第9話 嫉妬の魔女 その3
「いつきちゃんおはよ、どうしたの?」
「あ、ゆきのんおはよ。いやぁ、朝から変なのに絡まれちゃって」
「そうなんだ。無事で良かったね」
取り敢えず恐怖が去ったいつきは朝の事を悪い夢だと思う事にした。たまたまおかしな人が自分に絡んで来ただけだと。
それにあの魔女は警察の人が連れて行ってくれたからもう大丈夫、忘れようと思う事にした。
けれど――事件はそこで終わった訳ではなかった。むしろここからが本番だった。
その日の放課後、いつきが家に帰ろうと学校を出ると、そこにはまた魔女が待ち構えていた。彼女の姿を見ていつきは驚いて大声を出してしまった。
「うわっ!」
「良くも逃げてくれたわね」
どうやら魔女は魔法の呪文の詠唱が終わる前に逃げ出したいつきを恨んでいるようだ。ただ、あの状況の中で逃げない人間はいないだろう。
それよりいつきは警察に連れて行かれたはずの魔女が、今自分の目の前にいる事自体が信じられなかった。
「警察に捕まったんじゃ……」
「何もしてないもの、すぐに開放されたわよ!」
「もしかして警察に捕まったから逆恨みで私を」
「そんな理由で待ち伏せはしないわよ!」
いつきの単純な推理を魔女は即座に否定する。考えて見れば彼女の目的は最初からいつきに向けられていた。
一体何故魔女は自分を狙うのか。その理由が分からないいつきは改めて彼女に逆ギレ気味に質問する。
「じゃあ、私に何の用なんですか!」
「私はあなたが羨ましいのよ!」
「?」
いつきが羨ましいと言う魔女の言葉。その言葉の意味をいつきは全く理解出来なかった。彼女が魔女より優れていると言えば、すぐに思いつくのは若さくらいのものだけど、それならこれだけ多くの中学生のいる中でわざわざいつきを選部ぶ理由にはならないだろう。
全然思い当たるフシが思い当たらない中でいつきが返す言葉に困っていると、魔女がその理由を話し始めた。
「私の夢を安々と叶えて……」
「夢って……?」
「知ってるのよ、あなたが魔法少女だって。私もずっと憧れていたもの」
「な、何を……」
話の途中から魔女の自分語りが唐突に始まった。今から考えればこの間に逃げれば良かったのだけど、いつきは魔法少女になりたかったと言うこの魔女の話につい興味を持ってしまい、その場から動けないでいた。
「魔法少女になりたくて色々と研究して……本を読んだり魔法使いに魔法を教わったり……それは辛くて厳しい道程だった」
「えぇと……」
「それでついに私も魔法を使えるようになったの!でも遅かった!その時ですら二十歳をとっくに過ぎていた私はどう見ても魔法少女じゃなかった!魔法が使えても私は魔女でしかなかった!」
「それは……お、お気の毒?でしたね……」
いつきは魔女を気遣って慰めの言葉をかけた。彼女もまた魔法少女に憧れた1人で、いつきが辿っていたかもしれない可能性のひとつだったからだ。
魔女はこのいつきの同情に対しては何ひとつ反応せずに、今度はいつきが魔法少女だと気付いたエピソードを話し始めた。
「この街には魔法フィールドが街全体にかかっているでしょ?私も魔女だからそれにはすぐに気付いたのよ。でもどうして急にそんな状態になったのか気になって独自に調査を始めて……その結果、あなたの存在に辿り着いたの!」
最後に魔女はドヤ顔でいつきを指差した。その自信満々の顔はまるで事件の真相に辿り着いた探偵のそれだった。
「あの、私には何がなんだか……」
いつきはこの魔女の追求に対して白を切ろうとした。認めると何か厄介な事が起きてしまいそうだったから。
けれどヴェルノの魔法フィールドが効かない相手にそんな安易な嘘が通じるはずもなく――。
「私は見ているんですからね!夜な夜な空を自由に飛び回っているあなたの姿を!しかもフリフリ衣装で!あれは魔法少女以外の何物でもない!」
