第7話 返礼
部室棟の階段を上がっていると、部室から女の子の軽い笑い声がする。これは朝比奈さんの声ではない。誰だろう。
ドアを開ける。
珍しく制服姿のままお茶を淹れている朝比奈さんと、ふわりと揺れたカーテンの影から無表情の長門が顔を見せた。俺にコンマ二秒くらい目を合わせると膝に乗せた美術系大型本のページを繰り始める。
次に団員ではない女子の背中と緩くウェーブした髪がかかる肩が見えた。
部屋に漂うこの香りは久しぶりのジャスミンティーのようだ。
入室した俺とハルヒに気がついて彼女はゆっくり頭を下げた。
俺はそれまで知らなかったが、彼女は
初めて部室に来たときは緊張していたが、いまはごく自然にしている。俺たちも幽霊騒ぎや犬の治療で何度か自宅にお
ハルヒは自席に向かいつつ言った。
「あれからジャン・ジャックの調子はどうなの?」
「とっても元気なの。これも長門さんのおかげね」
長門に聞こえているはずだがこちらを見ようともしない。
「あんなかわいい犬と暮らせるなんて、ほんとにうらやましいです。……はい、どうぞ」
朝比奈さんは犬っころを賞賛しつつ、俺の前に湯飲みを置いた。
たしかに、あのむくむくとした小さな犬っころ――ウェストハイランド・ナントカ・テリア――と戯れる朝比奈さんの姿は実に心なごむ光景だった。
広い緑の庭で優良血統犬と
俺は改めて阪中に言った。
「あのときもらったシュークリームを妹にやったら喜んでかぶりついてましたよ」
「あまり友達をお呼びすることがないので、母が張り切っちゃって」
「そこいらの洋菓子店で売ってるのより
ハルヒの言葉を受けた阪中はパッと顔をほころばせ、カバンに手をやって封筒を取り出し、ハルヒに渡した。
「実は、そのことで母から預かってきたんです」
「あ、これシュークリームのレシピじゃない?」
「凉宮さんが本当においしそうに食べてたので、もしよかったらって」
ハルヒは低めに見積もっても俺の二倍は食ってたな。
阪中の年の離れたお姉さんくらいにしか見えない母親は次から次とシュークリームを焼いて持ってきてくれたっけ。あれが食べられるならもう一度、ルソー氏が体調不良になってくれてもかまわないくらいだ。
俺も横からのぞきこむ。
俺が感想を口走るより先にハルヒが言った。
「ありがとう。阪中さん。これでこのあいだの対価はいただいたわ。十分すぎるくらい」
と、ハルヒは珍しく普通の挨拶を返した。
「ところで、古泉はどうしたんだ?」
ハルヒの茶碗におかわりを注いでいた朝比奈さんが顔を上げた。
「古泉くん、少し前にまたバイトだって言って帰っちゃいました」
「このところずっとだわ。キョン、古泉君が何のバイトしてんのか知らない? ブラックなバイトだったら雇用主にあたしが直々に殴り込んでやるわ」
じゃ、自分の顔でも殴ってろよ。古泉が忙しくなるのはお前のイライラが原因だろうが。
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