第18話 まさかの忍者 その4
「べるの、喋っていいの?」
「いつきが変身した後ならいいんだよ。それにもう空飛んでるじゃん」
ヴェルノが言いたかったのは、空を飛んでしまえば目撃者もいない事だし、喋ったってバレないだろうって言う事のようだった。いつまでも抱きかかえられているのが恥ずかしかったのか、彼はいつきの胸から飛び出して自力で飛び始めた。
よく見るとさっきまで彼を抱いていたいつきの服の胸の部分が黒く煤けている。それに気付いた彼女は手でその煤の付いた部分を払った。いつきの服は魔法成分で具現化していたのでこの程度の汚れはそれだけの簡単な行為で綺麗になっていた。
一方、空を飛んで逃げられた男の方はと言うと飛んで行く2人を眺めながら為す術もなく立ち尽くしていた。色んな才能を持っているこの男ではあったけれど、流石に空を飛ぶ能力は持ち合わせていない。なので悔しくてつい大声で叫ぶのだった。
「くそっ!あんなに高く飛ばれては手が出せないべ!」
爆弾攻撃が空を飛ぶ事で回避出来た2人は念の為にしばらく空を飛んで逃げる事にした。空を飛んでいる間は間違いなく攻撃が飛んで来る事はない。とりあえずの脅威は去ったと言う事で、2人はようやく少し安心したのだった。
「逃げられたかな?」
「もう攻撃が届かないから、多分」
街の上空を飛びながら2人はお互いにお互いの安全を確認し合った。場が落ち着いたところで改めてあの状況について2人は考えを巡らせた。
いつきは狙われる理由が分からない。ヴェルノもまた狙われる理由が分からない。無意識の内に謎の組織の秘密でも暴いてしまったのだろうか?
考えても答えの出ない問題に、彼女はパニックになって思わず叫んでしまった。
「でも何で狙われるのよー!私、普通に散歩したかっただけなんだからー!」
思っている事を思いっきり吐き出した彼女はこの問題をこれ以上考えないようにした。どうせどれだけ考えたって答えなんて出ないだろうから。
それならば初めて見る昼間の上空の街の景色を楽しむ方がいいと眼下の景色を興味深く眺め始めた。
「でも、空から見るこの街の風景も素敵。折角だからこのまま空の散歩を楽しんで帰ろう」
「え?いつも空飛んで見慣れてるんじゃないの?」
このいつきの言葉にヴェルノが反応する。彼はいつきが今までもさんざん空を飛んでいた事から、今更街の景色を珍しがるとは思っていなかったようだ。
この反応にいつきは自分の出した言葉の意味を説明する。
「普段は夜に飛んでいたから夜景しか知らないのよ」
「ふーん」
ヴェルノは空からの景色にさほど興味はなかったので、この興奮しながら話すいつきの言葉を軽く受け流していた。そんな彼の態度に寂しいものを感じながらも、彼女はそこにツッコミのようなものはいれなかった。それから呟くように言葉を続ける。
「でもね、この街の夜景も結構いいんだよ……」
2人はそれから結構長く空を散歩を楽しんで、空が赤く染まり始めた頃、誰もいない場所を選んで地上に降りて来た。ただ、また突然どこからか爆弾が飛んで来る可能性もあったので、そうなった時のために敢えて変身は解かずに魔法少女姿のままで歩いて家まで帰る事にした。
用心していたせいか家に戻るまで爆弾はどこからも飛んで来る事はなく、気が緩んだいつきは家が見えてきたところでヴェルノに声をかける。
「すっかり楽しんじゃったねー」
「待ちくたびれたべ!」
「うわっ!」
いつきの家の前に見知らぬ誰かが立っている。夕焼けのせいで逆光になった彼の姿を見て驚いた彼女は思わず大声で叫んでしまった。この叫び声を聞いても男は全く動じる事なく躊躇なくいつきに話しかけて来る。
「隠れて観察しても大事な事はさっぱり分からねっから、顔を出したべ」
「まさかあなたがさっきの攻撃を?」
目がようやく慣れてきたいつきがよく見ると、そこには見た目20代くらいの爽やか好青年が立っていた。髪は短くまとめられチャラい要素はない。
ただ、見た目が少しおかしかった。コスプレなのか分からないけど忍者装束だったのだ。彼はオレンジ色の忍者装束を着ている。それはとても趣味で楽しんでいると言った簡単なものではなかった。
そんなコスプレ青年はいつきを前にして突然深々と頭を下げる。
「いきなり攻撃して悪かったと思ってる。けど、おらにも使命があるんだべ!」
この態度から、いつきは昼間の散歩中の自分達を襲ったのがこの青年だと理解した。いきなり謝られてもちょっと困ってしまう訳で、彼女はとりあえずこの忍者に名前を聞く事にした。
「ところであなたは……誰?」
いつきに名前を聞かれた彼は話す順番が間違ったと、慌てて自己紹介をする。
「これは失礼した!そう言えばまだ名乗ってなかったべ!おらは田村ヨウ、見ての通りの忍者だ!」
「コスプレじゃないの?本物の忍者?」
名前が分かったところで次に気になったのはやっぱりその服装についてだった。本人は忍者って言っているけれど、その役を演じているのかそれとも本物の忍者なのかは見た目では分からない。最近のコスプレは結構凝っているからね、仕方ないね。
「おらは本物だべ!そこら辺の格好だけのコスプレと一緒にするでね!」
彼女に追求されて、ヨウは胸を張ってきっぱりと自分の仕事を言い切った。それは忍者と言う仕事に対する彼の自信と誇りの表れでもあった。
「その忍者が何故私を?」
その気迫に押されていつきはとりあえず彼の主張を認める事にした。で、次に彼女はあの昼間の行為について質問する。忍者に襲われる理由をいつきは何ひとつ持っていないと自負していた。
そんな鼻息の荒い彼女の質問を受けて、ヨウは一旦深呼吸をしてから口を開く。
「おめぇに妖怪変化の疑いがあったから改めさせてもらってたんだべ」
「私は見ての通りの魔法少女よ!妖怪とか失礼しちゃう!」
そう、いつきは妖怪と勘違いされていたのだ。とんでもないものと勘違いされて彼女は憤慨した。その怒っている様子をヴェルノはただじいっと眺めていた。彼は会話が一段落するまでは沈黙を守ろうとこの2人のやり取りを大人しく聞いていたのだ。
魔法少女と言うものがよく分かっていないヨウは素直に思っている事を口にする。
「魔法少女って言うのは妖怪の仲間とかとは違うべか?」
「全然違う!」
このヨウの反応にいつきの怒りはさらにヒートアップする。ただし、悪意とかは感じられなかったので彼がただ何も知らないだけと言うのは理解していた。本当に魔法少女を馬鹿にした態度をとっていたら、彼女はここで怒って彼を無視してそのまま家に入っていたに違いない。
ヨウは何故いつきが気を悪くしているのか分からず、彼女を妖怪だと思ったその理由の説明をした。
「でも妖怪を連れておるではないか」
「僕は妖怪とか言うヤツじゃない!魔法生物だ!」
ヴェルノはいきなり自分の事を話に振られて、しかも妖怪扱いされたのもあってキレてしまった。この怒った様子を見てもヨウは全く悪びれもせず、きょとんとした顔でいつきに話を振った。
「喋っとるぞ?妖怪以外にしゃべる獣がおるのか?」
「べるのは魔界から来たの。この世界の生き物じゃないのよ!」
ヨウの質問にいつきはヴェルノの説明をする。
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