第37話 第1接触 その3
それでも何か話さないと彼はどいてくれそうもなく、恐る恐る慎重に彼女はこの自称悪魔と対話を試みる事にする。
「で、あの……私に……何の用……です……か?」
「俺は魔女が嫌いなんだ。あいつらは自分の実力もわきまえずに俺を倒そうと向かってくる。この世界で俺が何をしたって言うんだ?」
「ええと……」
いきなり彼が話し始めた自分語りにいつきは困惑する。返事に適当な言葉を思い浮かべずに立ちすくんでいると彼は更に言葉を続ける。
「俺には懸賞金がかけられているんだとよ、悪い冗談だぜ……」
「そ、それは……災難?でしたね?」
一応話を合わせようと彼女は当り障りのないような返事を返した。この返事には特にリアクションもなく、アスタロトは更に自分語りを続ける。
「だから俺は逆に魔女狩りを始めたのさ。降りかかる火の粉は払わなきゃな、そうだろう?」
「そ、そうですね……あ、あはは」
相槌を打つしか出来ないいつきは、ひくついた愛想笑いで彼の話に付き合っていた。これ以上どうしていいか何も考えられなかったのだ。
自分語りを終えたアスタロトはにやりと笑うと、マントを翻して両腕を肩の高さに上げ、それから戦闘態勢を取って叫ぶ。
「だから、大人しく狩られてくれ!」
「ちょ、ま!違うから!私魔女じゃないから!」
彼の憎悪の対象に自分が含まれていると知っていつきは焦った。今の彼女は変身前の人間状態であり、ハッキリ言ってこんなよく分からない者に対処する能力はない。
この状態でいつきが出来る事と言えば、何とか言いくるめてその攻撃を思い留まってもらう以外になかった。
けれどもそんな口先だけの説得で引いてもらえるほど、アスタロトは甘くはない。
「そんな魔力をプンプン匂わせている人間がいるか!」
(ひえ~やばいよ~!べるの!聞こえたら助けて~!)
この迫り来る恐怖に流石のいつきも本気でビビっていた。声にも出せないので心の中で必死にヴェルノに助けを乞う。もし変身範囲内なら彼女の声は彼に届くはず。
わずかばかりの望みをかけて、必死に彼女は心の中で必死にヴェルノの名前を叫んでいた。
「いつき!」
「え?べるの!どうして?」
いつもだったら心で呼んだってすぐにはやって来ないはずのヴェルノが、今回に限ってすごい速さでいつきの危機に駆けつけて来た。この普段と余りに違う出来事に彼女自身が全く信じられずにいた。動揺する彼女に対してヴェルノが叫ぶ。
「悪魔の気配を察知して様子を見に来たんだ!」
「何だ?」
突然の魔法生物の登場に面食らったのはアスタロトも同じだった。その悪魔の声を聞いてヴェルノは振り返る。いつきの前に立つ異形の存在を視認した彼は、信じられないものを見たという顔をして思わずつぶやいた。
「あ、アスタロト?」
「べるの、知ってるの?」
「知ってる、かなり厄介なやつだよ。でもどうしてここに?」
そう、さすがは元魔界の住人。ヴェルノはアスタロトの事を知っていたのだ。彼の認識でさえ、目の前の悪魔は厄介なものと言うものだった。
ヴェルノがアスタロトを知っていたように、彼もまたヴェルノを知っていた。目の前の魔法生物を認識したアスタロトの目の色が変わる。
「お前、よく見たら見覚えがあるぞ。俺を追放したクソッタレ貴族の息子だろ?」
「えっ?べるのってそんな血筋なの?」
アスタロトの口から語られた突然のヴェルノの出自にいつきは思わず反応する。そして、そのいつきの言葉を聞いたアスタロトもまた目の前の魔法生物の名前を思い出す。
「そうだ、ヴェルノだ……懐かしいなあおい、10年前に一度目にしたぞ。大きくなったじゃないか」
彼のこの言葉が正しいとすると、アスタロトは10年前にヴェルノに会っていると言う事になる。その頃は彼もまた魔界にいたのだろう。
お互いがお互いの正体を確認しあった後、ヴェルノはいつきに必死に訴える。
「変身だよ、いつき。人間のままじゃヤバイ」
「う、うん……」
彼に急かされるようにいつきはすぐに魔法少女に変身する。変身した彼女の姿を見たアスタロトはニヤリと笑った。
「ほらやっぱりだ、お前魔女じゃねえか!」
「違うもん、魔法少女だもん!」
「魔法を使う女はみんな魔女なんだよ!」
この突然始まった魔法少女談義にヴェルノは加われないでいた。話が通じないと分かったアスタロトは、手に魔力を込めいきなり振り下ろす。そうして放出された魔法弾はいつきの位置を正確にトレースし、容赦なく彼女に襲いかかった。
「キャアアッ!」
「いつきっ!」
直撃の爆炎が消え去った後、倒れていたのはヴェルノだった。アスタロトの攻撃を彼がかばったのだ。代わりに魔法弾の直撃を受けたヴェルノはかなりのダメージを負っていた。
その様子を見たアスタロトは落胆した顔をして吐き捨てるように言い放つ。
「お前……大した事ないな。この程度か?」
「べるの!大丈夫?」
いつきに体を何度も揺り動かされて意識を回復させたヴェルノは、少し咳き込んで血を吐いた後、ゆっくりと目を覚ました。心配そうに見つめる彼女を見たヴェルノは安心させるようにぎこちなく笑う。彼の無事を確認したいつきは彼を強く抱きしめた。
ヴェルノは抱きしめられながらも、混乱しているいつきに対してすぐに次の行動の指示をする。
「飛んで……逃げよう」
「わ、分かった!」
いつきはすぐにヴェルノを胸に抱いて空に飛び立った。恐怖で体中を震わせながら出せる全力のスピードでその場を離脱する。その様子を目にしたアスタロトはしばらく遠ざかる彼女を見ていたものの、ため息を付いて言葉をこぼした。
「舐められたもんだぜ……」
それから彼はいつきを追いかけるために同じく空を飛ぶ。彼は全く予備動作なく何のポーズも取らずにものすごいスピードで彼女との距離を縮めていく。
背後からの悪寒を感じて振り返ったいつきは、近付いてくるアスタロトの姿を確認する。かなり距離を稼いだはずなのにその距離はどんどん縮んでいく。
「追いかけてくるんだけど?」
この状況に対していつきはもうパニック寸前になっていた。自分がどれだけ本気で飛んで逃げても、彼はそれ以上の速さで接近してくる。
しかも殺意だけを向けて、静かに淡々とその距離を確実に詰めてくる。その姿を見たいつきはとんでもないプレッシャーを感じていた。
「無言で追いかけてくるんだけど!」
「仕方ないだろ!僕のレベルじゃあアイツを止める事なんて……」
パニック寸前のいつきの叫びにヴェルノは自分の力の限界を訴える。こんな緊迫した状況で痴話喧嘩なんてしている場合じゃない。彼女はこの現状を打破する方法がないか一生懸命考えていた。
どんな手を使ってでも逃げ切りたい彼女はここでひとつの方法を思いつく。
「そ、そうだ!前に夢の世界に行ったみたいに、どこか特別な世界に引きずり込むとか」
「あの時はこっちから夢の世界に入った訳で、って言うかまず入る為の夢を見ている相手がいないじゃないか」
いつきのこのアイディアをヴェルノは冷静に否定する。夢の中で夢魔と戦ったあの状況なら勝ち目もあるかも知れないと考えるまでは良かったけど、その条件が今全然揃っていないところまでは頭が回っていなかったのだ。
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