純粋ワンコのしつけ方

 閑静な住宅街の一角に、緑が溢れるオシャレなテラスが印象的なカフェがあった。


 雑誌に何度か取り上げられていることもあり普段はたくさんの女性客で賑わっているが、すっかり空も暗くなった今は扉に《CLOSE》のプレートがかかっている。


 お客だけでなくスタッフもいない静かな店内には、まだわずかに灯りが付いていた。



 ──カランカラン♪


 品の良い鈴の音が来客者を知らせる。


「スミマセンもう閉店で……あ、君か。もうそんな時間だったんだね」


 カウンターを拭いていたアオイの前に「こんばんは」と現れたのは学生服姿のリョウタだった。


 手には高校名と野球部の文字が書かれた大きなナイロン製のカバンを持っていて、部活が終わってから急いで来たのか額にはまだ汗がにじんでいる。


「ごめんね、呼び出したりして。遠かったでしょ?」


「自転車だとすぐだから大丈夫です!」


 まだ若干土で汚れた顔を綻ばせた様子は、小型犬がパタパタと尻尾を振っているようだ。

 店内をキョロキョロと見渡しながらも、本日ここに呼び出した理由を聞いてくる。


「ここじゃアレだから奥の休憩室にどうぞ」


 そう言って店の扉の鍵をかけ、店内の灯りを完全に消した。


 ・

 ・

 ・

『……こうなったら』


『こうなったら?』


『身体にわからせる』


『は?』


『身体にわからせる。』


『いや、聞こえてるけど。まさか暴力でってことでもなさそうだし、もしかしてソッチ系の話?』


『ヒナタがいながら別の女と並んで歩くなど許せる訳がないだろう。その好奇心とやらが度を超すとどうなるか思い知らせてやれ』


『思い知らせる、ねぇ……ってオレがやんの?!』


『最初にちょっと恐い思いをさせればいい。最終的にお前の腕次第で合意になる』


『いやいや強引すぎるでしょ』


『じゃあ、こう考えろ。お前が感じた将来はヒナタとアイツが付き合っていくことによって起こる可能性が高い。今の時点でそれを阻止するということはアイツにとっても将来の不幸を回避できる方法だとは思わないか? いやきっとそうに違いない。そうだこれは人助けだ。』


『今日はまぁ、いつもより良く喋るねー。無茶苦茶な中にも一理あると思うけどさぁ。そんな上手くいくかな』


『なんだ、お前の今までの女性経験はただ数をこなしただけの役立たずか?』


『……っ! そこまで言われちゃあね。男には全く興味ないんだけどなー。ま、大事な妹のために今回はオレが一肌脱いでみますかね』


『そうしてくれ』


『あ、でも万が一オレが惚れられたらどうすんの?』


『俺の知ったことではない』


『はいはい。絶対そう言うと思ってましたよ……』

 ・

 ・

 ・



「はい、オレンジジュースで良かったかな?」


「はい! どうもです」


 控え室にしては広めの部屋に、スタッフのロッカーと仮眠も取れるようにと大きめのソファ、パソコン等が置いてあった。


 ここに来てもまだキョロキョロとせわしなしなくソファに座るリョウタは、目の前のオレンジジュースに手を伸ばす。

 童顔もあいまって、その姿は実際の年齢よりもだいぶ幼く見えた。


「それで話ってなんですか?」


「ああ、うん。この間の、君が女の子と歩いてたことなんだけど。彼女とは友達で、付き合ってる訳じゃないんだね?」


「ハイっ。ボクにヒナタちゃんって彼女がいることは知ってるし、それでもいいからデートしよーって言われてイイよーって」


 まただ。

 浮気心については同性として判らなくもない。ただそれを恋人の兄に簡単に言えるほど、全く悪いことだと思っていない所に問題がある。


 きっとそれが悪いことだと諭したとしても「お兄さんも可愛い子にデートしたいって言われたらしませんか? 何が悪いの?」なんて言われこちらが言葉に詰まってしまうに違いない。


