第7話「心の距離①」

「ん?」


 目が覚めると、夾也の視界がぼやけていた。夾也は目をこすると、拭った部分が濡れていることに気付いた。

 そして気付く。


「涙……ああ、そうかまたあの夢を見たんだ……でも」


 夾也の脳裏にふと夢の光景が思い出される。あの事件の夢は騎士学校に入学してから毎日見ていたのだが、今日のはいつもと違いよりリアルだった。

 そしてその夢で夾也は、モヤがかかって思い出せない兄貴の最後の言葉にやっと届きそうだった。でも届かなかった。


「あと少しで……くそっ」


 天井の壁を眺めながら、そのまま布団を叩いた。

 これもすべて心がまだどこかで記憶に鍵をかけているからなのか。試しの儀でトラウマを克服できたように思えたが、あれではまだダメなのか……。

 夾也は自分の心の弱さにイライラがつのる。


 なにげなく時計を見る。


「1時半か、昨日は遅くまで宿題をしていたとは言え、寝すぎたな。今日は休みの日だし、なにもないは……ず? ――まずい」


 夾也は布団を跳ね除けた。


 そして昼下がりの一番暑い時間、夾也は駅に急いで向かっていた。


「俺から誘っといて、遅刻とか最低じゃねーか」


 夾也は息を切らしながらも待ち合わせ場所に向かって走り続ける。

 待ち合わせ場所に夾也が着いたのは、約束の時間を15分ぐらい過ぎてからだった。

 遅刻の連絡を入れようとも思ったが、慌てて家を飛び出したせいでその携帯すら忘れてそれも叶わなかった。

 駅前で夾也はすぐに棗の後ろ姿を見つける。


「棗すまん、少し遅れ……」


 息を切らしながら声をかけると、棗はすぐに振り向く。


「えっ……」


 夾也はその棗の姿に一瞬目を奪われ、生唾を飲んだ。

 オシャレな服にミニスカートで大胆に露出した足、普段の凛々しい制服の姿や、幼少期の男っぽい服装の時とは全然違っていた。

 もしここで棗に初めて会った人がいたのなら、彼女が名門東京騎士学校新入生第一位で、奇跡とまで言われる光の次元刀の召喚に成功した者だとは誰も思わないだろう。

 今夾也の目に映る彼女の姿は、普通の学校に通いオシャレが好きな女子校生となんら変わりがないからだ。


「遅いじゃない、お礼をされる側の私が待たされるってどういうこと」

「それは本当にごめん! でも棗こそ、その服装はどうしたんだよ?」

「なにって、私がこんな格好したら似合ってないっていうの?」

「別にそういうわけじゃ……」

「じゃあなに?」


 棗の幼少期の男っぽい服装は、今考えると棗の親父の趣味だったような気がしてきた。今は一人暮らしで自分の好きな服を着ているのだろう。

 とかなんとか考えていると夾也はなんて言ったらいいかわからなくなり、最初に見て思ったことはそのまま口にだした。


「いや、すごく似合ってると思うよ」


 夾也がそう言うと棗はすぐに後ろを向いた。そして小さくつぶやく。


「急に……そんなこと言わないでよ」


 少し照れたように小さな声で呟いた棗の声は、いつものはきはきとした声とはあまりにも違いすぎ夾也には届かない。


「え、なんだって?」

「なんでもないわよ。あと寝癖ついてるわよ」

「あ、急いで出てきたから、直す暇がなかったんだよ」

「ほんと……昔と変わらないわね。ちょっと動かないで、今直してあげるから」


 棗が背伸びして夾也の髪に触れる。

 昔は棗の方が少し身長が高かったのに、いつのまにか逆転していたことに夾也はこの時初めて気付いた。

 それにいい匂いがした、懐かしい匂い。


「お昼過ぎなのに寝癖がついてるって、一体どんな生活してるのよ」とぶつくさ文句を言いながらもなお、棗は俺の髪を真っ直ぐにしようと髪をつまんでいる。


 忘れていたが、そういえば昔もこうやってよく髪を棗に直してもらっていたことを夾也は思い出した。

 同時に、昔とは違い少しドキドキした。

 この感情の正体をまだ夾也は知らない。


「……」

「急に黙らないでよ……ほら直ったわ。ほら早く案内しなさいよ」

「……おう、そうだな! あそこのアイスの店、15時を過ぎるととたんに混むらしいし」

「最近出来たばかりなのにやけに詳しいわね」

「情報を制す者が勝てるからな」

「なにそれ」


 棗は苦笑した。そんな風に、棗と夾也はたわいない会話をしながらオープンしたばかりのアイス屋に向かう。

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