第8話 訪問者
女子連中とは、いつもの交差点で散開した。
ハルヒが次に何をやらかしそうなのか、俺なりの想定問を数人の脳内人格と戦わせつつ帰宅すると、玄関に見慣れない小さな女の子用の運動靴がある。妹のではない。誰だろう。
母親は夕飯の食材でも買いに行っているのか、台所には誰もいなかった。
二階への階段を上ると妹の声がした。俺の部屋からだ。勝手に入るなといつも言っているのに。
「あ、キョン君おかえりなさーい」
「お邪魔しています」
ゲームパッドを仲良く一つずつ手に持っていたのは、我が妹とミヨキチだった。
本名、
テレビの画面には、ついこのあいだ妹にせびられて購入する羽目になった少女錬金術師のゲーム画面が写っていて、その前に妹、ミヨキチそしてシャミセンの順にきちんと横一列に並んでいる。
白いハイネックのセーターに薄いピンクのカーディガン。落ち着いたチェックのプリーツスカートから膝小僧が覗いている。髪は以前より伸び、しばらく見ないうちにますます美貌に磨きがかかっていた。
それなのに全くそれに無自覚であるようだった。このオーラのような上質なラグジュアリー感はなんだ。
こういうタイプは実は苦手だ。しばらく見ないうちに、ミヨキチは俺の苦手なベクトルで急速進化していた。
「勝手にお部屋に入ってごめんなさい」
「いいんだよぉ、全然。ねっ、キョンくん?」
ミヨキチと比べて、おまえはほんとに子供っぽいな。言い方一つでも、現役中学生とリアル小学五年生、年の離れた姉妹という感じだ。
母親の所在を確認すると、
「ミヨキチが来てすぐ買い物にいっちゃった」
そういや、母親は妹にミヨキチが良い影響を与えるとか言っていた。たぶん夕飯を食べていかせるつもりなんだろう。
さて困った。妹一人ならともかく、客人とあっては追い出すわけにもいかない。
「あの、ご迷惑でしたら、わたし……」
「かまわないけど」
何という気遣いだ。ほんとに小学生かよ。まあ、これくらいだから成人指定スプラッター映画に俺とお出かけしても違和感はないわけだ。
シャミセンも妹に相対するときと違って、打って変わっておとなしい。ミヨキチがやさしく耳の後ろをなでてやると目を細めてじっと受け止めている。
俺と妹以上に上手にシャミセンを扱えるのは長門くらいだが、今日のシャミセンは完全にミヨキチの下僕と化していた。
「わたし、外にでてましょうか」
「別にいいよ。帰ってから着替えるから。あ、そういう意味じゃなくて、ぜんぜんここにいてもいいから」
俺はまだ制服姿のままだった。またしても気を遣ってくれたらしい。
「キョンくん、ミヨキチまたお願いあるんだってさ」
妹はニヘラと笑ったが、目はゲーム画面を見つめたままだ。
何か企んでいやがる。努めて平静をよそおった妹の態度で俺は直感した。妹とのつきあいも十年以上だ。これくらいはわかる。
俺はカバンをドアの横に置いて、ベッドに座り込んだ。
「また、映画にでも行くの?」
としたら、一年前の春休みのように無邪気なデートもどきはできない。
しいて言えば、決死のステルス・デートになるはずだ。
絶対にハルヒの耳に入れてはいけない。なにしろ、ミヨキチの件がハルヒに発覚したのは先月なんだし。
ハルヒと俺は、ミヨキチとの他愛のないデートもどきストーリーが書かれた紙をめぐって狭い部室で乱闘し、いつのまに習得したのかハルヒの放った柔道の内掛けで俺は床にたたきつけられた。
それはあいつの関心を強く引いたって証拠だし、おまけに文芸誌に載った以上、全校の知るところとなっているはずだ。
中学生と小学生なら、ほほ笑ましいデートごっこですむかも知れない。
が、あれから一年たって俺の周辺環境は様変わりしていて、そんなのどかな関係はもう遠い世界だ。
だからクラスの女子連中が、
“ねぇ、聞いた? キョン君ってまた小学生とデートしてるらしいよ”
“うわっ、ロリコン?”
“涼宮さん、知ってるのかなぁ”
俺の脳内劇場は勝手にかような情景を上演しやがり、みるみるうちにその後の展開が……あああ、やめろ、やめてくれ。
俺が冷や汗をかきつつ、脳内で警報を鳴らす別人格に哀願するのをよそに、ミヨキチはちょっとためらいがちに言った。
「こんど隣町でライブがあるんですけど」
「それの同伴?」
「父兄同伴じゃないと小学生は駄目なんです」
「なんのライブなんだ?」
妹がゲームパッドを投げ出して、待ってましたとばかりにあいだに入って説明するところによると、とある地方アイドル・ユニットのライブらしい。俺も聞いたことがあるようなないような、聞けばああそうか、と解る程度だった。
妹も行きたいがどちらの親も都合がつかず、ということなのだろう。
「女子ユニットなんですけど、私の知っている人がメンバーなんです。それに衣装も歌もとっても素敵で」
どうも気が進まない。この二人、特にミヨキチの同伴でどこかに行くのは抵抗があるというか、北高の女子に見られたら俺の評判はよく言って地に落ち、悪くすると犯罪者だ。
俺の判断が否定側に傾きかけているのを感じたのか、妹がゲームパッドを投げ出して、俺とミヨキチのあいだにぐいぐいと入ってきた。シャミセンまでが一緒に俺を見つめている。
「キョン君、つれてってよぉ」
「ごめんなさい。無理なお願いで」
ミヨキチが心からすまなそうに頭を下げた。ちょっと悲しそうに見え……う、だめだ。
三年分の
「会場には同年齢の子しかこないんだろ」
「そうなんですけど、大きなお友達というか、怖い人もくるんです」
ミヨキチは上品な眉をかすかにひそめた。
これで謎が解けた。
カメラを持って追っかけする大人の連中だな。そんなキモオタの群れに妹とミヨキチ二人ってのは、さすがに駄目だろう。特にミヨキチはかなり目を引くし。そういった連中の毒牙にかからないとも限らない。
俺の同行で母親も認めてくれる話になっているらしく、なんとなくミヨキチと妹の企みにはまったような気がした。もうすぐ小学六年生だし、それぐらいの知恵は回るんだろう。
聞けばそのライブは今週の日曜だった。
SOS団のイベント予定は特にないし、なんとか時間はとれるかもしれない。
「じゃあ、今度つれてってあげるけど。その代わりちゃんと指示に従う約束な」
「ありがとうございます!」
またしても、ミヨキチはまっすぐな姿勢から深々とお辞儀し、そこへ飛びついた妹とうれしそうにハイタッチした。
……どう見ても年の離れた姉妹だろ。これ。
喜ぶ姿を見ている内に名案がふっとひらめいた。
そうだ。どのみち人手は足りないしアイデアも浮かばない。人の頭は多いほどいいって言うし。
「かわりに頼みがあるんだが」
俺の思いつきに二人は
しばらく俺も一緒になってゲームをやったりしているうちに母親が帰ってきた。
妹と母親がしきりに夕食に誘ったのだが、ミヨキチは固辞して、玄関でうれしそうに俺に礼を言ってから、去って行った。
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