第45話 忍者再び その6

 謎の上から目線で2人は地上で妖怪探しを懸命に続ける忍者の品定めをする。本当、今回は当事者じゃないからって相当いい気なものだよね。

 そんなお気楽な態度なので2人の生意気発言はその後もポンポンと出てくるのだった。


「ま、こっちは高みの見物だよね~」


「どうにか使い物になって欲しいけどな~」


 そんな感じで2人が言いたい放題で下界を見下ろしていると、地上のヨウに動きがあった。どうやら目的の妖怪を見つけたらしい。


「ぬ!」


「あ、動いた。結構走るの早いよ!」


「急いで追いかけないと!このままじゃ見失なっちゃう!」


 その急な加速に2人は驚いて焦って空から追いかけていく。その速さは走りにくい山の中だと言うのに普通の人間の走る速さを超越していた。もしかしたら忍術的な技を使っていたのかも知れない。上空を飛ぶいつきが追いつきかねるくらいだからこれは相当の速さだと推測される。

 そうして彼は手際よく山の奥に潜む妖怪のもとにあっと言う間に辿り着いていた。これは流石妖怪退治のプロの手腕と言ったところだろう。


「まぁ~たお前かぁ~」


「気持ち良く昼寝しているところ悪いけど、覚悟して貰うだよ!」


「はっ!こっちにはケンガがいるんだ。お前の武器など効かなかっただろう。今度は脅しじゃ済まないぜ?」


 今まさにヨウと対峙しているのが件の妖怪、ガルガルだと推測された。その妖怪は全身が白くて長い毛に覆われていて、大人のゴールデンレトリバー程の大きさの犬っぽい姿をしている。いつきが上空から見る限りはそれ以上の特徴はよく分からなかった。


 彼とガルガルは過去に何度か対決した事があるらしく、その会話からその時はガルガルがゲンガを使ってヨウを脅し追っ払ったらしい事が伺われた。

 ガルガルのその挑発に負けじとヨウも声を張り上げる。


「こっちだって今度は無策でやってきた訳じゃないべ!」


「一体何を……。はっ!あの空にいる奴は何だ!」


 彼の言葉に何かを感じたガルガルは注意深く空を見上げる。そこには空中に浮かぶいつき達がいた。


「流石すぐに気付いただべな。あれこそがオラの用意したケンガ封じの切り札だべ!」


「おのれぇ~!お前は今度こそ俺が噛み殺す!」


「望むところだべ!」


 上空の彼女の姿を認めたガルガルは目の前でドヤ顔をするヨウの生意気な態度に声を荒げる。その挑発に乗った彼が素早く戦闘態勢を取っていた。


「うわぁ~始まったよ~」


「あれが本物の妖怪なんだ。確かに魔法生物と似てるよ」


 ヨウとガルガルの戦いを2人は上空から高みの見物をしている。安全が保証された上で見るそのバトルはまるでテレビのショーのような、映画のワンシーンのようなそんな極上のエンターティメントだった。ガルガルは妖怪とは言え、その俊敏さと巨大な体躯を活かし、物理的な攻撃に終止している。

 そんなガルガルのパワー系の攻撃に対しヨウは忍者らしく得意の忍術で対抗していた。


「忍法、妖気縛り!」


「うぐっ!流石やるな!」


「へへっ!どうだ!」


 しばらく小競り合いが続いた後、最初に攻撃がヒットしたのはヨウの方だった。忍術によって金縛り状態になったガルガルは彼の力量を認める。

 上空で眺めていたいつきも彼のその動きに改めて感心していた。普段抜けているように見えても彼はやはり一流の忍者なのだと。

 これで戦いは一件落着だと誰もがそう思ったその時、囚われているはずのガルガルの姿がぐにゃりと曲がる。


「だが、残像だ……」


「むっ!こしゃくな!」


 そう、ヨウの忍術で捕まったはずのガルガルは彼の作り出した残像だった。騙されたと気づいたヨウは悔しさのあまり声を上げる。どうやらまだまだ戦いはお互いの力量を測る小手調べの段階だったようだ。


