第5話 深夜の依頼

 年度末の短縮授業のこととて宿題は出る。

 ゆえに晩飯のあとすぐ横になるのは、かなりの危険フラグなのだが、いつものことだ。

 俺の思考が次第に潜在意識の海に呑まれようとしたその刹那せつな、胸ポケットの携帯が震え出した。朝比奈さん……俺、覚醒かくせい

『キョン君、夜遅くごめんなさい』

 いえ、朝比奈さんからの電話ならいつでも喜んでだ。

『あ、あのう……、今日のあれ、お芝居ですよね?』

「あれって何でしたっけ。団内随一ずいいちの役者といえば古泉じゃないですか」

『ほんとに、ほんとにわからないんですか?』

「ええ」

『キョン君、先月のこと覚えてない?』

 先月はあまりにもめまぐるしく、数多の事象が錯綜さくそうしていたため思い出せな……いや、忘れるはずがない。

 いろいろあったが中でも最悪なのがクソ寒い雨の中を震えながらクソスコップを持って鶴屋山のあっちこっちをハルヒの指示通りに掘り起こしてまわり、でっかいひょうたん型の石を――。

「ああっ!」

 思わず変な声が出た。まさかあれじゃあるまいな。

 朝比奈さんが小さく吐息を漏らした。

『もう、キョン君ったら。来週、ホワイトデーですよ? バレンタインのお返しを忘れたらきっと涼宮さん怒ると思うの。だから、忘れないでね。……い、いえ、あたしはどうでもいいの。涼宮さんにだけはちゃんとお返しをしてください。どうかお願い』

 俺は朝比奈さんの頼みをこれまで断ったことなどあるだろうか。

 一緒に時空をけ巡ったこの俺がチョコのお返し程度でビビっていいはずがない。俺は不安そうな朝比奈さんに確約してから、携帯を切った。



 先月、ハルヒのたくらみにはまって、俺は心ならずもチョコを受け取ってしまったのだ。ハルヒから何かを受け取る、すなわち問題のたねである。

 この日本独自の奇っ怪なる風習。しかも製菓業界でも元祖と本家が血みどろの抗争を続けているとかいないとか。ほんとどうでもいい。

 だが、あのときハルヒは三十倍の返礼を要求しやがった。その上で、くれるんならほかの惑星にだって取りにいってやると宣言し、電子ビームを放つ一歩手前のハルヒの瞳は大マジだった。

 ハルヒは自分の望みは必ず実現させる女だったから、人類初の惑星ロケットの乗員か、あるいは火星へのファースト・ジョウンターがハルヒということになりかねん。

 俺はその水先案内人になるつもりもないから、もっと穏便なところで渡すつもりではある。もうこうなったら直接手渡し、あるいは投げ与えてもいいだろう。時間も全然ないし。ほんとはどうでもいいのだが、約束は約束だ。


 しかし、俺は思うのだ。

 ハルヒが真剣に探すってんだったら、一度くらいキリキリ舞いさせてやりたい。

 この一年間、俺ときたら市内はおろかここ数年の時空間を駆け巡っているはずだ。はず、というのは俺の主観的な時系列は去年の夏以降、ところどころ途切れたり、ダブルループを描いているせいだ。

 ま、俺と同じくらいとまでは言わないが、たまにはハルヒも東奔西走ぐらいすべきだろう。

 そんな散漫なあれこれが勝手に脳裏に去来し、ベッドの上で二転三転しているうちに、デジタル目覚ましの数値がいつもより早く進んでいく。

 これではいかんと眠る決意で大きく寝返りを打った瞬間、ベッドに潜り込んでいたシャミセンから強烈な猫パンチをくらった。

 こいつにはご主人様をうやまう気持ちはないのか、とか考えているうちに意識はかすんでいった。


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