第38話 第1接触 その4

 折角の作戦を潰された彼女はヴェルノに訴える。


「だから、そんな感じで別の世界に逃げ込むとか、そう言うの出来ないの?」


「出来たらこんな物理的に逃げてないよ!」


 いつきの質問に対し、ヴェルノは当然過ぎる答えを少しヤケ気味に叫んでいた。確かに何か手があるなら、それをとっくに実行しているだろう。この訴えに一応は納得した彼女だったけど、すぐに別の疑問が頭に浮かんでそれを質問する。


「どうして?だってべるのは魔界からこの世界に来たんでしょ?」


「何?魔界に行こうって言うの?」


「別に魔界じゃなくても、この状況がどうにか出来るならどこでもいいよ!」


 いつきはもうなりふりかまっていられなかった。今こうして激論を交わしている間にもアスタロトはずんずんと近付いて来ているのだ。この状況から逃れられるなら、もうどんな方法でもいいからそれを実行したかった。

 しかし焦っているのはヴェルノだって同じだった。彼だってこの状況を何とかしたいと本気で思っている。それでも――。


「そうは言うけど、何も思い浮かばないんだよ!」


 答えを求めるいつきにヴェルノが叫ぶ。最早2人に残されているの方法は必死になって逃げる、ただそれだけだった。

 いつきのアイディアで出た魔界に行く方法は次元の裂け目を通って行くしかなく、どこでも自由に行ける訳ではない。だから実際、有効な方法ではなかった。


 そんな2人の前方に突然アスタロトが現れる。いつの間にか彼は2人を追い越し、当然のように2人の前に立ちはだかった。


「お前ら!」


「うわあああっ!」


 この待ち伏せに2人は声を揃えて大声を上げる。追いつかれた以上、もう逃げられないと悟ったいつきの体はガタガタと震えが止まらない。

 胸に抱かれたままのヴェルノも、大声で叫んだ以降はアスタロトに掛ける言葉を見失っていた。


「そんなに異世界に行きたいなら俺が連れて行ってやる」


 2人の会話を聞いていたのか震える彼女にアスタロトは声をかける。この呼びかけにいつきはただ呆然とするばかりだった。


「えっと……え?」


 全く要領を得ないまま、彼女は何も出来ないでいた。興奮状態だったので疲れは感じていなかったものの、何をしても彼には敵わないという思いが体を動かす事を拒否していた。


 アスタロトは腕を組んだまま空中で停止し、徐々に周りの空間を謎の力で侵食していく。どうやらそれが彼の言う異世界なのだろう。気がつくといつきは何も抵抗出来ないまま、その異世界に取り込まれていった。


「キャアアアッ!」


「多少の頭痛は覚悟するんだな」


 一瞬強烈な頭痛が襲って来た彼女は痛みに耐えられずにギュッとまぶたを閉じる。しばらくして痛みが治まってまぶたを上げると、そこはアスタロトの作り出した異世界の中だった。

 いつき達は彼の作った世界の中に閉じ込められたのだ。その異世界の中はとても静かで周りの空間も不思議な色合いをしている。


 そこはアスタロトといつき達以外に物質的なものは何も見当たらない。取り込まれたいつきは改めてこの空間を作り出した悪魔に質問を投げかける。


「あの……アスタロト……さん、でしたっけ?何で私達をこんな?」


「俺は魔女が嫌いなんだ。魔界でもないのに魔法を使って、不愉快……実に不愉快だ!」


「えっと……。意味が分かりません」


 アスタロトはさっきとは全く別な事を言い始める。この返事にいつきは混乱した。魔女が襲ってくるから魔女狩りを始めたって言ってたのに。最初の理屈ならアスタロトに敵意のない彼女は彼の狩りの対象ではない。


 しかし次に言い始めた理屈なら、魔女そのものを強く否定する彼の目にはいつきもまたその憎悪の対象になっているのは間違いなかった。アスタロトは更に言葉を続ける。


「こっちの世界に魔法は不要!よって魔女も不要!魔法は魔界だけのものだ!」


「だから魔女を?」


「そうだ、魔女の魔法は全て俺がいただく……。それで得た力で俺は復讐を果たす!」


 アスタロトのこの行動は私怨から来ている――それはこの言動からも明らかだった。そこで彼女はその方向から彼を説得出来ないか対話を試みる。

 もう逃げる事は叶わない、ならば積極的に関わってそこからどうにか隙を見つけるしかないといつきは腹をくくった。


「追い出された……んでしたっけ?魔界に復讐を?」


「そうだ!ヴェルノ!お前の両親もな!」


「くっ!」


 アスタロトの恨みのこもった叫びにヴェルノが反応する。傷ついた彼はしかし彼に対して何もする事が出来なかった。


「べるの、魔女の魔法ってアイツに奪えるものなの?」


 いつきはいつきでアスタロトの放った別の言葉が胸に引っかかっていた。魔法を奪って自分のものにするとか、そんな事が可能なのかと――。

 この質問にヴェルノは冷静に淡々と答える。


「ああ、魔力の発生源は魔法器官……こっちの世界の生き物にもそれ自体は備わっている。その器官を覚醒させ力を使えるようになった女性が魔女……。この魔法器官は霊的器官なんだ。詳しい説明は省くけど、やつはそれを奪う事が出来る」


 ヴェルノの語る話はいつきには理解の難しいものだった。だから理解を深めるのではなく結果だけを頭に刻みつける。

 それはアスタロトは魔法を奪う事が可能だと言う事。次に彼女はそれに自分が当てはまるのか聞く事にした。


「私にもあるのかな?」


「あるよ?でも覚醒はしていない。この次元での覚醒は難しいんだ。だから僕の魔法領域を使って擬似的に魔法が使えるようにしてる。だからアスタロトが僕らを狙うのは本来おかしいんだ」


「どう言う事?」


「簡単に言えばアスタロトがいつきから魔法を奪うなんて出来っこないって事。だからこれは……」


 ヴェルノの言葉は難しかったけど、アスタロトの行動がおかしいと言う事だけは何とかいつきも理解する。そしてそのおかしい行動をする理由を彼は彼なりに推測出来ているようだった。その言葉の続きを知りたくていつきは前のめり気味に催促する。


「何?」


「ただの逆恨みだよ。もしかしたら暴れる理由が欲しいだけなのかも」


 この逆恨みをしていると言うヴェルノの説を聞いたいつきは実に悪魔っぽい感情だと感じ思わず納得する。そしてそんな理由で攻撃されるなんてやっぱり納得がいかないと思っていた。

 その時、さっきアスタロトが言っていた言葉を思い出したいつきはついそれをつぶやく。


「でも、べるのの一族もアイツをいじめてたって……」


「うん、きっとそれもある」


 ヴェルノ自身、その件についてもちゃんと自覚をしているようだった。そんな会話をしている中でアスタロトの怒りは頂点に達していた。


「覚悟しろよ、この魔法生物!」


 彼はそう言うと強力な魔法ビームをいつきに向けて放って来た。その攻撃にいつきは耐えられないと考えたヴェルノは、自分の身を投げ出してガードする。


「くううううっ!」


 アスタロトの強力な魔法攻撃を受けながら、ヴェルノは苦痛に顔を歪ませる。今は何とか耐えているけれど、この状態はきっとそんなに長くは続かないだろう。

 この状況を何とかしたいと思ったいつきは彼に質問した。


「ねえ、このアスタロトが作った異空間って魔法の力が強く使えたりする?」

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