第17話 まさかの忍者 その3

(田舎とは失礼だな!文化の発展方法が違うだけだよ!)


 自然が豊かな事を短絡的に田舎だと認識するいつきにヴェルノは反論した。家出して来たとは言え、自分の故郷を馬鹿にされるのは気持ちのいいものではないようだ。この彼の反応に気を悪くさせてしまったと感じたいつきはすぐに自分の言葉を訂正した。


「はいはい、そう言う事にしときま~す」


(まったく、ああ言えばこう言うんだから……)


 訂正はしたものの、ハッキリとした謝罪の言葉ではなかったため、ヴェルノは呆れてしまった。

 ただ、実際の魔界を知らない彼女には何を話しても仕方がないと彼は強く言い返す事はしなかった。


 そうして2人が楽しく話しながら散歩をしていると段々と空が曇って来た。さっきまですごく晴れていた空がまるで嘘のように。この異変に2人共すぐに気付いて話のネタにする。最初に話しかけたのはいつきの方だった。


「あれ?何だか雲行きが怪しくなって来たよ」


(いつき、これは何かおかしい!)


「え?何?」


 いつきはこの天候の変化を自然の成り行きだろうと感じていたけど、ヴェルノは別の何かを感じ取っていた。魔界生物の彼は不思議な力の流れを感じる感覚がこの世界の生き物より特に鋭敏だ。自分の感じた予感をヴェルノは真面目な心の声でいつきに伝える。


(気をつけた方がいい、誰かに狙われてるみたいだ!)


 このヴェルノの声を聞いて、いつきは空を見上げて何か違和感を感じないか自分の感覚を総動員してみる。

 しかし流れる雲はどう見ても自然な感じがしたし、吹いてくる風も不自然さは全く感じ取れなかった。

 魔法少女になれる体質になったとは言え、いつきの感覚はまだ普通の人間のそれとさほど変わらない。だからヴェルノのこの忠告も余り深く信じる事は出来なかった。

 この天候が自然だとしても彼がそう言うのだから誰かに狙われているのは確かかも知れないと思ったいつきは、周りをキョロキョロと見回すものの、当然のようにその気配は全く感じ取れなかった。


「誰もいないよー!気のせいだよ!」


 ヴェルノの言葉より自分の感覚を優先した彼女は彼にそう返事を返した。

 しかしヴェルノは彼女の言葉を受けてもずっと周りを警戒している。その様子を見ていつきはこの魔法生物を心配症だなあと思うばかりだった。


「行くぞ!爆裂玉!」


 けれど、ヴェルノの言葉の方が正しかった。どこからともなくいつきに向かって何かが投げられて来たのだ。それを投げたのは勿論彼女を監視していたあの男だった。

 彼はいつき達が散歩で人気のない場所に差し掛かって来たところを見計らって行動を開始したのだ。

 男の投げた玉はいつきの側に落ちて爆発した。威力こそ大したものでなかったものの、煙と音が大きくて、それは威力を勘違いさせるのに十分なものがあった。


「うわっ!何っ!」


(変身して!飛んで逃げよう!)


 自分の近くに爆弾が飛んで来たと思ったヴェルノは、身の危険を感じていつきに飛んで逃げるように提案する。この状況だとそれは一番適切な行動だと彼は判断したのだ。

 けれどその言葉に返って来たいつきの返事はヴェルノを落胆させる。


「こんな街中で変身とか、ヤダ!」


(そんな事言ってる場合じゃないよ!)


 いつきは真っ昼間から変身するのを嫌がった。今まで彼女は外では夜にしか変身した事はない。そう言う事もあって、明るい中で外で変身するのを嫌がるのも仕方のない話かも知れなかった。

 けれど謎の男からの爆裂玉の攻撃は続いている。ここでじっとしているのが危険な事には変わりなかった。


「うわっ!まただ!」


(飛ばないなら、せめて走って逃げなきゃ!)


 流石にどこからともなく飛んで来る爆弾が何度も自分の近くに落ちて来たら、いつきだって普通に恐怖を感じる訳で……。ヴェルノの言葉を聞く前にもう彼女は一目散に走り出していた。一瞬置いてきぼりにされた彼も急いで彼女に追いつこうと走り出す。


「ひーん!どうなってるのこれー!」


 必死に逃げる2人に対し、男は容赦なく爆裂玉を投げ続ける。いくら気配を消していたとしても冷静になれば、その投げる軌道を辿って彼の位置を確認する事が出来るだろう。

 けれど必死になって逃げる2人にそんな事を考える余裕は全くなかった。2人に恐怖を味合わせればきっと尻尾を出すはずと男の攻撃は激しさを更に増していった。


「逃がさんぞっ!早く正体を表わせっ!」


 まるで特撮のヒーローモノのように爆発の続く中、直撃されないように必死に走るいつきはこの状況に対し違和感を覚えていた。早速それをヴェルノに相談する。


「べるの、これって」


(狙われてるんだよ!思い当たる事は何もないのッ?)


 明らかに敵の狙いはいつきだった。それは放り投げられてくる爆弾がみんな彼女を狙っている事でも明らかだ。

 しかし当然のようにいつきには思い当たるフシなんて全くなかった。なので大声でヴェルノに反論する。


「ある訳ないでしょ!」


(ならなんで……うわっ!)


「べるのっ!」


 次々と投げられていた爆弾の爆発のひとつにヴェルノは巻き込まれてしまう。爆裂玉はこけおどし爆弾なので実際の威力はその見た目ほどではない。

 けれど爆風に巻きこまれてヴェルノは真っ黒になっていた。

 爆裂玉を投げていた男は、2人があまりにも普通にただ走って逃げるだけだったので、流石に自分の考えが間違いなのではないかと悩み始めた。


「ここまで追い詰めても尻尾を出さんとは……もしや見当違いだべか?」


 ヴェルノが被害を受けた事でいつきは覚悟を決めた。昼間から変身しないなんてそんな甘い考えだから結果的に彼を傷つけてしまったと反省したのだ。幸いヴェルノは見た目が黒くなっただけで特に大きな怪我をしているようには見えなかった。

 けれど今度もしあの爆弾が直撃したら……そう考えると彼女はさっきから自分を狙う敵と向き合おうと覚悟を決めた。逃げの姿勢から一転したいつきは爆弾を投げてくる方向に振り返って大声で宣言する。


「何だか分からないけど、ここまでされたら私にも考えがあるよ!見えない敵さん!」


 今まで逃げるばかりだった彼女が自分のいる方向に振り返った為、男は一瞬たじろいだ。その真剣な顔は何かをなす覚悟をした顔だった。

 彼は爆裂玉を投げるのを止め、事の経緯を静かに見守った。すると彼女はゆっくり息を吸い込んだかと思うと突然大声で叫んだ。


「へんしーん!」


 ついにいつきは魔法少女に変身する。ヴェルノの言葉を受け入れたのだ。この様子を見た男は興奮して思わずつぶやいていた。


「むむっ!やはり妖術の類いかっ!」


 ただし、いつきからは見えない場所でつぶやいていたので勿論この声が彼女に聞かれる事はない。

 変身したいつきは黒焦げのヴェルノを小脇に抱えて空を飛んだ。飛んで逃げればもう爆弾は届かないだろう。自分の決断が遅かったせいで彼を傷つけてしまったと思った彼女は優しくヴェルノに声をかけた。


「べるの、大丈夫?」


「大丈夫だよ、もうね」


 黒く煤けたヴェルノはいつきの言葉にそう答えた。実際、心身には大したダメージは受けていないので当然の話ではあった。その事に対して彼女は別の事が気になってそっちの事を彼に質問する。

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