第6話 地元魔界化計画 後編

「これ、効果はずっと続くの?」


 ヴェルノから装置を手渡されたいつきは素直な感想を漏らす。安い消しゴム程度の大きさのその箱は何だか頼りなくて本当にそんな効果が得られるのか疑心暗鬼になってしまうのもまた仕方のない話だった。

 この質問に対して彼は自信満々な顔をして手でろくろを回しながら答える。


「この世界のマナ濃度で動くように調整したから理論上は半永久的に動くはずだよ」


「そ、そうなんだ」


 マナ濃度とか言われてもいつきには意味がよく分からない。ただ、そう説明しているヴェルノのドヤ顔を見たら、詳しく原理を聞かなくてもちゃんと動くならそれでいいやと言う気になっていた。原理を知らずに使いこなしているものって現代社会でも多いしね。


 その日の放課後、彼女は人目を気にしながら校庭のポールに近付く。校内には沢山の人がいて、中々箱を取り付けるチャンスが訪れないでいた。


「いつきちゃん!」


 いつきが行動を起こせない中、そう声をかけて来たのは彼女の友達の丸川雪乃だった。

 丸メガネがトレードマークで少し地味目の彼女は昔からのいつきの友達で、話が合うので校内ではよく2人で話す仲だった。

 だけど例え仲良しの友達でもこの事を知られるのはまずいと感じたいつきは、何とか必死で誤魔化そうとした。


「あ、ゆきのん。何?」


「もう帰るんでしょ?一緒に帰ろ?」


「そ、そうだね。帰ろっか」


 雪乃の誘いを断るのが不自然な気がしたいつきは、仕方なく彼女と一緒に帰る事にした。まぁチャンスはこれからいくらでもあるし。

 しかしそれからもいつきがポールに近付く度に、彼女の行動はことごとく雪乃に邪魔されてしまう。まるで分かっていて妨害されているみたいに。

 ヴェルノが箱を完成させてから一週間経ったものの、いつきは未だにミッションをコンプリート出来ずにいた。


「はぁ……どうしていつも失敗しちゃうんだろう?」


「その雪乃って子が原因なんじゃ……」


「彼女は悪くないよ!巻き込まないで」


 友達の事を悪く言われていつきは機嫌を悪くした。いくら相手がヴェルノでも言っていい事と悪い事がある。

 けれど彼の言いたかった事は別に友達の悪口と言う訳ではなかったようだ。


「別にそんなつもりはないけど、いっその事バラしちゃえば?それで協力してもらうんだよ。友達だったら……」


「嫌だよ!友達だから秘密にしていたい。知られたくないの」


「そんなもんかねぇ……」


 魔法世界の住人であるヴェルノにはこの辺の微妙な心理は難しいようだった。作戦が一向に進まない中、窓の外の夜空を眺めていた彼女は突然何かを閃く。

 そしてそのまま振り向いてヴェルノを見つめると、声高々にこう宣言した。


「よし決めた!今から行くよ!」


「えっ?だってもう夜だよ、明日にすれば?」


 この彼女のアイデアにヴェルノは目を丸くした。年頃の女の子が1人で夜に出歩くなんて、いくらこの街の治安がいいからって危険だ。

 そんなヴェルノの心配を他所に、彼女は自分が思いついたこの素晴らしいアイディアに1人酔いしれていた。


「夜だからいいんじゃない!今だったら邪魔者は誰もいないし」


 このいつきの危なっかしい行動を心配に感じたヴェルノは彼女に同行を申し出る。


「分かった。心配だから一緒についていくよ」


 その言葉を聞いたいつきは一瞬嫌な顔をするものの、また何か思いついたらしくその事に対して彼に質問をする。


「別についてこなくても……そうだ!ついてくるなら魔法、使えるんだよね。暗くても外がハッキリ見える魔法とか使えるかな?」


「うん?そのくらいなら楽勝だよ」


「良かった。これで何も問題ないよ。じゃあ、早速お願い」


 このいつきの要請にヴェルノは戸惑いながら魔法をかけたものの、この行為の意図が分からなかった為、今度は彼の方から彼女に真意を問いただす事となった。


「でも何で夜目の魔法を?」


「夜陰に乗じて飛んで行こうと思って。ライトで照らしながら移動したら目立っちゃうからさ。じゃ、行こう。初フライトだ!」


 いつきは早速変身すると、ヴェルノを胸に抱いて窓から飛び出した。今まで一度も試した事がないのに躊躇せずに空に飛び出せるなんて、若さ故の無鉄砲さなのか、それとも彼女の生来の性格からくるものなのか――これで失敗したら目も当てられないと言うのに。


