魔法少女いつき

にゃべ♪

魔法少女誕生

すべての始まり

第1話 ゴミ置き場での出会い

 新年度が始まってそれなりに新しい環境にも慣れ始めたGW明けの5月中旬。

 中学3年生の安西いつきはその日、部活やら委員会やらの仕事が押してひとりで下校している。帰り慣れた道だからと、彼女は多少空が暗くなったって特に何も怖くも感じる事なく普段通りにのんびりと帰っていた。


 実際、彼女はひとりで帰る事が多く、今日の事もそんな日々の中の1コマでしかない。誰かといないと淋しいとかそんな女子ではないのだ。だからトイレも普通にひとりで行くし、媚びない、群れない孤高系女子でもあった。

 別にいじめられている訳でも友達がいない訳でもない。ただ、そんな状況でも平気なだけ。


 そんな彼女がゴミ置き場を通り過ぎようとしたその時だった。普段なら何も気に留めていなかったその場所で彼女は何か動く塊を見つけた。


(まさか!)


 前日にゴミかと思って触ったら捨て猫だったとか、そう言う内容の記事をネットで読んでいた彼女はすぐにその塊を拾い上げる。

 色んな場所を放浪して汚れまくったその姿はぱっと見子猫のように見えた。


(ヤバイ!この子、かなり衰弱している)


 触った感じでこの子猫のようなものがすごく衰弱していると感じ取ったいつきは、その子を抱きしめて急いで家に帰った。

 家に帰った彼女はまず風呂場に直行してその子を洗う事にする。余りに汚れ過ぎてこの生き物の正体が分からなかったからだ。

 正体が分からないと対処のしようもない。お湯を洗面器に溜めてその小さな塊を丁寧に洗う。水を嫌がらないその様子から、彼女はもしかしたらこの生き物は猫ではないのかも?と思い始めていた。


 洗えば洗うほど汚れが洗面器に溢れ出してくる。何度もお湯を入れ直す内に本来の体の色が徐々に浮き上がって来た。

 汚れを綺麗に洗い流したその生き物は真っ白な体毛をしていた。白い体毛が真っ黒になるくらい汚れていたのだ。

 一体この生き物に何があったって言うんだろう。いつきは勝手にこの生き物の過去を想像して悲しい気持ちになっていた。


「親と離れ離れになっちゃったのかな?辛かったよね」


 その生き物に話しかけるいつき。勿論その生き物がこの話を理解出来るからそうした訳ではない。

 けれど次の瞬間、彼女は腰を抜かすほど驚く事になる。


「いや、こっちから抜け出して来たんですけど?」


 喋った!猫がシャベッタァァァァァ!

 この言葉を聞いたいつきは耳を疑った。喋る猫なんている訳がない。

 いや、喋るように鳴く猫はたまにネット動画で見かける事はあるけど。この猫みたいにはっきり自分の意志を発言出来る猫なんて聞いた事がない。って言うかつまりこの生き物は――猫じゃない!


「ねぇ……あの……」


 いつきはおそるおそるその猫っぽい生き物に話しかける。それはまるで取り扱い注意の薬品を扱うような慎重さだった。


「初めまして!僕はヴェルノ。魔法生物さ」


 そいつは今度こそハッキリと自己紹介をした。この喋る猫の正体は魔法生物だったのだ。いつきは彼の言葉を聞いて固まってしまう。


「洗ってくれて有難う。いや本当に助かったよ。あのままだったらきっと野垂れ死んでいたね!」


 自らを魔法生物と名乗るその謎の生き物は、ドヤ顔でいつきに助けてくれたお礼を言った。

 お礼を言われた方の彼女は頭が混乱して事態をまるで飲み込めていなかった。


「べ、べるの?」


「べるのじゃない、ヴェルノ!」


 どうやらヴェルノは自分の名前に拘りがある御様子。注意されたいつきの方はと言えば、そんな事はともかくとして、この喋る謎の生き物を今後どうしたら良いのかそればかりを考えていた。