そう、自分の姿が人にバレなくなったいつきはそれから毎晩好き勝手に空を飛んでいた。これがいいストレス発散にもなって今では日課のようになっていたのだ。
それがまさかこんな結果を生むなんて――今更彼女がその事を後悔しても後の祭りだった。これは言い訳出来ないと観念したいつきは魔女に質問する。
「それであの……私に何をしろと?」
「なぁに、簡単な事よぉ……」
話が核心に迫って、魔女は妖艶な笑みを浮かべる。その魔女の顔に恐ろしい物を感じ取ったいつきは思わず冷や汗を流していた。
それから魔女の企むその恐ろしい目的が彼女自身の口から語られる。
しかしそれはいつきにとってあまりにも理不尽な要求だった。
「あなたの身体、私に頂戴♪」
「あの……仰っている意味が……」
魔女の目的はいつきの体だった。この言葉を聞いたいつきは最初、意味が全く分からなかった。色んな解釈が出来るその言葉のどの意味が正解なのか、いつきの頭の中では導き出せずにいたのだ。
混乱している彼女を見て、魔女はその悩みに答える様に自分の望みを具体的に説明する。
「私と魂を入れ替えるのよ。そうすれば私は晴れて魔法少女になれる。ふふ、痛くしないから~」
「まさか……今朝私にかけようとした魔法って」
「勘がいいわね。そう言う事よ……」
「お、お断りします!」
いつきは魔女の目的を知って一目散に逃げ出した。変身して魔女をやり過ごそうと思っても残念ながらヴェルノは家の中、ここからかなり離れている。
どうにか家から半径100m圏内の距離まで逃げて、それからの事はその時に考えよう、そう彼女は考えた。
「逃さないわよぉ!」
「うわあああ!」
魔女は当たり前のように空を飛んでいつきを追いかけてくる!街の人がそれを見て誰も騒がないところから、多分彼女もバレない魔法を使っているのだろう。
ただ、全速力のいつきに追いつけないくらいだからその飛行スピードは結構遅いようだ。それは焦って逃げるいつきにとって不幸中の幸いだった。
(べるの!べるの!)
心の中でいつきは叫ぶ。ヴェルノとは魔法の効果範囲内でテレパシーで会話出来るようになっていた。つまりそれを利用すれば変身出来るかどうかがその反応で判断出来る事になる。いつきは逃げながらずっと心の中で彼の名前を叫び続けていた。
しかしその頃のヴェルノは偶然昼寝の最中だった。眠っていれば流石にテレパシーは届かない。必死で逃げる彼女の明日はどっちだ!
逃げ続けて逃げ続けていたいつきはついに自分の家を目視で確認する。そこまで近付いてもヴェルノが反応しないなんて流石におかしい。
けれど何かの理由があってヴェルノが家にいない可能性だってある。だから確認の為にもいつきは心の中での呼びかけを止められなかった。
(べるの!べるの!聞こえてる?どうしたの?家にいないの?)
あんまりしつこく呼びかけたものだから、ヴェルノは夢の中でいつきにいじめられる悪夢を見てしまっていた。彼が起きる気配はまだなさそうだ。
その間についにいつきは自分の家の玄関前まで戻って来ていた。このまま家に入っても魔女は何か仕掛けてくるのかも知れない。
それにヴェルノが呼びかけても反応しないのも不安だった。もし何か問題が起こっているのなら、今は不用意に家に入らない方がいいのかもといつきは最悪の事態まで考えていた。
「やーっと、観念したようね……待ってなさいよ子猫ちゃん」
いつきに追いついた魔女はそう言いながらゆっくりと地上に降りて来た。恐ろしいほどの魔女の狂気が彼女に向けて放たれる。
一方、魔女の嫉妬の対象になったいつきはただひたすらヴェルノを呼び続けていた。
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