狙われれる魔法少女

第1接触

第35話 第1接触 その1

 何でもない休日の昼下がり、いつきはピンクのパジャマ姿のまま椅子に反対に座ってくるりと振り返る。そして突然何かを思いついたようにベッドの上で本を読んでいるヴェルノに話しかけた。


「ねぇ、ステッキとかないの?」


「は?」


 突然訳の分からない事を言われた彼は何の反応も出来ずにキョトンとしている。イマイチ話が通じていないと感じた彼女は、身を乗り出して今度はもう少し具体的に説明した。


「魔法少女と言えばステッキでしょ」


「知らないよ、そんなの」


 椅子から立ち上がってずいっとヴェルノの前まで顔を近付けて力説するいつきに対し、彼はサラッとその言葉を否定した。魔法少女の世界では常識でも、実際の魔法の世界ではステッキは別に必須アイテムでも何でもないものらしい。って言うか、ヴェルノの口調からしてそう言うものは必要ないみたいだった。

 彼からのそっけない反応を受けて、それでも何とかしてもらおうといつきは手を合わせて懇願する。


「そこをなんとか!」


「何で欲しがるのさ、別にいらないでしょ」


 何でいつきがそんなに必死になるのか分からないヴェルノは頭を後ろ足でかきながら、その理由を彼女に尋ねる。この疑問に彼女は実に彼女らしい答えを返すのだった。


「魔法少女の必須アイテムなんだよ~」


「ったく、しょうがないなぁ……それっぽいものでいいんでしょ?」


 あんまりしつこく催促されたので、渋々ヴェルノは彼女の要求を受け入れる。するとすぐにいつきは彼に注文をつけた。


「それっぽいって言ってもちゃんと振ったら魔法が出なくちゃ意味ないからね」


 この言葉を聞いたヴェルノは何かが心に引っかかる。しばらく考えて、はっと気付いた彼はその事を彼女にぶつけた。


「いつきさあ、最初魔法少女になった時、変身さえ出来ればいいって言ってなかったっけ?」


「言ったよ」


「それから空さえ飛べたらいいって言ってなかったっけ?」


「言ったよ」


「じゃあ、それでもう十分じゃん」


 そう、彼女は事ある毎にヴェルノにお願いをしていた。それさえ出来ればいいからと言って。

 けれど実際はそれだけで済んではいなかった。その望みが叶うとすぐにそこから先を要求するのだ。つまりは、その言葉が信用出来ないって事。

 現時点で十分魔法少女をエンジョイしているのだから、それでいいだろうと言うのが彼の主張だった。


 この指摘が図星だったのか、ヴェルノの言葉にいつきはショックを受ける。それでもなお彼女は引き下がらなかった。


「でも……やっぱり魔法少女と言うからには魔法少女っぽいアイテムが欲しくなるでしょ?」


「いや、そこが分かんないんだけど」


「もー、分かってよ!べるののいけず!」


 一向に自分の意見に同意してくれないヴェルノに対して我慢の限界を超えたのか、いつきは彼をポカポカと叩き始める。それは決して強い打撃ではなかったものの、叩かれた側のヴェルノは顔を手で覆いながら迷惑そうに言葉を続ける。


「痛い痛い。だからそれっぽいものを何とかするって言ってるじゃないか」


「ちゃんと作ってよ?飾りなんて嫌だからね」


「別に飾りでもいいじゃないか。魔法を使う訳でもないんだし」


 どうしても魔法少女が使うようなステッキを望むいつきに対して、ヴェルノはそこまでこだわる理由が分からない。大事な事が伝わっていないと感じた彼女は、ヴェルノに念を押すようにそうしなければいけない理由を真面目な顔で力説する。


「いやいや、飾りだとただの玩具じゃん。そんなの痛いコスプレだよ。私は本物が欲しいんだってば」


 その力説を聞いたヴェルノは仕方ないと言う顔をしてはぁとため息をつく。それから理想通りのものを期待しないようにと、彼女に自分の限界を伝えた。


「魔法が放出されるステッキ、言っとくけど僕の魔法レベルのものしか出来ないからね!」


「そこは……そんな贅沢は言わないよ。ステッキを振って何かが出来ればそれでいいから」


 流石にいつきもヴェルノにそこまで無茶を押し付ける気はないようだ。この彼女の答えを聞いたヴェルノは、一旦返事を飲み込んで……早速このリクエストに答える為に構想を練り始める。


「じゃあ……今から設計を含めて考えるから出来るまで待っててよ」


「作ってくれるの?やった!」


 リクエストが受理されたいつきはすぐに表情が明るくなる。そんなキラキラ笑顔の彼女を目にして、変に期待されてはかなわないとヴェルノは考えた。それで何か言われてしまう前に牽制として、うまくいかない事を前提に考えて欲しい旨を彼女に伝える。


「まず構想から、0から作るんだからね。そんな簡単に出来ると思わないでよ!」


「分かってるって!べるの先生!」


 いつきの彼への呼び方が呼び捨てから先生に変わる。その反応だけで、ヴェルノはぞわっと背筋が凍るような感覚を覚えたのだった。


「先生……いいよ別にそう言う扱いしなくても。いつも通りで」


「いいのお願いしますよ、先生」


「……」


 これは何を言っても無駄だなと悟った彼も、もうそれ以上その事を追求はしなかった。以前に魔界化装置を作ったように実はヴェルノはこう言った工作をするのが結構好きなのだ。

 そんな性分もあって、渋々引き受けた割には段々彼も乗り気になっていた。一度集中を始めると周りの何も目に入らないみたいで、それからのヴェルノは一心不乱に考え事と実験を繰り返している。


 地元魔界化装置の制作の時にその様子を学習していたいつきは、創作に耽る彼の邪魔をする事はなかった。それどころかただの自分の軽い思いつきの為に、ここまで真剣に頑張ってくれるヴェルノを頼もしくすら思っていたのだった。


 ヴェルノがステッキ制作に取り組んで一週間後、昼休みの時間に雪乃と他愛もない会話をしていたいつきは話の流れでその事を話題に上げる。


「それで、ステッキ作ってもらってるんだ?」


「ますます本物の魔法少女みたいでしょ」


 ステッキ制作の事を雪乃に得意気に話すいつき。その事実を知った彼女はいつきに根本的な質問をする。


「いつきはどこに向かってるの?」


「どこって……?うーん、どこだろ?ただね、色々出来るようになると段々物足りなくなるの」


「それは分からなくもないけど……」


 雪乃との問答が何か深い哲学的な話になりそうな気がしたいつきは、話をそう言うレベルにしない為に敢えて馬鹿っぽく返事を返す。その返事に意味ありげな答えを返した雪乃に対し、今度は逆にいつきから質問を返した。


「何か気になる事でもあるの?」


「あのさ、世界はバランスで出来ているって説知ってる?いつきが力を求めれば同じくらいの出来事もやがて起こるかも……」


 雪乃の心配はいつきが力を求めた時に起こるであろう、その反動に対してのものだった。その言葉を聞いたいつきは思わず頭の中でそう言う状況を思い浮かべる。


「それって、また何か厄介事が起こるって事?それはヤだなあ……」


「いつきはそのステッキでどんな事がしたいの?」


「そう言うのは全然考えてないよ?ただ魔法が使えるステッキが欲しいなーって思っただけ」


「じゃあ、大丈夫かな」


 会話を続けていつきの目的が他愛もないものだと分かった雪乃は、自分が考え過ぎている事を実感する。

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