第10話 嫉妬の魔女 その4
(べるの!べるのってば!いい加減返事してよっ!)
「むにゃ……あれ?」
ずっとしつこく呼ばれていたので流石のヴェルノもここに来てようやく目を覚ました。部屋の外の異様な雰囲気を察知した彼は部屋の窓を開ける。
するといつきが謎の魔女に今にも襲われようとしている風景がヴェルノの目に突然飛び込んで来た。その様子を確認した彼は後先を何も考えずに窓から勢い良く飛び出していた。
「いつき、危なーい!」
その時、魔女はまずいつきの足を止めようと催眠系の魔法を使おうとしていた。魂交換の魔法は呪文詠唱完了までに時間ががかるので、その間に逃げられないようにする為だ。まずは暗示系の魔法で足が石になったと彼女に暗示をかける。
「な、何っ?」
「ふふ、身体に違和感は感じない?」
魔女はドヤ顔でいつきに告げる。本来ならこの時点で、魔法にかかった彼女は身体が固まっているはずだった。
しかしその当人に特に不自然な様子はない。いつきは何をされたのかも分からずのほほんと答える。
「いや特に何も?」
「え?嘘でしょ?」
いつきは魔法少女になった事で、ある程度の魔法に耐性を持つようになっていたのだ。その為、この魔女の暗示は効いてはいない。
その後も魔女は種類の違う様々な催眠系の魔法を次々にかけるものの、彼女にはそのどれもが不発だった。
「全く何て娘なの……私の魔法が通じないなんて有り得ない。こうなったら実力行使よ!」
魔女はそう言って今度は物理攻撃魔法に切り替えた。エレメント魔法で直接体にダメージを与えて気絶させる!これならば直撃すればいつきにも効果はあるだろう。
そうして魔女が杖を振りかぶって攻撃呪文を彼女に向けて放った瞬間、魔女の攻撃からいつきを守ろうとしたヴェルノにその魔法が直撃した。
「ぎにゃぁぁぁぁ!」
「きゃーーーーっ!」
その誤爆に発狂したのは何故か魔女の方だった。その慌てようはさっきまでの狂気とはまるで正反対だ。
手を忙しなくデタラメに動かすその魔女の仕草は傍から見ていて滑稽なくらいだった。
「誰?このおばさん」
「べるの?平気?」
「僕は魔法生物だよ?このくらいへーきへ-き」
魔女のエレメント攻撃が直撃したヴェルノだったけど、ダメージはそれほどでもなさそうだった。その結果を知っていつきは胸をなでおろした。
彼の無事を知って魔女は大声でヴェルノに大袈裟に謝罪した。
「魔法生物様!ご無事で!先程は大変失礼しました!」
「おねーさん?」
「いつき、この人誰?」
そう言えばさっきからずっとヴェルノはいつきに魔女の事を聞いていた。その事に気付いた彼女はヴェルノにこの魔女の説明をする。
出来るだけ的確に、出来るだけ簡単に。適切な言葉を選んで、余計な感情を廃して。
「ああ、この人は私の身体を狙う魔女」
「なっ、何を……」
「別に間違ってないじゃないの」
いつきの的確過ぎる説明に魔女は焦ってしまった。間違いではなかったものの、それは最初の計画での話だ。いつきが魔法生物と関わっている事が分かった今、魔女の頭の中に最初の計画を遂行する気持ちは綺麗サッパリ消えていた。
だからこそ、それを分かってもらおうと魔女はヴェルノに必死に弁明をするのだった。
「あ、あの違うんです、魔法生物様のお知り合いだと知っていれば決してそんな」
「あの、僕の事はヴェルノって呼んでくれないかな」
ヴェルノに先に名前を名乗られて魔女は更に焦ってしまった。ここで自分が名乗らないのは失礼に当たる。
魔女はここに至って初めて2人に対して普通に自己紹介を始めた。
「ヴェルノ様!あ、申し遅れました、私は魔女の藤堂清音と申します」
「へぇ、おねーさん清音さんって言うんだ。もう私を狙うのやめたの?でもどうして?魔法生物ってそんなにすごいの?」