「飛べーっ!」


 いつきの願いを聞き入れて彼女の体はふわりと宙に浮いた。魔法少女になっての初フライトは見事に成功だった。


「おおおお!これはすごい」


 初めて飛んだその浮遊感にいつきは心の底から感動していた。


「ちょっと、離してよ。なんでこんな」


「だって、べるのと離れたら私魔法が解けちゃうんでしょ?じゃあずっと一緒にいなくちゃね」


 魔法少女のひらひらメルヘン衣装の胸の中に強引に押し込められたヴェルノはかなり窮屈そうだった。そこから脱出しようと藻掻く彼をいつきは押さえつけて離さない。

 こうやってずっとくっついていれば魔法が解ける事はない訳だから、中々賢い方法ではあった。ヴェルノは窮屈な場所に無理やり押し込められてものすごく不服そうだけど。


「僕だって飛べるんだよ!並走して飛んで行くからこんな……」


「却下!この作戦は失敗出来ないんだから!じゃ、行っくよー!」


 魔法少女になって初めての飛行。その割にいつきは不思議と慣れた感覚で空を飛んで行く。

 夜の街は暗くて結構危険だったものの、ヴェルノの魔法で瞳の感度を上げているのでその視界は昼間と同等のものになっていた。


「すごいすごーい!たのしーい!」


 初めての飛行が楽しくて、いつきはまっすぐに学校に向かわずに空を色んな飛行パターンで飛んで楽しんだ。

 急上昇、急下降、きりもみ回転――。自分の思うように自由に空を飛べる快感に彼女は夢中になっていた。


「たのしーい!面白ーい!」


「うぅ……苦ぢい……」


 いつきの胸の中でヴェルノはこの飛行に付き合ってる訳で……彼はもうグロッキーになっていた。

 その間、約30分ほどだろうか……。さんざん飛行を楽しんで満足したいつきはそれからやっとまっすぐに学校へと向かった。


「うふふ、流石に私がこの時間に学校に来るとは誰も思わないでしょ」


 電気の消えた誰もいない学校は流石に不気味そのもの。校舎に入れば防犯装置が作動して警備会社がやってくるんだろうけど、流石に校庭に入ったくらいじゃ防犯装置は動かない。そもそもそんなものは校庭に設置されていない。

 いつきは誰もいない校庭を悠々と歩いてポールに例の箱を設置する。


 折角魔法少女の状態で来たので、彼女は魔法の力を借りてポールの中にこの装置を埋め込む事にした。これなら絶対に剥がされる事もないし。

 ポールに箱を押し付けるとむにゅっとした感覚と共にゆっくりとそのままめり込んでいく。やがて箱は難なくポールの中に全て入り込んでいった。


「やった!これでやっとミッションコンプリートだよ!」


「うぐぐ……後は僕が装置の稼働を念じれば……おえぇ……」


 さっきまでのいつきの無軌道な飛行に付き合ったせいでヴェルノは無茶苦茶気分を悪くしていた。

 ぎりぎりまで我慢していたものの、やがて限界を突破した彼はこみ上げてくるものをどうする事も出来ず、そのままそれを口から放出させる。


 運動場に鳴り響くばっちい音。そしてその嘔吐物は運動場に撒き散らされた。子猫の吐き出すものだからその内容量はたかが知れているけど。


「うわばっちぃ!やめてよ胸の中で吐くの!」


「ちゃんと服には掛からないように吐いたよ……。大体君が曲芸飛行なんてするから……」


「いつき……ちゃん?何その格好?」


 2人がコントをしていると彼らに近付くよく見知った影が。それは彼女の友達の雪乃だった。突然の知り合いの乱入にいつきはプチパニックになる。

 胸の中でぐったりしているヴェルノもまた彼女の登場に何の反応も出来なかった。


「ゆ、ゆきのん?どうして?」


「空で何か飛んでいるのを見つけて、気になって追いかけてここまで来たんだけど」


 どうやらこうなってしまったのはさっきのいつきの曲芸飛行のせいらしい。星空を見るために偶然ベランダに出て来ていた雪乃は、空を飛ぶいつきの姿をUFOと勘違いしてそのまま追跡して校庭に辿り着いたのだと。


 彼女は普段インドア派で運動もそんなに得意ではないものの、興味を持った事のためならリミッターを解除してどこまでも突っ走る事が出来ると言うオタク的体質もまた備わっていた。

 この緊急事態に対していつきはヴェルノに強い口調で文句を言った。


「べるの、装置うまく動いてないじゃないの!」


「稼働する前に見られていたらそりゃその子に効果は出ないよ」


「あ、そうか……。えへへ……」


 ヴェルノの答えに素直に納得したいつきは、目の前の不思議がる雪乃に対してただ愛想笑いをするしかなかった。もうどうしたらいいのこれェ。

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