地元魔界化計画

第4話 地元魔界化計画 前編

「か、可愛い衣装だねいつき。コスプレかな?今流行のアニメだっけ?」


「や、これはその……」


 固まった2人はぎこちない会話をしている。ヴェルノはその様子をじいっと見ていた。微妙な空気がいつきの部屋の中を支配している。

 それからどれだけの時間が経っただろう。固まった2人には1分が20分にも30分にも感じられていた。

 長い沈黙に耐え切れなくなったヴェルノがいつきの父親に説明する。


「お父さん、この衣装は彼女の願望なんだ」


「や、やあ、君だね。確か……」


 突然のヴェルノからの言葉にやっと沈黙の呪縛から開放された父親は、改めて初めて見る魔法生物に視線を注ぐ。

 事前にいつきの母から話を聞いていたようで、あまり派手に驚く様子はなかった。それにしても受け入れるのが早い一家だ。

 ヴェルノもまた父親が普通に接してくれたので、そのままの流れで彼に挨拶をする。


「初めまして、ヴェルノです。これからお世話になります。よろしくお願いします」


「あ、ああ……こちらこそよろしく。僕のは名前は浩康だけど、まぁ好きに呼んでいいよ。で、願望って?」


「僕が魔法で彼女の願いを叶えたんです。お父さんも何か望みがあったら僕の出来る範囲で協力しますよ。折角置いてくれるのですから」


「え、ええ~……っ」


 いつきの父、浩康はこの時初めて自分の娘の願望を知る事となった。そして幼い頃に一緒にテレビで見た魔法少女モノのアニメの事を思い出した。

 まるで当時の魔法少女が画面から飛び出したような娘の衣装に浩康は密かに感動していた。

 そしてこの魔法生物の不思議な力を目の当たりにした浩康はしばらく考え、そこですぐ思いつくような願いでは勿体ないと言う結論をはじき出す。


「あ、うん、じゃあ何かあった時は力を貸してくれるかな?それと……えーと……そうだ!ご飯!もう父さん達食べちゃったから……」


 浩康はそう言ってドアをゆっくりと音をさせないように閉めた。その様子はかなり動揺しているような感じだった。

 父親にもしっかり挨拶が出来たと満足したヴェルノはひとり悦に浸っている。


「うむ、良し」


「良し、じゃないよもーっ!私誤解されちゃったじゃないの!」


「いや誤解じゃないだろ……君が望んだんだよ?魔法少女になりたいって」


「魔法少女って変身している間は本人だって気付かれないものなの!」


 このいつきの言う魔法少女モノのお約束のシチュエーションにヴェルノは首を傾げた。所詮お約束はアニメの世界の話であり、ヴェルノの知っている魔法世界の常識とはかけ離れたものだったからだ。

 彼は彼女の話を聞いて浮かんだ素朴な疑問をいつきにぶつける。


「何で?顔や声も変えるの?そもそもそう願えばそうなるはずだけど」


「もうそう言う事じゃないんだよー」


 2人の話は全然噛み合わない。いつきはアニメのお約束の話を前提にしているのに対し、ヴェルノはもっとリアルな話をしているので当然だった。


「大体変身願望って言うのは本人がどう変わったか見せびらかしたいものでしょ。本人と気付かれなくてどうするのさ」


「恥ずかしいの!言わせないでよ!」


「恥ずかしいのになりたがるって意味が分からないよ……」


 分かって欲しいのに分かって貰えない辛さ。いつきはヴェルノに説明するのを諦めた。彼を手っ取り早く説得するには、もう魔法少女モノのアニメを見せる以外に方法はない。

 けれどいつきの部屋にはそれを見せるテレビもプレイヤーもなかった。彼女はやる気がなくなって一気に落胆した。

 そこで説明はともかくとして、取り敢えず自分の望みだけをストレートにヴェルノに伝える事にする。


「ねぇ……私が変身した後に、みんなが私だって気付かれないようには出来ないの?」


「僕の魔法の有効範囲はさっき話したよね?それより離れた人には魔法の効果は届かない。それで良かったら誤魔化すくらいなら出来ると思うけど」


「あーそうか……じゃあもういいや。もう魔法少女やめる」


 自分の望みが叶えられなさそうな事が分かると、いつきは魔法少女になりたかった情熱が一気に冷めてしまった。ちょっと!ここで終わったら"魔法少女"いつきの物語は終わってしまうんですけど!もうちょっと頑張って欲しいんですがっ!

