第34話 魔界通信 その4

「何ずっと固まってんのよ。話したい相手がいるんでしょ?」


「うひゃっ!覗かないでって言ったよね!」


 突然いつきに声をかけられたヴェルノは飛び上がって驚いた。その様子を眺めていた彼女は彼の抗義に対して呆れながら自分の行為の説明をする。


「あんたがずうっと迷ってるからでしょ?もうアレから1時間経ってるのよ?そろそろ晩御飯の時間になるんだけど……」


「わ、分かってるよ……」


「先にご飯食べてるからね!」


 ヴェルノの返事を聞いたいつきはすぐに部屋のドアを閉めて台所へと向かう。有言実行で先に夕食を食べるようだ。彼だって本当は暖かい夕食が食べたい。

 けれど今はそれを後回しにしてでもやらなくてはいけない事があった。中々うまく事が運ばない事に対して、ヴェルノは自分に対してやり場のない憤りを感じていた。


「あーもう、調子狂っちゃうなあ……」


 散々葛藤して、やっと決心がついたヴェルノはついに装置に触れる。追い詰められてもうやけくそになっていた。


「よし、行くぞ!」


 魔界側の装置の前では、彼の妹達がずーっと兄からの連絡を待っていた。連絡があればすぐに呼び出し魔法が発動するのが分かっていながらも、装置の前から一時も離れられずにいたのだ。姉妹がもう今日はいくら待っても連絡は来ないのかも知れないと半ば諦めかけた頃、そんな彼女達の忍耐がやっと報わる事になった。

 そう、ついに装置が人間界からのエネルギーを受信したのだ。


「あっ!来たっ!」


「うおっ!ローズ、リップ!お前達か!」


 装置を起動させていきなり現れた妹達の映像を目にしてヴェルノは驚いた。それは彼が3ヶ月ぶりに見る懐かしい顔。食い気味に顔を寄せてくる妹達に彼は少し昔の事を思い出して苦笑した。


「兄様、お久しぶりです!お元気そうで何より!私達もほらこの通り、元気ですわ!」


「おお……そうみたいだな。元気そうで何よりだよ。って言うか、あのさ、ずっと家空けててゴメンな……」


 妹達の健気に元気そうに見せている姿を見てヴェルノは家出してしまった事を謝った。この言葉に対して兄思いのローズは彼の行動を肯定する。


「兄様は兄様の意思で家を出られたのでしょう?だったらどうか胸を張っていてください!」


「あ、ああ……お前達は相変わらずだな」


 妹達の強いブラコンっぷりは以前からそうだったようだ。彼女の強い口調にヴェルノはちょっと引いていた。


「私達は兄様を信じていますもの!ああ、今日この時、兄様と話せてローズは本当に嬉しく思います」


 久しぶりに兄と話せてご満悦の妹達とは対象的に、彼は今回のこの行動の真意を探る。何故ならこうなった経緯があまりにも不可解だったからだ。


「で、これは……父様が動いたのか?」


「はい、私がお願いしました。あの、ご迷惑でしたか?」


 兄の言葉を受け、ローズはあっさりと白状した。彼の顔色をうかがう彼女の顔を見てヴェルノはすぐに態度を軟化させる。


「そんな、そんな事はないよ。心配してくれて有難う。この通り、兄は元気だ。安心してくれ」


「これからはいつでもこうして話せますね」


「ああ、そうだな」


 今後はこの通信装置を使って妹達と会話が出来る。多分ヴェルノ側から発信する事は殆ど無いだろう。そうしてブラコンの妹達がこれからは頻繁に連絡してくる――そんな未来を彼は容易に想像出来ていた。


「べるのー!ご飯冷めちゃうよー!」


「分かってるって!」


 妹達との会話が始まってしばらくしていつきが彼を呼ぶ声が聞こえて来た。その声が装置を通じて妹達にも届く。すぐにそれは話題になった。


「あの声の方は?」


「ああ、この世界でお世話になってるんだ」


 この兄の言葉に色々察したローズはもっと話したい自分の思いを制してヴェルノの事情を優先する事にする。


「じゃあ迷惑をかけてもいけませんわね。今日はこの辺で」


「ああ、昼間は結構暇だからその時にでもちゃんと話そう」


「分かりましたわ。ではごきげんよう」


 そう言って通信が切れると空中に浮かんだ映像も消える。ヴェルノはこれから昼間は少しだけ退屈せずに済みそうだとひとり笑みを浮かべていた。

 それからヴェルノは夕食を食べに台所へと向かう。その行動に通話が終わった事を確認したいつきは自分の部屋に戻ったのだった。


「で?恋人との会話は楽しかった?」


「だからそんなんじゃないってば!」


 ヴェルノが夕食を終えて部屋に戻ると、既にそこにいたいつきに彼はからかわれてしまう。そうなる事は想定済みだったので、ヴェルノは巧みに彼女の言葉の追撃をかわしながら何とか通話相手の詳細を誤魔化していた。

 それは少しでも具体的な言葉を言えばそこからどんどん追求されるのを恐れての事だった。いつきの純粋な好奇心はヴェルノが対応に疲れ切って逆ギレするまで続いた。



「うむ、やはりこの街には魔力が満ちているか……まずはこの魔力の正体を確かめねばな……」


 その頃、またしても彼女の住む街に怪しげな影が近付いていた。その影もまたいつき達の魔力に惹かれたようだ。闇にすっかり溶け込んだその姿はまさに闇の住人と言う言葉がピッタリと似合っている。その影の放つオーラは尋常じゃない深さの闇を抱えていた。


 果たして、この闇といつき達はどう関わってくるのだろうか?今はまだ静かな夜が全てを覆い隠し、まるで何もないかのように振る舞っていた。

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