魔女の正体が分かったいつきは彼女に対して矢次早に質問を続けた。彼女の謎の魔法生物推しが全く理解出来なかったからだ。
この質問に対して魔女――清音はしおらしく素直に答えた。
「私の魔法の師匠が、魔法生物はこの世界に魔法をもたらした存在で、神様のようなものだって常々……」
魔女にとって、魔法生物とは神のような存在――だとすればこの態度の豹変も分かる気がした。
でも、いつきにとっての魔法生物はちょっと珍しい小動物程度の認識でしかない。この清音の言葉が正しいのかどうか分からない彼女は一応ヴェルノに確認を取ってみる。
「そうなの?」
「確かにそんな歴史があったのかも知れない。僕は知らないけど」
どうやらその事についてはヴェルノも詳しい事は知らないみたいだった。この返事から考えて彼女の話はきっとずっと昔の事なんだろうといつきは想像する。
その2人のやり取りを見ながら清音はいつきに忠告した。
「いつきちゃん?だっけ?ヴェルノ様を大切にするのよ!この世界の魔法は……」
「分かったから!私達は今うまくやってるから!」
話が説教に変わりそうだったので、いつきはすぐにその話を大声を出して静止する。いきなり襲われた上に説教なんてまっぴらごめんだった。
その後、清音は自分の普段の仕事を紹介して交友を深めようとする。そこにはもう怪しげな魔女はどこにもいなかった。
「私は普段は隣町の占いの館で占い師として働いているの。さっきのお詫びに困った時はいつでも占ってあげる。これ、無料クーポンね」
清音はそう言って普段から持ち歩いているクーポンをダボダボの袖の中から取り出し、いつきに手渡した。1回2000円の無料占いクーポン券10枚綴を2枚。金券的な意味で言えばかなりの額だ。
女子中学生が貰う分にしては貰い過ぎと言ってもいい。そんな訳で清音から無料クーポンをもらった彼女は素直にお礼を言った。
「あ、どうも有難う。じゃあ何かあったら遊びに行くよ」
「怖い目に合わせちゃってごめんね。それじゃあさよなら」
そう言って清音は何度も頭を下げて自分の住む街へと帰っていく。空を赤く染める夕日が彼女の姿を逆光にしていた。
騒ぎもようやく収まって、いつきは今日一番のため息をついていた。そんな彼女にヴェルノが声をかける。
「災難だったね」
「本当だよ、べるのの魔法がヘボいせいで……」
苦労を労うヴェルノに対して、いつきはその原因が彼の魔法の貧弱さと断定して彼を責めた。大体、ヴェルノの隠蔽魔法が完璧ならこんな事件も起こらないはずだったと彼女は思ったからだ。
魔法結界は魔法使いには効かない事を彼女は知らない。だからこその飛躍した言いがかりだった。
いきなり自分のせいにされてヴェルノが気を悪くしない訳がなく――早速この彼女の言葉に反論する。
「な、いつきが今年受験なのに勉強もろくにしないで夜な夜な空を飛び回ってるからだろ!」
「あ、あれは空を飛んだ後は頭がすっきりして勉強が捗るのよ!」
「へ~え」
いつきの言い訳にヴェルノは白々しい顔をする。この言い訳は実際に次のテストでいい点を取らないと実証されない。我ながらこの言い訳は悪手だとすぐにいつきは後悔した。どうかこの事をヴェルノがすぐに忘れてしまいますようにと彼女は願うばかりだった。
そしてトラブル回避の為に今後は空を飛ぶ事は少しは控えようとそう心に誓った。
「ここは……どこでござる?」
その頃、いつきの住む街に謎の人物が迷い込んでいた。時代錯誤な言葉遣いに時代錯誤な出で立ち。
トラブルはまた向こう側からやって来る事になるのだった。
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