 これ以上は堂々巡りな気がしてつい重い溜め息が出る。


「ひとつ聞かせて。ヒナタとはなんで付き合ったの?」


「だって、ヒナタちゃん可愛いから」


「……そう。じゃあ、ヒナタより可愛い子から付き合って欲しいって言われたらその子と付き合うの?」


「うーん、どうだろ。付き合っちゃうかもしれないけど、ヒナタちゃんより可愛い女の子なんて見たことないしなぁ」


 やはりそういうことかと無償に悲しくなった。ヒナタの男運が悪かっただけ、と気持ちを割り切ることはできない。


 彼氏ができたと嬉しそうに話すヒナタの顔が浮かんで悲しみはじわりじわりと怒りに変わる。


 そんな怒りに気付く様子もなくリョウタはニコリと笑って楽しそうに続けた。


「あ、でも、お兄さんならアリかもしれません」


「……どういうこと?」


「お兄さん、ヒナタちゃんより可愛いから」



 無意識にした深呼吸が怒りに震えている。



「それはお得意の好奇心ってやつかな。今の君がヒナタに対してどんな酷いことをしてるか判ってる? 判ってないよね。兄貴の言う通りだよ、思い知らせてやらないといけないね」


 目頭を指で押さえつぶやくように吐いた怒りはあまりに小さく、リョウタも「え?」と聞き返した。


「君のオレへの興味、答えてあげるよ」


 リョウタがまた聞き返そうとするのも無視して乱暴にソファへと押しつけ少しぶかぶかのカッターシャツを勢いよくたくし上げる。


 さらに差し込んだ手を細い腰に這わせると、子犬のようだと思った大きな目は更に大きく見開いた。


 突然のことに怯えるリョウタに対し、ことさら妖しく微笑んだアオイは目を合わせたまま唇を塞いだ。


「なッ……ン!」


 さっきまで開ききっていた瞳がギュっと閉じられ、強ばった身体をくねらせながら全身で抵抗を見せる。


 息苦しさに眉を歪ませながら酸素を取り込もうとハッと息つぎしたところに、すかさず舌を差し込んでそれを許さない。


 小さな舌さえも怯えて隠れようとするが、さらに追いかけて弄んだ。


「ん、んン、は」


「ほら、ちゃんと目開けて。可愛いって言ってくれたオレの顔、よく見てよ」


 苦しさからなのか、恐怖からなのかはわからないがうっすらと開けた目には涙がにじんでいた。


「や、やめ……下さ」


「どうして? 君がオレならいいって言ってくれたんじゃない」


「それ……は」


「ヒナには内緒だよ? オレが、ここ触って君を気持ちよくさせてるって」


「ッあぁ!」


 経験したことのない激しいキスによって軽く勃ちあがりかけていた彼自身を、服の上からグッと強めにこすると背中が大きく仰け反った。


 素早くズボンと下着を取り去り、完全に勃ち上がったもの直に握り上下に扱く。


「ちょ、やだ……あぁッ!!」


「先の方をこうやってすると気持ちいいでしょ」


「はッあ……!」


 無意識に快感を分散させようと腰を浮かせるのを慌ててグッと押さえ込む。


 快感に慣れてない身体は限界が近いようだが、今にも爆発しそうな彼自身の根元をギュッと握りしめ射精できないようにする。

 リョウタの身体がいっそう強ばった。


 せき止めたままで小刻みに震える彼自身を何度かこすり上げ、舌先で胸の突起をぐりと舐めるとその度に小さな喘ぎとともに躯が跳ね上がった。


 アオイの執拗な責めによる大きすぎる快感はイケない身体にとって苦痛でしかない。


「も、許して……」


 懇願するような瞳からはポロポロと涙がこぼれている。さすがにこれ以上焦らすのは可哀想だろう。


 締めていた右手を少し強めに扱き、徐々にスピードを上げながらも左手でやわやわと袋を揉んでみると再びリョウタの腰が高く上がった。


「ッあ、もっ、と! こす、って……!」


「許さないけど、ちゃんとこすってあげるよ」


「ふ、あァァッ!!」




 ◆◇◆



「……リョウタ君に振られちゃったの」



 再びの宣言は、またも夕食時に唐突に訪れた。

 キョウスケとアオイは互いに顔を見合わせ理由を聞いてみる。


「わたしのこと好きか判らなくなったんだって……」


 さすがに妹の落ち込む姿には心が痛むが全ては他でもない大事な妹のため。


 アオイの必死の励ましにキョウスケの強力なアシストも加わり、元来前向きな性格のヒナタの表情にも光が射し始めた。


 2人の兄はホッと肩をなで下ろし、次こそ兄達も認めざるを得ないようなヒナタにふさわしい男性が現れることを切に願うのだった───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る