第36話 第1接触 その2
その話の流れから彼女の言いたい事を把握したいつきは誤解を解くように苦笑しながら言葉を続けた。
「まさか私が魔法少女アニメみたいな本格的な魔法を使いたがってると思ってた?そんな訳ないじゃん」
「そっか、そうだよね」
「そもそもそう思ったとしても、べるのの能力じゃそんなの無理だって」
一連の彼女の反応が自分を心配しての言動だと気付いたいつきは、彼女を心配させないようにと明るく冗談っぽく返事を返すのだった。
いつきのその返事に2人はお互いの顔を見合わせて笑い合う。その後はまた普段の会話に戻り、そうして昼休みの穏やかな時間はゆっくりと過ぎていった。
一方、いつきの家では彼女の願いを叶えるべくヴェルノが魔法ステッキ制作の為に悪戦苦闘を続けていた。
「うーん、これは難しいな……」
実を言うと魔法ステッキはほぼ完成していた。ただ、いつきの要求通りに作るとなると一番大事な機能がまだ組み込まれていなかったのだ。
そう、それは魔法放出システム。こればっかりはこちらの世界の物質では実現出来ない。
いや、研究に研究を重ねればこの世界でもこの機能を有する物質も見つかるかも知れないけれど、それをすると完成までに何年かかるか分からない、そんなレベルだった。今のヴェルノにはそこまでする時間の余裕はなかった。
何しろ最近はいつきのもう完成した?視線ビームが痛いのだ。あんまり時間をかけると段々それがエスカレートする危険があった。
それならばやはり最初から効果が判明している魔界の物を手に入れるのが手っ取り早い。問題はその入手手段だった。
「魔法石はこの世界にはないし……魔界に帰って手に入れるか……でもなあ……」
魔法を増幅させて放出されるのに必要なものが魔法石と呼ばれる魔法増幅結晶体だ。残念ながらこの石はこちらの世界にはない。
そうしてヴェルノは魔法石の入手方法について散々悩んで、悩みに悩んで、悩み抜いた挙句に考えるのをやめた。やめた瞬間にピカッと頭の中の電球が点灯する。
「あ、そうだ!」
閃きを得た彼は早速魔界通信装置を起動させる。思いついたのは魔界と連絡出来るこのツールを使って通話先の妹に頼もうと言う作戦だった。
「ローズ、リップ!どちらでもいいんだけど……」
通話に出たローズに対してヴェルノは事情を話して協力を求める。頭の回転が早く物分りのいい彼女はすぐに彼の要求を二つ返事で受け入れた。
「魔法石ですわね!分かりました!とっておきのものを用意して転送しますわ!」
「悪い、有難う。座標は……」
「今通話している通信装置の座標で宜しいのですよね?なるはやで用意してみせますわ!」
自分の言いたい事を先読みで答えるローズの言葉を聞いて安心したヴェルノは彼女に頼みを聞いてくれたお礼をする。
「ローズは頼りになるな」
「そんな!とんでもありません。大切なお兄様の頼みですもの」
敬愛する兄に感謝されてローズは顔を真赤にしながら挙動不審になっていた。彼女自身はまだまだ話したい事があったみたいだけど、ヴェルノは用事が終わった瞬間にすぐに通話を切ってしまう。
魔法石が届く前に出来る調整は全てしてしまおうと彼はまた作業に戻るのだった。
「さて、これで魔法石の準備は整った、と。次は……」
彼が微妙な調整に心血を注ぎ始めていた頃、ちょうどいつきが家に帰って来た。彼女は帰ってすぐにヴェルノが作業をしている部屋へと向かう。ヴェルノがステッキを作り始めてからと言うもの、いつきは帰宅時にはまずこの部屋に顔を出すのが日課になっていた。
彼はステッキ制作の為に普段は使っていない物置として使っている空き部屋で作業をしている。一番神経を研ぎ澄まさなければいけないその作業の最中に、いつきは今の作業状況を確認しようとひょこっと脳天気に顔を出していた。
「べーるーのー。出来た?」
「まだだよ」
この毎度行われるやり取りに彼は毎回同じ言葉を機械的に返していた。その冷めた反応に対して、言われた方の彼女もやはり毎回同じ言葉を残して部屋を後にするのが最近のお約束だった。
「そっかぁ……。うん、分かった。時間かかってるって事はいいものを作ってるって事だよね?期待してるからね!」
いつもならいつきのこの言葉には沈黙が返ってくるのだけど、今日は珍しくヴェルノからの返事が返って来た。
「期待はいいけど、出来た後で文句を言わないでよ……」
「言わない言わない」
反応に変化があったと言う事はきっとステッキが完成に近付いたのだろうと彼女は判断して、ひとり勝手に盛り上がる。
「あー、楽しみだなあ」
ちなみにこのステッキ制作、いつきの両親もとっくに公認済みだ。両親は遊びの延長と捉えているけれど、それはいつきの説明がそんな感じだったから。
ステッキの先からキレイな光が出る程度だと彼女は両親に説明していた。出来たら使わせてねって母親から急かされたりもしている。勿論魔法の力がないとステッキは発動しないので、母親が同じ事をしても何の反応もないんだけど。
それから2日後、いつきは学校の休み時間にステッキの進捗情報を雪乃から質問される。
「ヴェルノ君は何て言ってるの?」
「魔法発生装置に当たる魔法石が届けばそれを加工して埋め込んで完成だって」
「へぇ~すごいね~」
魔法ステッキが完成に近付いている事を知って彼女は感心している。いつきはヴェルノから聞いた事を包み隠さずに全て雪乃に伝えた。
「魔法石は魔界から転送してもらうんだけど、早ければ今日にも着くらしいんだ」
「ステッキが完成したら見せてね」
「見せる見せる、一番に見せるよ!」
こうして一通りステッキ談義に花が咲いて休み時間は終わりを告げる。期待に胸を膨らませたいつきの頭の中は、もうすぐ完成するステッキで何をしようかとその事で一杯になっていた。
「ああ~楽しみだなぁ」
夢見心地で学校から帰っていると、突然見慣れない男が彼女の前に立ちはだかる。最近は異常な事が起こっていなかったので、彼女はすっかり油断していた。
「おい、娘」
「えっと……、どちら様?」
その男はよく見るとどうも人間ではなさそうだった。見上げるほどに大きい巨体は2mを有に超えていそうだったし、全体的に彼は黒かった。全身黒尽くめの上に漆黒のマントまで羽織っている。更にご丁寧に頭には立派な角まで生えていた。顔は暗くて細部はよく分からない。
ただ、その眼光だけはやたら鋭くて、目の錯覚かその瞳は光っているように見えた。いつきが見上げていると彼はおもむろに自己紹介を始める。
「俺の名前はアスタロト。こちらの世界で言う悪魔だ。お前、魔女だろう?」
「ほ、本物さんですか?」
最初はよく出来たコスプレかと思っていた彼女は、彼の自己紹介をすぐには飲み込めなかった。どう見てもコスプレ以上の完成度を誇っているその姿を目にしても、すぐには信じられなかったのだ。
「お前の目に見えているものが真実だ。お前の目から俺はどう見える?」
「ど、どうみても……悪魔です」
「そう言う事だ」
アスタロトと名乗るこの悪魔は――声も悪魔っぽくて本格的だった。段々現実が理解出来始めて来たいつきは自然に体が震え始める。本能が危険を叫んでいたのだ。
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