく続き、このままで話が進まないと感じた長はガルガルがおかしくなった原因を語る。


「此奴が狂った要因は頭の中に入り込んだ異物じゃ、今から儂がそれを取り除く!」


「それってまさか!」


 ケンガを倒した事で自分の役割は終わったと思ったいつきは地上に戻って来ていた。降りた途端に長のその言葉が聞こえて来て、その状況に身に覚えのあった彼女はつい2人の会話に口を出していた。


「いつき殿?」


「お嬢さん、一体どうなされましたのじゃ」


 ヨウと長に同時に話しかけられ、一瞬返事に困ったものの、ゆっくりと深呼吸して心を落ち着かせるといつきは長に対して口を開く。


「夢魔、ですよね。私そう言うの一度倒した事があります」


「もしやお嬢さん、たぬ吉を救ってくださった……」


 いつきの口から出た話を聞いて長は思い当たるふしがあったのかすぐに反応する。流石この天狗山妖怪の長だけあって、住人のたぬ吉の事もしっかり把握しているようだ。


「彼を知ってるんですか?」


「勿論だとも。たぬ吉が帰って来てからしばらく天狗山ではその話で持ちきりじゃった。そうか、お嬢さんが……その節はたぬ吉がお世話になった。本当に有難う。儂からも礼を言わせてもらうよ」


 長からお礼を言われて、いつきはちょっと心がむず痒くなっていた。そうしてヨウの技で拘束されたままのガルガルの姿を見て彼女は口を開く。


「彼がおかしくなった原因がもし夢魔だと言うのなら私が……」


「いや、それには及ばんよ。儂もここの長を任されておる。この程度の奴は儂ひとりで十分じゃ……かぁつっ!」


 いつきの申し出を丁寧に断ると、長はあらん限りの大声でガルガルに喝を入れる。その迫力は天狗山全体が震えるかと言う程のものだった。

 喝を入れられたガルガルは強烈な刺激に白目になって気絶する。そうして彼に憑依していた夢魔の気配もまた消えていたのだった。


「すごい、気合一発で……」


「結局、長がすぐにこうしていれば被害も収まったんじゃ……」


 一連の出来事を傍観していたヨウは思わず突っ込みを入れる。この言葉を聞いた長は大声で笑った。


「ハッハッハ!確かにそうじゃのう。じゃが儂も寄る年波には勝てん。ガルガルはいつも儂から逃げておって近付けさせてくれなかったのじゃ」


「じゃあオラがこうして拘束したのは渡りに船だったべなぁ」


「そう言う事じゃ、どうかこれで勘弁してくださらんか」


 ガルガルが元の温厚な妖怪に戻ったのならこれで問題が解決したと言えなくもなかった。そう言う意味で長はヨウに事態の収束を願い出る。

 しかしその言葉を聞いた彼は複雑な表情になった。


「だども……こうなってしまうとオラ報酬を貰えないべ……ガルガルを殺した証を持って帰らないと食いっぱぐれてしまうべよ」


「なら、これを持っていくがいい、人間世界では価値のある物じゃろ?」


 ヨウは仕事で妖怪退治をしている為、依頼を完遂しないと無収入で困ってしまう。その現状を思いやった長は困り顔の彼に何かを手渡した。

 渡された物をよく見たヨウは驚いて大声を上げる。


「こ、これ、き、金でねえべか!いいんだべか?」


「構わんよ。これで仲間を救えるなら安いもんじゃ」


 そう、長が彼に手渡したのは小さな金塊だった。小さくても換金すればそれなりの価値になる。妖怪退治の報酬にしては破格過ぎる程の報酬だった。


「ガルガルはもうこれで大人しくなったの?」


「そいつの顔を見てみなされ、邪気はふっとんだわ。昔の穏やかな顔に戻っておる」


「あ、本当だ、何も感じない」


 長の喝で気絶していたガルガルも、今はもうぐっすりと眠っていた。

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