カエル→あのデカいヤツ

 「はあっ、はあっ………くっ」


 姿形すがたかたちすら見れなかった。後ろを振り返ることなく、怪我の残る左腕を庇いながら、やっとの思いでダンジョンを抜けたところだ。


 「ゲロッ」

 「ああお前……はぁ………まだいたのか」


 途切れつつも、窮地を逃げ切ったカエルの声に言葉を返す。こいつは、消し飛びそうな意識から何度も俺を助けてくれた。もはやソウルメイトである。

 いや、かなり重いけど。


 「ここまでは追って来ないよな」


 ダンジョンの外まで魔物が来るなんて、あり得ないだろう。やったおぼえはないのだが、『ゲーム』というサブカルチャーの概念が俺にそう告げている。

 ここまで振ったんだし、そろそろ来るだろうと思っていたが――


 「来ないじゃねえか!?」

 「ケロッ!?」


 このカエルといい、謎の怪物といいよォ! この世界にはお決まりが存在せんのか!? ルール位守れよ!!


 「守りゅにょはそにゃたじゃ!」

 「あ痛い!?」


 顔だけダンジョンの入り口を向けた格好だったのもあり、前方からの襲撃をもろに喰らう俺。恐怖から解き放たれた訳じゃないから、まじでビビった……。

 まあ、異世界初の衝撃は、チートレベルの読心術と、カエル語より恥ずかしい(作者的な何かが)噛み噛みな台詞を聞いたその瞬間に吹き飛んだのだが。


 「血塗れのお手てを近付けりゅな! 早く返りゅぞ、説教はそれかりゃじゃ。……そのカエルも連れて来るんじゃぞ」


 カエルの頭をなでなで、頬を染めてから歩き出すメレディス。

 すげぇ……女の子のくせに、観点おかしいんじゃねえの?


 「何か? 鍵もない家に幼女を置き去りにした挙げ句、犯罪件数の増える午後六時まで継続的に放置し、でっかいカエルを頭に乗せたまま血塗れでダンジョンの入り口を見つめデュフデュフしてた不審者殿どのよ」

 「滅相もないッス、自分、メレディス様にお仕えするッス」


 家にカエル――もとい帰るまでは滑舌の良いメレディスであった。さむっ。


□■□■□■


 俺のギャグセンスを存分に披露している最中、メレディスはずっとグチグチ言っていた。もちろん、俺に聞こえる声で。


 「我にひとこと言ってくれりゃのぉ、ちょっとしたしゃぽーとサポート位は出来たにょに。カナタは馬鹿じゃな、もう一度死ぬか?」


 訂正。グチグチじゃなくてガツガツだった。申し訳ない。


 「にゃあ!? 誰がガツガツじゃとっ!?」

 「お前は猫かっ!」

 「ゲロロッ」

 「いやあんたじゃねえから!?」


 こういう時、メレディスの能力は面倒だよな。

 ってか、このカエルもノリ良すぎだろ……。


 「それにしても、収穫があった様じゃにゃ」

 「ん? ああ、まあな」


 短い髪を揺らしながら、思ってもいない事を言い当てた。


 「そにょ血の臭い、ジャッカ・ロープじゃろう」

 「チャッカ………何?」

 「我より少し小さいウサギがおったりょ? あのウサギの名じゃ」


 へぇー。

 まだなめされていないウサギの革は温かく、メレディスはそれをもふもふしていた。俺に寄り添う形で、だ。それだけ見ると年の離れた兄妹に見えなくもなかったが、兄の頭にカエルが乗ってるんだよな。


 「のう、この毛皮何に使うにょじゃ?」

 「そうだな――」


 俺の思考を無視したメレディスが、右手でもふもふしながら問いかけてきた。換金出来るんだったらしたいのは山々なんだけどな、


 「洗って使おうぜ、三枚あれば足りるだろ?」

 「なっ、なにに使うにょじゃ?」


 ばっか、分かってるくせによ。

 ベタつく頬を掻き、照れくささを紛らわすと、メレディスは俺の正面に回った。恐らく読めているのだろう。


 「その……すまなかった」


 俺が謝ろうとしたことさえも。しかし、幾度となく感じた不甲斐なさも、今回ばかりは目標となった。

 この3日間、食いつなぐだけで精一杯だったのにも関わらず、メレディスは笑っていた。年頃の女の子なのに、汗だくで帰って来る俺を跳ねながら迎えてくれたし、一枚しかない毛布もシェアしてくれたのだ。

 こいつはもう、恩返ししなくちゃいけねえ段階だよな。

 口にせずとも伝わる、そんな感謝と共に、心から頭を下げる。


 「勝手にダンジョン行ったり――頼りなかったり。その……俺、頑張るから。頑張って、メレディスに貰った借りを全部返したい」

 「……ん」


 メレディスにしては珍しい、一文字の返事。


 「…………ん」


 頭を下げたままで分からないのだが、何かしているのだろうか。


 「………………ん!」


 もう『ん』に込められた意味が分からなくなってきた。

 ……許してくれたのかな?

