第8話 嫉妬の魔女 その2

「いい?ちゃんと留守番するのよ!」


「まかしといてよ!」


「いつき、もうヴェルノ君の留守番も慣れたものでしょ。いちいち確認しなくても」


 いつまでもヴェルノを出来ない子扱いするいつきに対して母親が注意する。その説教がエスカレートしてはたまらないと、いつきは母親の言葉が話し終わる前に先に家を出る事にした。


「じゃ、行ってきまーす!」



 そんな平穏な日々が一週間ほど過ぎた。この頃になると、ヴェルノもいつきを起こすコツを大分掴んでいた。

 起きなくちゃいけない時間になったらいつきの目に直接クール魔法をかける!これ一発で、彼女は確実に目を覚ましていた。


「何かドヤ顔で起こされるとちょっとムカつくんですが」


「僕は君のお母さんに任されてるからね。文句があるなら彼女に直接言ってね」


「何をぉ~!実力行使じゃぁ~」


 逆ギレしたいつきは逃げようとするヴェルノを捕まえて、げんこつぐりぐりをかます!彼はこの攻撃が大の苦手だった。

 彼女はヴェルノをげんこつグリグリする事で、無理やり起こされたうっぷんを晴らしていた。


「ぎゃわわわ~」


「ふぅ、気が済んだ」


 そうしていつしかこのやり取りが彼女達の新しい朝の習慣になっていた。嫌がってはいるものの、2人共どこかこのやり取りを楽しんでいる。

 ヴェルノがしっかり彼女を起こすようになって、朝寝坊する事がなくなっていつきの母親も大満足だった。


 そして事件はこの日の学校登校時に起こる事になる。家を出た時点でのいつきはまだその事を知らない。


 その時、彼女は突然誰かの視線を感じた。突き刺すような鋭い視線を。すぐに振り返るものの、そこには誰もいない。

 彼女の視界に映るのはいつもの見慣れた景色だけ。その中に微かな違和感だけを残して。

 おかしいなと思いつつもいつきは学校に向けて歩き続ける。この時、初夏の風が心地よく彼女の頬をなで、そして吹き抜けていった。


「う~ん、いい風~」


 この時期の心地良い風を受けて、いつきは気持ちよく背伸びをしていた。


 さて、彼女を見つめる視線はそれでは気のせいだったのかと言えば、実はそんな事はなかった。


「見つけた……」


 彼女をこっそり見つめる視線の主はそうつぶやく。もう5月の下旬にもなろうかと言うこの時期にその人物は全身真っ黒の怪しげな服装をしている。

 フードを深く被って顔を隠してどうやらいつきにバレないように尾行しているようだけど、この人物の目的は一体――。


「許せない……何であの子が魔法少女なんかになれるの!絶対泣かす!」


 この人物、いつきに対して謎の情熱を燃やしている模様。情熱と言うか逆恨みだけど。

 しかしこの人、服装といい行動といい独り言といい、どう見ても明らかに不審人物。


「ちょっと、君、いいかな?」


「うるさいわね!今取り込み中なの!」


「あー、こっちも取り込み中なんだが」


 その人物に声をかけたのは通報を受けてやって来た警察官だった。相手が警察官だと分かると、その人物は開き直ったかのようにこう言った。


「私に何の用?残念だけどあなたに私は捕まえられないから!」


「おい!ちょっと!」


 その人物は警察官にそう宣言した後、懐から杖を取り出し呪文のようなものを唱える。するとその姿はすうっと幻のように消えていった。


「ま、魔女……?」


 目の前で事の次第を一部始終見ていた警察官はこのあり得ない現象に対し、そうつぶやいていた。

 けれど魔女は本当に姿を消した訳ではなかった。警察官に催眠魔法をかけ、自分はそこにいないと暗示をかけたのだ。


「ふぅ、危なかった、危うくアイツを見逃すところだった。確かこの先には学校があったわね……」


