魔法少女の誕生
第2話 魔法少女の誕生 前編
「その生き物は何?翼の生えた猫なんて初めて見るんだけど」
いつきの母親の鋭い指摘。その指摘にすぐに反応したのはヴェルノだった。いつきは結局具体的な事は何も言えずに沈黙していた。
「初めましてお母さん、僕の名前はヴェルノです」
「あらあら、よく出来ているわねぇ。どこの会社が出してるの?」
「いや、ロボットじゃないし」
ここでいつきのツッコミが入った。母親は物事はすぐ受け入れるものの、いつも自分基準で勝手に納得しがちな傾向があるのだ。
この母親にどうやって説明したらいいのか、したところで素直に受け入れてくれるのか――。一種の賭けみたいな部分はあった。
でも肉親に嘘はつきたくない。いつきは思い切ってその賭けに乗ってみる事にした。
「あのね、べるのは魔法生物なの!ゴミ置き場で拾ってきちゃった!」
「えぇ!ゴミ置き場に捨ててあったの?衛生面とか大丈夫?」
「いえあのお母さん?僕は捨てられたんじゃなくて捨てて来たんです、家を。それで彼女に救われたんです」
ヴェルノは改めて自分がこの世界に来た理由を説明した。そしていつきに救われたと言う事も。
彼の言葉を聞いて母親ははぁとひとつため息をついて言葉を漏らす。
「じゃあ貴方は家出して来たって事なのね?いいの、それで。ずっとこの家にいるつもり?」
「えぇ、そのつもりです」
「えっ、ちょっと待って!私そんなの全然聞いてないんですけど!」
このやり取りを聞いたいつきは焦ってしまった。彼女はヴェルノを飼うつもりなんて全然なかったのだから。
そりゃ最初は可哀想に思って家に連れて帰ったけど、正体が猫でも何でもない上に言葉を喋る謎の生き物だと分かった以上、元気になった時点でまた別の場所を目指してもらおうなんて考えていたのだ。
「あら?嫌なのいつきは。私はいいわよ、飼ったって。だって面白そうじゃない」
「で、でも魔法生物だよ?もし周りに正体がバレたら……」
「あんた変な物語の読み過ぎ。そんな大事になんてならないって。飼うのはいいけどちゃんと世話をするのよ」
何だか流れでなし崩し的にヴェルノをいつきの家で飼う事が了承されてしまった。いつきの家ではこの母親が一番の権力者なので、彼女がOKすれば全てが認められた事になるのだ。
そんな訳でこの謎の魔法生物は晴れて安西家の一員となった。
「べるの、貴方は本当にそれでいいの?もっと別に行く所とか」
「いや、行く宛なんて最初からなかったんだ。こうなったのは願ったり叶ったりだよ。それと僕の名前はヴェルノだから。"ヴェ"ね」
「あんたなんてべるので十分よ、本当に勝手なんだから」
強引に話が進んでしまった事でいつきはへそを曲げて、ヴェルノの意見を却下していた。
「さてさて、いつき、貴女勉強の方は大丈夫なの?もうすぐ中間テストがあるんだからしっか……」
「はいはーい!勉強してきまーす!」
母親の説教が始まる予感がしたので、うるさい話が始まる前にいつきは自室へと避難する。ヴェルノを連れて。
自室に戻ったいつきは椅子に座って大人しく教科書を広げ――たりはせずにヴェルノを目の前の机に座らせて話を始める。
「あーもう、どうしてこうなっちゃうのよ!言っとくけど私、貴方を飼うつもりなんて全然ないんですけど」
「でもお母さんは認めてくれたよ。お願い、ここにいさせてよ。僕に出来る事なら何でもするから」
「ん?今何でもって言ったよね?じゃあ何が出来るの?魔法生物って言うけど魔法が使えるとか?」
「そりゃ勿論使えるよ。あんまり大袈裟な事は出来ないけど……」
魔法を使えると聞いて、俄然いつきはヴェルノに興味を持った。何を隠そう実は彼女は魔法少女に憧れていたのだ。
その叶う事のない野望を今こそ叶えるチャンスが来たと、この時彼女はそう思った。そこでヴェルノに手を合わせてお願いをする。
「じゃあさ、じゃあさ!私を魔法少女にしてよ!出来る?」
「君を魔法少女にしたらここにおいてくれる?」
「勿論よ!」
ドヤ顔で鼻息荒く約束するいつき。その様子を見て何とかこの願いを叶えなくちゃとヴェルノは意気込んだ。
しかしそれからしばらくの間沈黙が続く。いくら待っていても何も起こらないこの状況に彼女の笑顔がピクピクとひくついていた。
そもそも願いを叶えるも何も彼は根本的な事を何も知らなかったのだ。
「ところで、魔法少女って何?」
ヴェルノのこの言葉にいつきはあっけにとられてしまった。自らを魔法生物と自称しながら、魔法少女の事を知らないだなんて有り得ない。
目の前のこの謎の生き物は本当に魔法を使える生き物なのだろうか?それとも魔法生物とは名ばかりのもっと別の何かだろうか?
いくら考えても答えが出る訳がない。顔を洗うその仕草は本当に可愛い猫そのものなんだけど翼があるし……。
でもただ知らないだけで、説明したらちゃんと願いを叶えてくれるかも知れないと思い直した彼女は簡単に魔法少女の説明をした。
「うーん……。簡単に言うと魔法を使える女の子だけど、それだけじゃダメなの。魔法を使う時だけ可愛い衣装にならないと」
「魔法ってどんな魔法を使いたいの?種類によって生活を便利にしたいとか人を助けたいとか強くなりたいとかまぁ色々あるけど」
魔法少女の説明をしたらヴェルノから細かいツッコミが入った。確かに魔法を使いたいならどんな魔法を使いたいかって事は重要だ。
まさかここでツッコミが来るとは思っていなかったいつきは、その言葉に対して素直に自分の欲望を口にする。
「使える魔法は何でもいいの。変身してみたいだけなんだから」
「ああ、つまり変身魔法を使いたいと。分かった。それでいいなら任せてよ」
この言葉に何となく納得したヴェルノは早速該当魔法を使う事をいつきに約束した。よっしゃ!交渉成立!
彼は早速両手を合わせて何やら呪文を唱え始める。その呪文は人の耳には聞こえないものらしく、沈黙の中でただヴェルノの口だけが動いている。
口は動いているのに何も聞こえない彼の姿を見て、いつきは音を消して動画を見ているような変な感覚を覚えていた。
「てぇ~い!」
最後にヴェルノはそう言いながら、野球選手がボールを投げるような仕草でいつきに触れた。
彼の肉球がいつきの腕にむにっと触れた瞬間、不思議な力が彼女の体を駆け巡った。
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