 それで言われた方のヴェルノの反応はと言うと、これまた冷めたものだった。


「そう?まぁいいけど。ところで魔法を使った感覚はどうだった?」


 この時、ヴェルノがいつきに魔法の感覚を聞いたのには特に他意はなかった。単に魔法が当たり前じゃない世界の人間が、魔法の感覚を覚えるとどう言う風な感じになるのか知りたかっただけ。

 この質問に対し、いつきはその時に感じた事を素直に彼に話した。


「何かすっごい気持ち良かった。でもどうして?」


 いつきの感想を聞いてその感覚が自分たちの感覚と同じものだと思ったヴェルノは、彼女の疑問に魔法世界で言われている原理を説明する。


「魔法の力は思いの具現化。望みが叶った時は嬉しいでしょ。あの気持ちがより強烈になるんだよ」


「なるほど……それで」


「その感覚をもう味わえなくなるよ?それでもいいの?」


「わ、私は別に気持ちいいから変身する訳じゃ……って言うかさ」


 ヴェルノは魔法使用の感覚からいつきの決意を揺さぶろうとしている――訳ではないみたいだけど、結果的にそうなっていた。

 その彼の言葉に気持ちが揺らいでいた彼女だったけど、その前に何か気付いたようだった。


「何?」


「この変身ってどうやって解除するの?」


「そんなの変身と同じ要領だよ。戻りたいって思えばそうなるはずだよ」


 そう、これまでのやり取りの間、いつきはずーっと変身したままだった。何故なら戻る方法が分からなかったから。

 ヴェルノの話を聞いて早速彼女は祈るように真剣に戻りたいと心から願った。

 するとすぐにまた謎の光が彼女を包み込んで、全身をかさぶたを剥がすような感覚が走って――気が付くと元の姿に戻っていた。

 その快感に思わずいつきは顔を高揚させて快感に酔ってしまっていた。


「変身を戻す時も気持ちがいいんだね……」


「戻りたいって願望が叶うからね」


「あ、もうこんな時間、取り敢えず晩ごはんを食べなくちゃ」


 服が戻ったところで安心して時計を見ると父親が呼びに来てからもう30分近くが過ぎ去っていた。いつきは急いで台所に夕食を食べに向かう。

 彼女が夕食を食べている間、ヴェルノはぽつんとひとり残されていた。話し相手もいなくなったので、大きなあくびをひとつすると彼はいつきの机の上で気持ち良さそうにすやすやと眠り始めた。

 その習性はまるでこちらの世界の猫と何一つ変わらない風だった。


「ふー、まんぷくぷー」


 夕食を食べ終えたいつきが満足気な顔をして部屋に戻って来る。彼女が戻ってくる気配を察したヴェルノは、彼女が部屋のドアを開ける瞬間に反射的に目を覚ました。


「やあお帰り」


「へんしーん!」


 部屋に戻って早々いつきは何を思ったのか、いきなり魔法少女に変身する呪文を唱えた。その瞬間、またあの謎の光が彼女を優しく包み込むとほんの一瞬でいつきは魔法少女の姿になった。

 変身したいつきは、腕を上げたり足を上げたりしながらキョロキョロとそのフリフリでメルヘンな魔法少女の衣装を眺め、不思議そうに首を傾げる。


「あれ?変身しちゃったんだけど」


「だろうねぇ」


「だって、もう私変身やめるって……べるのも納得してたじゃん」


 そう、確かにさっきいつきは魔法少女をやめる宣言をした。ヴェルノもその宣言を受け入れた。

 だからいつきの魔法少女はあの時点で終了したものだと彼女は思っていたようだ。

 しかし現実は違っていた。今でも変身の呪文を唱えれば彼女は自動的に変身する、つまり変身魔法はまだかかったままだった。

 いつきがその事について納得出来ないようだったので、ヴェルノは彼女に説明した。


「だからいつきが変身しないように気をつければいいじゃないか。一度与えた魔法は解除出来ないよ」


「そ、そうなんだ……そうか、私が気をつければいいのか」


 一度かかった魔法は解除出来ないなんて、そんなの魔法をかける前にヴェルノは一言も言わなかった。

 けれどそうなってしまった以上、もうその事実を受け入れるしか彼女には出来なかった。それに変身の主導権は飽くまでもいつき側にある。


 自分が願わなければ魔法少女になる事はないのだから、今後は一切変身しようなんて思わなければいいんだ。

 いつきはそう強く決心した。そして折角なので変身したらどんな事が出来るのかヴェルノに聞いてみる事にする。

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