魔法少女の日常

嫉妬の魔女

第7話 嫉妬の魔女 その1

「魔法少女……なの?」


「え、えーと、うん」


「すごい!一体どうやって?」


 雪乃ちゃんすごい食いついて来た!この時、いつきは引かれなくて本当に良かったと思った。

 しかしこの食いつきよう……雪乃もまた魔法少女が好きなのだろうか?

 余りに純粋な憧れの眼差しを受けて、いつきは一瞬自分が人気アイドルにでもなったかのような錯覚を覚えていた。


「ゆきのんもこういうの好きなんだ?」


「うん、好き!お互いにもっと早くに話せたら良かったね」


「えっとね、これ……コイツのお陰!」


 いつきはそう言って自分の胸に押し込めていたヴェルノを引っ張りだした。彼はまだ相当気分が悪そうでぐったりしている。


「や、やあ…どうも……」


「もしかしてマスコット的な?」


 初めて見る魔法生物に対して、雪乃は目を輝かせながらそう答えた。魔法少女と言えば、マスコット生物は切っても切り離せない存在。

 言わばお弁当に梅干し、ご飯に味噌汁、トーストにバター、カレーにソースのような存在だ。

 ここに来て2人の魔法少女好きは意気投合し2人で声を合わて宣言した。


「「魔法少女の必須アイテムだよね!」」


 ヴェルノはアイテム扱いされた!普段ならこの事について抗議のひとつもするところだけど、今の彼にそれだけの体力は戻っていなかった。

 それからいつきは事の顛末を全て雪乃に洗いざらい話した。多少は誇張も入っていた気はするけど、事実は大体正確に話していた。


「へぇぇぇ!これは穏やかじゃないね!」


 雪乃はとても興味深くいつきの話に耳を傾けていた。それだけ真剣に聞いてくれると、いつきの方としてもとても気分が良い。

 それで雪乃も一緒に魔法少女になれたら楽しいなと思うようになった。

 そこでいつきはヴェルノに雪乃も魔法少女に出来ないか相談をする。


「ねぇべるの、彼女も魔法少女に出来ない?」


 その質問に対してヴェルノの答えは否定。


「ごめん、今の僕はそんなに多くの力を割けないんだ」


 どうやら彼の能力には限界があって、魔法少女に出来る人数は1人だけのようだった。そのやり取りを聞いていた雪乃は、すぐにいつきの思いつきを遠慮した。


「わ、私はいいよ、別に魔法が使えなくても……。それにいつきちゃんにはそう出来る権利があるんでしょ」


「まぁ……、ゆきのんがそう言うのなら……。ごめんね、力を独り占めしているみたいで」


 いつきは雪乃に誤解されるのが嫌でさっきの提案をしたようだった。その気持ちを受け取った雪乃は、彼女の優しさを嬉しく思った。

 それで折角だからとひとつだけ彼女にささやかなお願いをする。


「気にしないで。そうだ!帰る時も飛んで帰るんでしょ?良かったら私にその様子を見せて!」


「そうだね、もう夜も遅いし、ゆきのんもあんまり遅くなると家族が心配しちゃうだろうし。それじゃあよく見ててね」


 いつきは雪乃に手を振ってゆっくり飛び始めた。雪乃は彼女の姿が見えなくなるまで、ずっと空を飛ぶ彼女を見送っていた。

 魔法少女として活動し始めたいつきの初めての夜はこうして終わりを告げた。



 チチチ……チチチ……。


 次の日の朝、目覚まし時計のスイッチを速攻で止めて、いつきは二度寝を楽しんでいた。


「いつき、起きなよ!もう起きる時間だよ!」


 ヴェルノは一向に起きそうにない彼女を心配して、猫マッサージで一生懸命に起こそうとする。

 けれどいつきにとってはそれがまたいい刺激になってしまい、尚更起きる気をなくしてしまうのだった。


「うぇ~。一体どうしたらいいんだ~」


 ヴェルノが困っていると、突然いつきの部屋のドアが勢い良く開いた。ずっと言い忘れていたけど、実はこの部屋、鍵がついていない。

