第5話 地元魔界化計画 中編
「ところで私がこの姿になったら何が出来るの?」
彼女の質問を受けてヴェルノはバツが悪そうにしながら渋々答える。
「僕の魔法はレベル3だからそんな大した事は……例えば個人レベルの小さな願いくらいは叶えられると思う」
その彼の口ぶりから見て、ヴェルノの能力はそんなに大したものではないと推測された。いつきはその小さな願いがどの程度のものかと言う事に興味が湧いた。
自分の中での小さな願いと言えば――その時思いついた答えを彼にぶつけてみる。
「じゃあさ、例えばさ、空とかは飛べる?」
「願いの力が強ければ多分……でも、その程度のものだよ」
「それでも十分すごいよ!そっか、空も飛べるのか……」
空を飛べるかも!そう思ったいつきはテンションが上がっていた。彼のいた魔法世界ではどうだか分からないけど、こっちの世界で空を飛ぶと言うのは人類の永遠の夢。科学技術が発達して空を飛ぶ乗り物を発明出来ても、人が自力で空を飛ぶ事はまだ叶わないでいる。
その夢が叶うと言う事がどれだけ素晴らしい事か!いつきが1人で盛り上がっているのをヴェルノはただ不思議そうに眺めていた。
「空、飛びたいんだ?」
「そりゃだって当然でしょ!空を飛ぶ事は何よりも素晴らしく美しいんだよ!」
「……あ、そう」
ヴェルノ達魔法世界の住人にとって、空を飛ぶ事は歩くのと同じ位ありふれた当たり前の行為の為、イマイチいつきのテンションを理解出来ないでいた。
ただ、彼女が嬉しそうにしているのを見て何か良い事をしたようなそんな気持ちにはなっていた。
いつきは空を飛べるかも知れない高揚感に酔いしれながら、でもその後の事も想像してしまいまたすぐに落胆してしまった。
「でも誰かに見つかったらお終いだなぁ……。話題になったら普通の生活には戻れないよ……あ~あ。ねぇ、本当にどうにもならないの?」
「そんな事言われたって……あ、そうだ!」
「何々何!何かいい方法が見つかった?」
何か打開策を思いついたらしいこのヴェルノの口ぶりに、いつきは思いっきり食いついた。そのテンションは彼が素で引くほどだった。
ちょっと落ち着いてと彼女に身振り手振りのジェスチャーで伝えた後、こほんと小さな咳払いをして彼はそのアイディアを披露する。
「この街全体を魔界化すればいいんだよ!」
「……どう言う事?」
「ひとつの魔法に特化して僕の力を増幅させれば、この街全体を催眠状態にする事が出来る……はず。そうすれば、この街の上空なら空を飛んでもいつきがいつきだって認識されない……ようにも出来るかも」
「よく分からないけど、それをすれば私は変身した事が誰にもバレなくなるのね?」
「既に知っている人には無理だけど、知らない人には効果があるはずだよ」
最初に断っておくと、ヴェルノの言う魔界化とは魔法世界化を略したもので、決して魔物が跳梁跋扈するあの魔界の事ではない。
魔法とは魔法世界の魔法法則に則って働く力の事で、ヴェルノの言うこの街を魔(法世)界化すると言うのは街全体を魔法が通じる魔法法則が働くフィールドにすると言う事。
しかしそれはそんな簡単な話ではなく、だからひとつの魔法に限りそれが有効になる範囲を広げる方法をヴェルノは思いついたのだ。
もっとレベルがあれば有効範囲も有効魔法も更に高度なものが実現出来るものの、彼の魔法レベル3ではそれが精一杯だった。
この話を聞いたいつきはテンションMAXですぐに彼の方法に賛成した。
「それ、やろう!やった!また夢が叶う!」
「何やってるの!早くお風呂に入りなさい!」
「あ……」
いつきが魔法少女の姿のまま盛り上がっていると、そこに彼女の母親が突然ドアを開けて入って来た。どうやらいつきにお風呂に入るように呼びに来たみたいだけど、ここで母親もまた彼女の可愛いふりふりメルヘン魔法少女衣装を目にする事となってしまった。
これで両親にはこの作戦が成功しても自分が魔法少女だって事はバレバレと言う事に。まぁ両親だから知られてもいいかといつきは開き直った。
母親は物珍しそうに魔法少女姿のいつきをジロジロと眺めながら感想を口にする。
「これが父さんが言っていたいつきのコスプレかぁ。いいじゃない。可愛いわよぉ」
「お母さん!からかわないでよ!」
「何照れてるのよ、おかしな子。それよりお風呂、暖かい内に入りなさいよ」
いつきの母は一方的に言いたい事を喋ってドアを閉めた。突然の母親の乱入で場の空気が白けてしまった彼女は素直にお風呂に入る事にした。
ヴェルノは自分も一緒にって言いかけたけど、空気を読んでそれは自重する。魔法生物だから別に人間の女子に欲情はしないんだけどね。
それから約一時間後、ほかほかになってパジャマに着替えた彼女が部屋に戻って来た。
いつきは部屋に戻って早々さっきの話の続きを再開した。
「で、街全体を魔界化って具体的にはどうやるの?私がそう願えばいいの?」
「いや、どこか適当な施設をアンテナ代わりにしてそこから増幅した魔法を放射するようにするんだ」
「適当な施設って?」
「そうだね、例えばいつきの通う中学の国旗を上げるポールとかいいかも知れない。あそこなら君が近付いても全く不自然に感じないだろ?」
自分の通う学校の話が急に出て来ていつきは驚愕する。ヴェルノはそれをさも当然のように話しているけれど……。この話をそのまま信じるなら、つまり彼はいつきの事も事前に知っていたと言う事にもならないだろうか?もしかして最初から彼女に拾われる為にゴミ捨て場に転がっていた?
