第19話 まさかの忍者 その5

 彼が妖怪だ何だと言っていたので、ややこしい事は言わずにシンプルに説明した。この彼女の説明を聞いてヨウは腕を組んで頷いている。


「魔界とな?ふむふむ、そうかそうか」


「分かってくれた?」


 彼女の説明はこれ以上ないシンプルなものではあったものの、前知識がないとすんなり納得するのは難しい。いつきは少し心配しながらヨウに自分の話が理解出来たか聞いてみた。すると彼は腕組みしたまま、さも当然のように彼の理解した内容を口にする。


「要するにジャンルが違うんだべな?似た存在でも妖怪でないなら対象外だべ。いやー、悪かった悪かった!」


 ヨウは目の前の2人が妖怪とは無関係と言う事だけはしっかりと理解してくれたようだった。自分の説明が通じてひと安心した彼女だったものの、そこにひとつの疑問が生まれる。それで今度は彼女の方からヨウに質問をする。


「誤解が解けたようで良かったよ。でも待って、忍者は妖怪とどう言う関係があるの?」


「昔の忍者は主君に使えていたけども、今の忍者は妖怪退治を仕事にしてるんだべ」


 ヨウの話によると、忍者は今も現役で活動していて、その主な仕事は妖怪退治だと言うのだ。忍者が妖怪を倒す――そう言うフィクションなら物語で読んだ事もあったけれど、実際にそう言う活動をしているなんて、彼の口から語られるまで彼女は知らなかった。

 いや、そもそも知っている人の方がまずいないだろう。ヨウの話に興味を持ったいつきは更に質問を続ける。


「じゃあ……田中……さん?も今までに妖怪を?」


「勿論だべ!」


 自分が妖怪退治をしている事に誇りを持っているヨウは胸を張って彼女の質問に答えた。と、そこで彼はまだいつきの名前を知らない事に気が付いた。

 尾行対象だったのに、その相手の素性を殆ど知らないままだと言うのは忍者としても失敗だろう。そんな訳で彼は改めて目の前の魔法少女に名前を聞こうとする。


「えぇと……」


「あ、私?私の名前はいつき!安西いつき!」


 彼の言動から名前を聞こうとしていると察したいつきは、躊躇なく自分の名前を目の前の忍者に語る。それは貴重な話を聞かせてくれた彼へのお礼の意味もあったのだろう。


「よろしくね!」


 いつきはそう言ってヨウの前に手を差し出した。彼もぎこちないながらその彼女の行為に応える。


「よ、よろしくだべ……」


 ヨウは顔を真赤にして照れながらいつきと握手する。これで和解成立だ。


「いつき、こいつと仲良くしてもいいの?」


 ちょっと前に自分を襲って来た相手と仲良くしようとしている彼女の態度に、ヴェルノがツッコミを入れる。彼の言葉を受けたいつきは少し考えて、それからヴェルノの方を向いてニコっと笑って自分の考えを口にした。


「だって別に敵じゃないみたいだし……。それに忍者だよ!かっこいいじゃん!」


「はぁ、もう分かったよ」


 彼女の返事を聞いてこれ以上何を言っても無駄だと悟ったヴェルノはそれ以上この件については何も言わなかった。話が一段落したところで、謝罪と真相を確認出来たヨウはこの場から立ち去る事にする。


「それじゃあ、おらは失礼するべ。数々の無礼、どうか許して欲しいべ」


「誤解も解けたし、もう襲っては来ないんでしょ?ならそれでいいよ」


「有難うだべー」


 ヨウはそう言うと段々風景の中のその姿を溶かしていく。多分それも忍術のひとつなのだろうけど、魔法に慣れ親しんでいた2人にはその光景がまるで魔法のように見えていた。

 しばらくすると、もうそこに忍者のいた形跡はどこにもなくなっていた。全てが終わった後でいつきはヴェルノにヨウの印象を口にする。


「あの忍者の人、喋り方が田舎者だったね」


「あ、やっぱそこ気になったんだ」


 実はヴェルノもヨウのあの喋りは気になっていた。田舎者の話し方をすると言う事はあの忍者の出身地は田舎なのだろう。この街では聞けないリアル田舎言葉に2人は珍しい物を聞いたと感心していた。

 何にせよ、昼間の事件が平和に終わった事で2人してくすっと笑う。それからいつきは背伸びをして誰に話すでもなく今考えている事をつぶやいた。


「ふぁ~あ。魔法少女になってから色んな事が起こるなー」


「偶然だよ、偶然」


 その彼女の言葉をあまり深い意味で捉える事なくヴェルノは右から左へと受け流した。それから2人は玄関のドアを開けて家の中に入っていく。

 それはちょうど夕方のアニメが始まる時間で、そのまま2人はテレビのあるリビングへと流れていった。



「親方、あの娘は無関係だったべ……え?まさか……予想より早いべ!」


 その頃、いつきの正体を自分の上司に連絡していたヨウはとんでもない報告をその人物から受けていた。どうやら忍者にとって大変な事がもうすぐ起こるらしい。

 この連絡を受けた彼はいつもの陽気な表情から一転、すごく怯えたような顔になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る