「本当に空に浮いているだけでいいみたい。こりゃあ楽だわ」


 この依頼を受けた時に言われた通り、上空に浮かぶ2人には今のところ全く何の危険もなかった。だからこそ観客感覚で地上で行われている白熱バトルを楽しく鑑賞する事が出来ていた。何ならお菓子とジュースを手に持って眺めたいくらいだった。そんないつきの態度にヴェルノが一言釘を刺す。


「だからって油断禁物だよ。何が起こるか……」


「わーかってるって」


 彼の忠告も分かるものの、今のところ何の危機感も感じない為、いつきは警戒する素振りひとつ見せないまま、この忍者と妖怪の白熱の戦いを楽しんで見ていた。


「上空から見たらじゃれついているだけにも見えるね~」


「でもあれ、お互いに本気だよ。本気で殺し合ってる……」


 能天気にその戦いを楽しんで見る彼女に対してヴェルノはもっと根本的なところを観察していた。彼の言葉を受けてちゃんとその戦いを見つめ直すと確かにヨウとガルガルの戦いはお互い真剣に本気でやりあっているのが分かって来た。

 一歩間違えば大怪我間違いなしのその攻防はお互いが紙一重の技の応酬で、だからこそ見ようによってそれは洗練された演舞にも見えるのだった。


「うーん、言われてみれば……。忍者って命懸けなんだ。よくやるなぁ」


「あんなのが人を襲っていたならそりゃ誰かが止めないとだね」


 そんな上空の脳天気な観客をよそになかなか勝敗のつかないこの戦いにガルガルは焦り始めていた。いつもなら使えるはずの手段を封じられたのだからその焦りも当然のものだろう。このままではジリジリと敗食の色が濃厚になる。ガルガルはヨウと激しい攻防を繰り広げながら、この膠着状態を打破する手段を考え続ける。


「くそっ、ケンガが使えたならこんな……」


「どうやらこの勝負、オラに分があるべな!」


 このまま行けば勝機はこちらにある!そう判断したヨウがガルガルに向かって勝利宣言をする。その言葉にイライラの頂点に達した彼が大声を上げた。


「ええい!出て来いケンガ!俺を助けろ!」


「お、何か出て来た」


「もしかしてあれが?」


 上空から眺めていた2人にもハッキリとそれは見えた。ガルガルの命令に丸くトゲトゲとした仲間が突然現れたのだ。その姿から見て多分アレがヨウの言っていたケンガなのだろうといつきは推測する。

 呼ばれたから出て来たものの、ケンガらしきその妖怪は上空のいつき達の姿にすっかり怯えていて、全くその場から動こうとしていなかった。


「怯えるな!どうせただの脅しだあんなもの!お前なら壊せる!行け!」


「その自慢のペットは空に何かいたら動けないのは調査済みだべ!」


 ケンガの弱点を知り尽くしたこの作戦に自信満々なヨウは内輪揉めしているガルガル達にドヤ顔で宣言する。その態度に怒りで堪忍袋の緒が切れたガルガルはいきなり震えるケンガをガブリと咥えると力任せに上空に放り投げた。


「行けっつってんだーっ!」


「嘘……だべ?そんな強引な……」


 この想定外の状況にはヨウも呆気に取られてしまう。自分に向かって妖怪が飛んで来るなんてそんな事が起こるとは思っていなかったいつきも動揺してプチパニックになっていた。


「なんかトゲトゲが飛んで来たーっ!」


 地上から上空のいつき達に向かって飛んでいく自慢のペットの様子を注意深く眺めていたガルガルは上手く行ったとばかりにニヤリと笑うと、これでこの勝負の勝ちを確信する。


「ふん、あんなものケンガをぶつければ一発で……」

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