 警察官の職務質問を催眠魔法で回避した魔女はいつきの尾行を再開した。そして彼女が中学の校門に入ったところで魔女はいつきに追いついた。

 けれどあまりに焦っていたため、この時魔女は尾行相手にバレないように隠密行動をする事を忘れてしまっていた。

 流石にそれに気付かないいつきではない訳で、追いかけてくる魔女の足音を察知して振り返った。


「あの、何か私に用ですか、おねーさん」


「だ、誰がおねーさんよ!私はあんたの姉でも何でもないわ!」


 振り向いたいつきに正面から詰め寄られた魔女は、不審に思っている彼女を前に焦って斜め上の反応をする。

 いつきはそのある意味愉快な反応にどう返していいか分からず、困ってしまった。


「や、そーゆー意味じゃ……」


「そ、それに別に私はあなたなんかに用はなくてよ!」


 魔女はターゲットに気付かれると言う想定外の出来事に、思わずテンションが変になっていた。

 そんな魔女とは対照的に、いつきの方は彼女に対して冷静に対応していた。


「あなたがずっと私をつけていたんでしょ?変態おっさんじゃなくて良かったけど」


「変な言いがかりは止して頂戴。私はただの通りすがりのOLよっ」


 全身黒尽くめで黒いフードを深々と被った、いかにも魔女な服装のOLがどこかにいるなら見てみたい。魔女はもう自分が何を喋っているのかすら全く把握出来ていないようだった。

 バレバレの嘘をつきながら白を切る魔女に対して、呆れたいつきはそのまま向きを変えて校舎に向かおうとする。

 けれど次の瞬間、魔女は彼女の肩をがっしりと掴んだ。


「ちょっと待ちなさい!話はまだ終わってないの!」


 この魔女の態度にキレたいつきは、すぐにその手を払って強い口調で彼女に抗議した。


「やっぱり用があるんじゃないですか。何ですかもう!場合によっちゃ警察呼びますよ!」


 警察!その言葉を聞いて魔女は一瞬体が硬直し、さっきの体験がトラウマのように蘇っていた。大人にとって警察とは最も関わり合いになりたくない職業のひとつだ。そう、被害者にでもならない限りは。

 警察の言葉にビビった魔女は一瞬怯んだものの、すぐにいつきの態度に機嫌を悪くして声を荒げた。


「あんたねぇ……こっちはもう27なの!立派な大人なのよ!少しは敬意ってものを」


「そんな大人が中3を尾行して誘拐でもするつもりですか」


「誘拐?そんな事はしないわ。私の目的はただひとつ!」


 魔女はそう言うとまた懐から杖を取り出した。どうやらいつきに対して魔法をかけようとしているらしい。

 彼女は目を閉じて何やら呪文を唱え始める。この呪文もヴェルノの呪文と同じで普通の人の耳には聞こえない特殊なものだった。

 この突然の出来事に危機を感じたいつきは、魔女が呪文らしきものを唱え始めた瞬間、180°向きを変えて校舎に向かって一目散に走り出した。


「うわ~危ない危ない!この時期は変な人が出没するからなぁ」


 いつきが中学の校舎に入って避難が完了した頃、ようやく呪文を唱え終わった魔女が目を開くとそこにはもう誰もいなかった。


「あれ?」


 そして次の瞬間、魔女の肩に手を置く人影が。学校の校門付近でのこのやり取りにまた通報されて、今度は警察官が2人組でやって来ていたのだ。


「あの、私は別に不審者じゃ……」


「話は署でじっくり聞くからね」


 魔女に対してそう言いながらニッコリ笑う警察官の目は全然笑っていなかった。こうしていつきの危機はとりあえず去っていった。

 その一部始終を校舎の窓から警戒しながら眺めていた彼女は、魔女が警察官に連れられて行くのを見てほっと胸をなでおろしていた。

 そこに聞き慣れた声が近付いて来る。

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