 だから両親はいきなりこの部屋に入る事が出来る。プライバシーも何もあったものじゃないね。ただ、いきなり開けるの母親位のものだけど。

 そんな訳で、この時にドアを開けたのも彼女の母親だった。


「いつまで寝てるの!起きなさいっ!」


 いつきの母はそう叫ぶのと同時に、勢い良く寝ている彼女の掛け布団を取り払った。その刺激で一気に目が覚めるいつき。


「うひゃあ!あ、お母さんおはよ。もう余裕ない?」


「時間は自分で確認!すぐに支度しなさい!朝ごはんはもうとっくに出来てるよ!」


 いつきの母は言いたい事をマシンガンのように一方的に言い尽くすと、すぐに向きを変えて彼女の部屋から出て行った。

 まるで嵐が去った後のように、その後はまたすぐに静寂が訪れる。


「まだ10分も余裕がある~寝よ」


「ダメだってば!」


 よろよろと時間を確認したいつきがまた寝ようとしたので、ヴェルノは仕方なく魔法を使った。

 彼の肉球から放たれた魔法はいつきの目に冷たい刺激を与える。その威力はクール系目薬の3倍の刺激だ。


「うひぃぃ!冷たーい!」


 彼の魔法のお陰でしっかり目覚めたいつきは、仕方なく登校の準備を始めた。彼女がしっかり動き始めたので、ヴェルノはやっと安心して一息つくのだった。


「あんたも朝は一緒に食べるんだっけ?」


「僕は基本一日3食だよ。こっちの世界の猫とは違うからね」


「見た目はどう見ても猫なのにね」


 食卓についたいつきとヴェルノ。テーブルにはしっかり2人分の朝食が並べられていた。安西家の朝食は和食。ご飯と味噌汁と日替わりのおかず。

 いつもより早くいつきが現れたので母親は珍しそうに彼女に声をかけた。


「あら?今日は早いじゃない」


「あの後またいつきが寝ようとしたんで、僕が起こしました」


「おお、ヴェルノ君偉い!自慢の息子だわ!これからもよろしく頼むね」


 いつきの二度寝を阻止したヴェルノを、彼女の母親は結構テンション高めに褒めていた。いつきはその褒め方が何となく気に入らない。

 ずずずーっと味噌汁を飲みながら口の中の物を喉の奥に流し込んで早速ツッコミを入れる。


「何魔法生物を息子扱いしてるのよ……」


「我が家で養う以上は息子じゃないの……。ところであなた、年齢的に何歳なの?」


「僕は今年で17になります」


 年齢を聞かれたヴェルノは素直に自分の年齢を口にする。

 けれどそこでもその返答に対して母親からすぐにツッコミが入った。


「それは実際の年齢?それとも猫年齢?」


「実際の年齢です。ところで猫年齢って?」


 魔法世界の住人であるヴェルノには、猫年齢と言う言葉の意味が分からない。この世界の猫が人間より短命なのを知らないのだ。

 そんな認識の違いがある事を彼の返答から察したいつきの母は、すぐにその事を彼に分かるように説明した。


「あ、ごめん、こっちの世界の猫と人間は寿命が違うの。猫の方が短いのよ。それで猫の実際の年齢を人間の年齢に例えたのが猫年齢って訳」


「そうなんですか。僕らは普通に300年は生きますから、そう言う意味じゃ人間年齢に換算するともっと若くなりそうですね」


(そんなのどーでもいいし)


 母親とヴェルノの会話を聞きながら、我関せずと言う態度でいつきはずずーっと味噌汁を飲み干していた。


「行ってらっしゃーい!」


 朝食を食べ終え、出かける準備を整えた2人を見送るヴェルノ。彼は家でお留守番。それが彼に与えられた仕事でもあった。

 ちなみにいつきの父親、浩康は彼女達が出かける1時間前にすでに出社済み。頑張れお父さん!

 玄関前でちょこんと座ってニコニコ顔で2人を見送るヴェルノに対して、いつきが小言のように彼に言いつける。

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