 普通のペットならそのまま親を説得して飼う事も出来るだろうけど――目の前の生き物は普通じゃない。


 人語を解する生き物なんて、もしそれが存在する事が世間にバレたら世間の注目を浴びてしまう。テレビとかで話題になって最後は興味を持った謎の研究施設に実験生物として連れ去られ、いいように扱われてしまうんだ……。

 彼女はちょっと妄想が激しかった。


「ところで厚かましいお願いなんだけど聞いてくれるかい?」


 頭の中で思考がスパークしているいつきにヴェルノが話しかけて来た。

 ワンテンポ遅れて彼女が反応する。


「な、何?」


「何か食べ物を分けて欲しいんだ。魔法生物も空腹には耐えられない……」


「あ……うん。あ、あなたは何を食べるの?こっちの食べ物は大丈夫?」


 この彼女の質問にヴェルノはしばらく考えて、ろくろを回すようなジェスチャーをしながら答えた。


「そうだね、多分大丈夫だと思う。こっちに来て残飯しか食べてないけど、結構美味しかったし」


 その彼の言葉を聞いたいつきは胸が熱くなっていた。今までどのくらいの間放浪していたのか分からないけど、彼なりにすごく苦労したんだってこの言葉で分かったからだ。

 そう、この魔法生物の話を聞いて、またすぐに彼女の頭の中で謎のストーリーが展開していた。そしてボロボロと涙を流し始めた。


「わわっ!何泣いてるの?僕何かまずい事言っちゃった?」


 彼女の謎の行動に混乱したヴェルノは、手をあたふたさせながらいつきに質問する。


「うぅん、ごめん、癖なの。相手の事を色々と想像しちゃうんだ……」


「まさか君の中で僕はものすごい可哀想な設定だったり?」


「違うの?」


「いや、多分その想像はそんなに間違ってないと思う……実際に今すごくお腹を空かせているしね」


「あ、そうだった!ちゃんと身体を乾かしたら何か食べさせてあげるね!」


 いつきは綺麗に洗い終わったヴェルノをタオルで優しく拭いて身体を乾かした。汚れを綺麗サッパリ洗い流したヴェルノは毛並みの美しい白猫の姿をしていた。

 この世界の白猫と違うのは喋る事と背中に翼を持っていると言う事。探せば未だあるのかも知れない。

 昔見たアニメに似たような姿の生き物がいたなあ……。綺麗になったヴェルノを見ていつきはそう思っていた。


「特に何もないけど……」


 いつきは台所にあった食パン一枚をトースターで焼いて、ジャムを塗ってヴェルノに与える。彼は何も言わず、すぐに夢中になってそれを頬張った。

 生き物が食事をする姿と言うのは基本どんな生き物でも可愛らしい。ヴェルノは見た目がほぼ猫なのでそりゃもう可愛かった。

 両手で器用にコップに入れたミルクを飲む姿を見たら動物好きなら誰もがキュンとするに違いない。


「すごく美味しかったよ!有難う!えぇと……」


「あ、自己紹介がまだだったね!私はいつき。安西いつき」


 よく焼けた食パン1枚とコップ1杯のミルクをペロッと食べたヴェルノにいつきは改めて自己紹介をする。

 その時、そんな姿を眺めながら呆気にとられているひとつの影が彼女に近付いていた。


「あんた、何やってるの?」


 その声の主は……いつきの母親だった。いつもこの時間に仕事から帰る彼女は、この日も当然のようにこの時間に家に帰って来たのだ。

 母親の声に驚いたいつきは恐る恐る振り向いて彼女の姿を確認した後、意味もなく両手をデタラメに動かしながら口を動かした。


「おおお、お母さん?お帰りなさい!えぇとこれはあのそのえと……」


 突然の母親の登場にいつきはパニックになった。残念!言葉がうまく出て来ないぞ!

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