逃げる→燃えた命が如く

 奥に進むにつれて、薄い霧が周囲を覆い始めた。相変わらず細い一本道だが、天井は高くなっている様だ。


 「カラフルって感じだな」


 我ながら意味不明の感想だった。しかし、色とりどりの魔石はカラフルって感じなのだから、あながち間違いとは言えない。

 手頃な魔石を拾い歩いていると、道幅も広くなって来たし、休憩をするならこの辺りにしておこう。ひのき棒に向けて声を発した。


 「【潤化スリープ】」


 渇いた喉に水を与えたのだ。

 俺もよく分からないのだが、このひのき棒は持ち主の命令を受けて、物質を転送してくる的な力があるらしい。メレディスの話によると、今喉を潤した水や、ウサギを焼いた血液もどこかから転送されているんだとか。

 実際にその場面を見た訳ではないから、はなはだ疑問ではあるけどな。あんましグロいことは考えたくないので、無心を心がけて使用している。


 「あと一時間か……」


 血まみれになった腕時計を見ると、意外にも時間の進みは遅かった。

 もちろん、幼いメレディスを待たせる訳にはいかないので、ダンジョンに居られるのはあと30分って所だろう。


 「グェェ……」

 「うわ……またかよ………」


 頬を軽く叩き、休憩を終えたところで、本日二度目となる変な声がした。


 「ウサギよりキモい声してんな」


 わざと響く様に言うと、を聞いたそいつは跳ねて来た。

 茶色い体に、一本の黒い筋。白い腹を隠す様に出た前足とは対照的な、太く屈強な後ろ脚。横長の光彩をちらつかせてこちらを睨んだそいつは、


 「ゲコォ」

 「ぷっ」


 カエルだった。

 でかいカエルだった。

 ――って、ただのウシガエルじゃねえかよ!?


 「ゲコォ」

 「こ、こいつ……」


 しかも、ちょっと可愛いヤツだったっていう!!


 「ゲッコォ………」


 ウサギは少しばかりはでかくなっていたが、元々でかいウシガエルはそのままだった。すなわち、体長は20センチ程度。手のひらサイズだ。


 「いや、ちょっと待て……」


 ウシガエルの方が奥にいたってことは、こいつ本当は強いんじゃないか? だってさ、よく考えてみろよ。

 ……フ○ーザ様の最終形態はショボかっただろ?

 

 「くっ………」


 瞬時に防御体勢に入る俺。記憶は消されたが、残っている知識をソースにすると、ウシガエルの目元には毒線があるのだ。生き残りたければ、こいつから身を守るしかないのだと、本能が察していた。


 「ゲロッ、ゲコォ」

 「…………………」


 むしゃむしゃと、怪しげな葉っぱをついばんでいる。攻撃はまだかと待ち構えていたが――


 「ゲコッ!」

 「お、おい! 大丈夫か?」


 喉詰まらしてんじゃねえか!? ったく……。

 ビビって損したぜ。まあ、普通に考えればそうだよな。

 唯一恐れていたものがなくなり、カエルにひのき棒の先を向ける。


 「【落とし穴アン・ホール】」


 ザコの始末が終了した。


 「さて、そろそろ帰る――ってうお!?」

 「ケロリ……!」


 肩に乗ってる!? 帰ろうとしてたのに、ひのき棒の誤作動か?

 って、決まった台詞でもねえし、んな訳ないよな。じゃあカエル自ら落とし穴を登ったんだ、うん。当たり前だけど。


 「もう帰るぞ? お前も来んなら話は別だけどな」


 通じる筈もないと分かっていながら、このキモ可愛さは反則だと思う。つい話しかけてしまったがその折、ウシガエルから敵意を感じないことに気がついた。


 「そんな見んなし……まあ」


 ほっとけば勝手に降りるか襲って来るだろうし、今くらいは許してやろうじゃねえか。メレディスが嫌がらない事を願おう。

 自分の中で言い訳を作りながら、来た道を引き返そうとした、その時。


 「―――ッ!?」


 猛烈な嫌悪感を察知して、後ろを振り返る。声なんかじゃない。

 を感じてしまったのだ。


 「カエル――掴まってろよ」


 まだ時間はある筈だ。距離が遠くて助かったとばかりに、俺は動いた。

 震えた脚を引き摺って。出口まで。

 

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