 そう思いつつ、頭を上げると――


 「あいたっ!!」

 「プクク、ひっかかったにゃ」


 フルオートチョップだと!? ちなみに、フルオートチョップとは

 『あっ、そこの消しゴム取ってくれる?』

 『えっつ……どこにあんだ――って痛い!!』

 のことである。頭の上に手をかざしてな、学生のノリだぜ。

 まあ、冷静に解説している場合じゃないよなァ!


 「反省より先に、誠意を見せりゅのじゃな」

 「そうだけどよ……このシーンでやるか?」


 自分で言うのもアレだが、かなり反省していたのだ。なんと言うか、固めた覚悟が揺るいだ感じがした。


 「我の力も面倒じゃのう……まあよい、謝る必要もにゃいんじゃし」


 真っ直ぐな前髪をいじりながら、照れた様子でそっぽを向いた。こんなんも読まれてるんだったと今さらながらに気付いたのだが、そこら辺はもう、諦めるしかないだろう。いわゆる開き直りってヤツだ。


 「そにゃたは、我のためにダンジョンに潜ったのじゃりょう?」

 「いいや、俺のためだ。俺がしたかっただけ」

 「それが我のためと成りうるんじゃにゃ」


 なんだか悟りを開いてるみたいだな、噛みディス。


 「確かに噛むが……我が名はメレディスじゃ」

 「ここで噛むのがお決まりじゃねえの?」


 そこでやっと、二人の間に苦笑が生まれる。

 頭の上を加算するなら、鳴いてるヤツが一匹いるんだけど。


 「クク、生意気な揚げ足取りじゃ」

 「そっちこそ、老けた幼女だな」

 「………帰りゅか」

 「おう」


 9才の女神、メレディス・ヴァン・ビューレン。傲慢な語り口から飛び出る理不尽な命令の数々がウザめな、嘘つきのクソガキのことだ。

 本当は弱くて、脆いくせに。虚勢とちっさい胸を張って生きている。ゴミの様な人間のために生きている。ゴミみたいな俺のためにな。

 でも、優しさばっかが優しさな訳じゃないと思うんだ。考えてる自分でも意味分かんねえけど、なんとなくで察して欲しい。こいつはイチイチ―――


 「――なたぁ」

 「……んだよ」


 弱々しい声が耳を掠めた。無論、のだ。


 「だっこ」

 「お、おう」


 メレディスらしくないけど……そういうことだろう。


 「はやくして」

 「イメージ壊れてんぞ――っと」


 背中を向けて、おんぶする。……って言うか、ナニコレ?


 「クク、しょぼい背中じゃのぅ」

 「うっせ~よ。何だってんだし」


 ロから始まる性癖は持ち合わせていないので、板もといいたを押し付けられてもムラムラしない。可愛いからクラクラはするけど、それは子どもに向けた感情の筈だ。父親気分。俺吹けてる。


 「さきは、カナタの心を読み損ねた」

 「……そうか」

 「読み損ねた上で、身勝手な話をしておこう」

 「分かった」


締め付ける腕は力を増して、逃げ場と余裕をを剥奪はくだつしていく。俺の立つ足場が、最上の逃げ場とも知らずに。


 「カナタのために動く等――人間の利益を重んじた行為はしておりゃぬ。これからも、神である我に尽くすにょが人間おにゅしの役目だと思っておりゅし、いざとなったら己を優先しゅるつもりじゃ」


 とか言いながら幼女が号泣イン背中してたら、どうする?

 俺は、笑う。幼女の泣き顔を仰ぎながらに爆笑するぜ。


 「くはっ! お前らしいな!!」

 「にゃ、にゃにが可笑しい!?」

 「いやぁ、だってよォ……俺と同じ事考えてんだもん」


  エスパーかってのな! こいつはすげぇ。


 「俺もメレディスのためとか、考えた事なかったぜ」


 今日になって初めてそう思えたんだけどな。

 涙をふきふき、メレディスは意外そうな顔をした。ふきふきが似合う女の子ランキングだったら世界狙えそう。異世界イチのふきふきクイーン。


 「いやさ、今日のアレはメレディスのためだけど。それまでは自分で手一杯だったし、なんかごめんな」

 「えっ……? ん、まあ、ふぅん………ってにゃるかぁっ!!」


  バシッ! おっぱいで背中を叩く音!?


 「カナタのひのき棒じゃ!!」

 「そうか、俺はてっきりまな板で、」

 「転送呪文――黙示録の業火メギド・フレイム

 「まだまだ発展途上やね――って熱!?」


 頭の上から火を垂らしやがった、このガキ!

 

 「我は発展途上にゃのは、カナタのせいじゃ」

 「……そうだな」


 クールダウンの速度が異常なお嬢。ちなみに、次の言葉も予想出来てる。

 即答でいこう。心を読んだ気分にでもなって。 


 「だから、ちゃんと面倒を見にゃさい」

 「俺の方も頼む」

 「ここでも他力本願か」

 「噛むの忘れてるぞ」


 この後、しばし続いた帰り道を有用し、旅の話で盛り上がった。

 静かにしてた良いこガエルと一緒に。

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