色々不審に感じたいつきは改めて彼に質問をぶつける。
「え?べるの、貴方私の学校に来た事あるの?」
「勿論だよ。流石に校舎には入ってないけど、この街はあらかた探索したからね」
「うわぁ……」
「何でそこで引くんだよ」
この時、いつきはヴェルノの行動を擬人化して想像してしまっていた。例え見た目が可愛い羽猫だとしても好奇心で中学校に入り込むと言うその行動はまるで変態のおっさんだ。多分ヴェルノはこの学校だけじゃなく、この街の全ての施設をそうやって見て回ったんだろうけど。
この世界の常識を知らないとは言え……いや、性格が猫ならば好奇心に任せて探検するのは別に何も不思議な事じゃない。
それに探索したと言うだけで、何か犯罪行為をしていたと言う訳でもない。彼女もそこは割りきって話を進める事にした。
「いや、まぁいいわ。それで?ポールにどんな細工を?」
「それは今から作るけど催眠魔法を封じ込めた小さな箱をセットするんだ。そうすればポールが簡易魔法アンテナになる……はず」
ここまで会話を進めて来て、いつきはヴェルノのその言葉尻に違和感を感じていた。あんまり気になったので一応彼にその理由を質問する。
「あのさ、何だかさっきからイマイチ発言がはっきりしてないんだけど……」
「いや、だから理論的には可能なんだけど、まだ試した事はないんだ。だから確実な事は言えない」
このヴェルノの発言にいつきは一抹の不安を感じた。感じはしたけど、自由に空を飛べる誘惑にも抗えそうになかった。
そもそも彼女はそれが出来そうだと言う可能性、その言葉の方に大いに期待してしまっている訳で。
「失敗するかも知れないって事?」
「うん、やってみないと分からないけど」
「じゃあやってみようよ!やらない後悔よりやった後悔だよ!」
「確かにそりゃそうだ」
確実性を求めるなら、本当はもっと慎重になった方がいいはず。
けれど今の2人はそれより挑戦する事を選んでいた。それが吉と出るか凶と出るか――。若者には挑戦の二文字がよく似合う。
さて、今後の方針が決まったと言う事で、改めてヴェルノはこの作戦における注意事項を話した。
「あ、それとセッティング中は誰にもバレないようにね。作業しているところを目にした人には効果がないから」
「えっと、それってつまりこっそり作業しなくちゃいけないって事?難しいな」
「出来そう?出来ないならまた別の方法も考えるけど」
「うーん、何とかやってみる。じゃ、おやすみー」
作業中は誰にも見られないようにする……ハードルは高いけど、何とか出来そうだとこの時のいつきは思っていた。
後でそのハードルの高さに泣きを見ることになる訳だけど、取り敢えず今日の彼女は自由に空を飛べる瞬間を夢見て夢見心地で布団に潜り込むのだった。
それから三日後、ヴェルノは色々試行錯誤しながらついに超小型睡眠魔法特化型魔界化装置を作り上げた。その箱の大きさは安い消しゴム程度の大きさで、それを見たいつきはなるほどこれならうまく隠せばその存在を誤魔化せそうだと思った。
「出来たよ!これを学校のポールかその近くに取り付けるんだ!」
この装置を作り上げるのにヴェルノがどれだけ苦労していたのか身近で見ていただけに、この作戦は絶対に成功させようと彼女は強く心に誓った。
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