第33話 魔界通信 その3
そんな彼がまたすぐに自分に会いに来るなんて、しかも用事を頼んでくるなんて……師匠に頼られていると感じた清音の心はとても舞い上がっていた。
「用事があればそっちを優先して構わない。ただ、渡した後は報告を頼む」
「はい、お任せください!」
敬愛する師匠に頼み事をされた彼女はドンと胸を叩いて彼の期待に応えようと張り切っていた。マルコが部屋を出た後、すぐに清音は仕事を切り上げていつきの住む街へと向かう。
既に彼女の家を知っている為、直接家に乗り込んでも良かったものの、警戒されるのを恐れた清音はいつき経由でマルコから渡された物を渡す事にした。
「うーん、今日も無事終わったー!」
放課後、学校行事から開放されたいつきは背伸びをしながら完全脱力モードで家路の風景を楽しんでいた。流れる雲も、放課後の町並みも、ゆっくりと過ぎていく時間も、彼女にとっては全てが素敵な景色だった。
そんな至福のひとときを楽しんでいるいつきの前に、嫌な記憶と共に見覚えのあるシルエットが歩く早さで視界に入って来る。
「待ってたわよ!」
「うわっ!」
清音に待ち伏せされたいつきは、この予想外の出来事に声を出して驚いた。そうしてすぐに彼女の頭の中でこの間の出来事がフラッシュバックする。
いつきは警戒しながらこの招かれざる客と対峙していた。この彼女の態度に清音は不満そうに声を上げる。
「何よ、ご挨拶ねえ。何もそこまで驚く事もないでしょう?」
「き、今日は何?」
「あなたに、いえ、ヴェルノ様にプレゼントがあるの」
清音はそう言っていつきに袋に入ったブツを手渡そうとする。この突然の行為に対して彼女は当然のように訝しんだ。
「また何か企んでるんじゃないでしょうね?」
「今更そんな事する訳ないじゃないの!」
「まだあなたの事、あんまり信用出来ないんだよね」
中々話を受け入れない彼女に対して、清音は強引にそのブツを押し付ける。
「はい!とにかく、渡したからね!」
「あ……うん」
押し付けられて仕方なくいつきはそれを受け取った。師匠に任された仕事を完遂した清音は満足顔になる。
「それじゃあ私は戻るから!いつでも遊びに来なさいよね!」
彼女が受け取ったのを確認した清音はそう言って踵を返して立ち去って行く。本当に用事はこれだけだったようだ。
「で、これって何……」
彼女が何も説明せずに帰ったので取り残されたいつきは呆然としてしまう。
だがこれは仕方のない話でもあった。説明を求められても答えられはしないのだから。何故なら清音自身、師匠から必要最低限の事しか聞かされていないのだ。
結局そのブツを手にしたまま、いつきは家に帰って来た。いつもの調子で出迎えに来たヴェルノに彼女は事情を話す。
「だからって何で素直に持って帰って来ちゃうかなあ」
「だって私宛じゃないもん。開けてみたら?」
「爆弾とかだったら恨むからね」
ヴェルノは清音からいつきに渡されたこの怪しげなブツを文句を言いながらも受け取る。そこが彼のいいところでもあった。怪しむ彼にいつきは気休めの言葉をかける。
「あの人はべるのを神様みたいに思っていたし、まさかそんなものは入っていないでしょ」
「うーん、確かに……」
いつきの言葉に納得したヴェルノは警戒しつつ、恐る恐るその包みを開けてみる。ガサガサと言う音が部屋に響き、やがてその中から見た事のない機械のようなものが現れた。いつきはその機械を見てヴェルノに質問する。
「え?それ何?」
「これ……魔界通信装置だ。これで次元を超えて魔界と通信が出来るんだよ。でも何でこんなものを……」
ヴェルノはいつきにこのブツの正体を説明する。彼が知っていると言う事はこの装置自体が魔界由来の物だと言う事なのだろう。ただし、何故そんな物を清音が渡して来たのか、その事に関してさっぱり見当がつかないままだった。
「え?兄様と通信が?」
「ああ、うまく折り合いがついてな……」
その頃、魔界のヴェルノの生家では父親が娘達に説明をしていた。父の話を聞いた双子の娘達は顔を期待で輝かせる。双子の姉のローズは明るい口調で父親に兄の安否の確認をした。
「じゃあ、兄様は元気なのですね?」
「話によればそうらしい。って言うか、そんな噂めいたものより実際に本人から聞く方が良くないか?」
彼女の質問に対し、父親は不確実な事より確実な情報を知る方が大事だと諭す。この言葉にローズも納得した。
「そ、そうですわね!リップ!お兄様と話が出来るわよ!」
「本当!やったあ!」
ローズに促されて双子の妹のリップも喜んでいた。喜び合う娘達を見て父親も自然と顔が笑顔になる。そうしてすぐに装置の事について話を始めた。
「使い方は、分かるな?」
「あ、でもこれ……」
「ああそうだ、まだ繋がってはいない。向こうからの発信がなければな」
そう、魔界通信装置は電話のようなもの。相手のアドレスが分からなければ通話は出来ない。魔界側はアドレスがハッキリしているけれど、ヴェルノ側はどんな装置を使っているか分からない。だから彼からの発信がなければ通話は叶わないのだ。
「果たして兄様は連絡をくださるでしょうか?」
「ヴェルノを信じるんだ。きっとお前たちが恋しくて声を聞きたくなるさ」
父親はそう言って娘達を励ましていた。根拠のない慰めではあったけれど。
いつきの部屋では彼女がヴェルノに装置について興味津々で質問していた。
「で?どうやって使うのこれ?こっちの電話みたいなもの?」
「まあ、そんな感じ」
「じゃあ使ってみようよ。向こうに話したい人とかもいるでしょ?友達とか」
装置を使うのに消極的なヴェルノに対して、いつきは積極的に彼に装置を使う事を勧める。
しかしその彼女の言葉を彼は遮った。それはいつきがどこかいやらしい目つきでヴェルノを見ていたからと言うのもあった。
「いつきの前で話すのはちょっと……」
「じゃあ私のいない所で使えばいいよ。安心して、詮索とかしないからさ」
その様子から察するに、人目につく所で自分の身内と話すのを恥ずかしく感じているのだろう。魔界生物もやっぱり人(?)の子のようだ。
そんな彼の心情を察したいつきは、その思いを尊重する事にする。彼女の気遣いを有難く思ったヴェルノは折角だからと装置を使う決意を固めた。
「うーん、そう言うなら……絶対聞き耳とか立てないでよ!」
「分かった分かった。人のプライベートには立ち入らないから、マジで」
自分が信用されてないと感じて苦笑いになりながらいつきは部屋を出ていった。それから彼女はしばらくリビングで過ごす事に決めたようだ。テレビを付けて好みの番組を探している。
するとちょうど面白いドラマが目についたのですぐにそれに釘付けになっていた。
「さてと、でもどうすりゃいんだ?」
気を使われて1匹になったヴェルノは装置の前でしばらく固まってしまう。いざとなったらやっぱり緊張してしまい、装置を使うのに躊躇してしまっていた。
装置の作動ボタンを押しかけてやっぱりやめてをずっと繰り返す。その葛藤は彼の中で時間の感覚もなくしてしまう程だった。
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