ロリコン、死すべし!

岡村 としあき

現れた脅威

 ロリコンが現れた。


 その一言で、会議室に居合わせた閣僚たちの顔がこわばった。ある者は狼狽し、またある者は神に祈るように突っ伏した。まだ昼間だというのに薄暗い室内には、彼らの絶望で陰鬱とした空気が漂っている。


「ついに現れたか……」


 だが、その中で唯一気丈に振る舞う者がいた。時の内閣総理大臣、永井流星である。


「5年ぶり、ですな」


 永井の傍らで内閣官房参与、島田一鉄がモニターに映し出されたバケモノを見てそう言った。


「ああ。奴らと戦うのは、日本国に与えられた試練の1つだよ。この時のために我々は入念な準備をしてきた。備えは万全だ」


 モニターの中には瓦礫となった東京の街。さらには、4メートルほどの人型をした黒い影が血だまりの中で佇んでいる。その黒い影が銃弾のシャワーを浴びるも、まったくの無傷だった。


「税金のムダ使いだな。銃弾一発一発が国民の血と汗でできているというのに。総理、どうされます?」


 島田は皮肉っぽく笑うと、永井を見た。


「奴らに対して通常兵器では歯が立たんよ。答えはすでに出ている。……ARSTに連絡。秋葉原周辺を封鎖後、ただちに目標を駆逐。貴官らの存在が税金の無駄にならないことを祈っている、と伝えてくれ」


 時は、幼女禁止法時代。


 ロリやショタに関するサブカルチャーが完全に根絶された時代。


 アニメやゲームに登場するヒロインは、すべて爆乳姉系ヒロインに置き換えられ、登場人物の年齢は最低でも18歳が当たり前になった時代。ロリババアという抜け道も絶たれた昨今、ヒロインの平均身長も160センチメートルを平均とする旨の法律が施行され、つるぺた幼女や妹系ヒロインは過去の遺物となった。


 それでも人々の間では、アンダーグラウンドで幼女系ヒロインの同人誌が高額で取引されていた。闇の世界の大きな収入源となっているという、大きな社会問題に発展。サイト上に漏えいした闇商人の顧客リストの中には、大物政治家の名前もあったという。


 警察による大幅な取り締まりを行ったにも関わらず、それでも幼女系ヒロインは二次元世界から姿を消すことはなかった。むしろ、そういった締め付けが新たな災いを巻き起こしたのだ。


 それが、呂利魂ろりこんという未知の精神生命体の発生である。


 人々の欲望が具現化された怪物という説が濃厚であるが、依然その正体については学者間で意見が分かれている。ただ1つ確かなのは、人を襲う。とりわけ10代の少女を。ということだ。


 なにより脅威であるのが、呂利魂には現行兵器では傷をつけることができない。銃弾をはじめとした近代兵器の類では、精神生命体である彼らにダメージを与えることができないからだ。


 そこで提案されたのが、対呂利魂用兵装と、それらを扱うエリート集団。対呂利魂殲滅部隊――通称、ARST。ANTI-RORIKON-SPECIAL-TEAMである。


 これは、幼女禁止法時代に現れた欲望の化身と戦う少女たちの物語である。



 *****



 好実洋司は自分の名前が大嫌いだった。ひらがなで書けばそれはすぐにわかる。このみようじ。英語圏ならヨウジコノミ。つまり、幼児好みとなってしまう。


 幼いころからさんざんいじられまくってきた洋司は、自分が幼児好きの変態でないことを証明するために、このARSTに志願したも同然なのだ。


「呂利魂は一匹残さず駆逐してやる! いいか、それが俺たちの使命だ!!」


 洋司は隊員に振り返ると、そう宣言した。


 瓦礫になった秋葉の街には普段の明るさはなく、陰鬱とした空気に満ちている。精神生命体である呂利魂にとっては、かっこうの餌場だ。今この日本でもっとも危険な場所といえるだろう。


「へーい」


「もっち!」


「……うざ」


 そんな危険な場所に立っている3人の少女は、気の抜けた返事を洋司に返した。とても日本国民の血税で飯を食っているようには見えない。まだ10代後半の彼女らに、社会のなんたるかを日本男児として教えてやらねば。と、洋司は意気込んだ。


「お前ら、やる気あるのか!? 漆原!」


「いや聞いてますって、ほんと。隊長の話、マジ神っす。ぱねえっす。イケボっす」


 隊員の1人、漆原なのかはヘッドフォンを付けたままスマホで乙女ゲーをしていた。なのかは長いロングヘアの黒髪をいじりながらイケメンのボイスに聞き惚れていた。


「樹田! お前はこの状況をどう見る!?」


「もっち! 余裕っしょ! バーンといって、しゅぱぱーんで最後にズボっで!」


 樹田みなみは140センチメートルの小さな体に引っ付いた金髪ツインテールを揺らし、ピースサインをすると笑顔でそう言った。


「朝香! 日々の訓練を思い出せ! お前ならばやれる! 俺たちの存在が税金のムダ使いではないと、世間様に証明するいいチャンスなのだ!」


「ああん!? やれるに決まってんだろが、ヴォケ。つか、まず先にお前をやってやろうか?」


 朝香凛は、メガネの奥に狂気的な光を宿し、文学少女ぜんとした三つ編みを振り乱しながら、隊長である洋司のむなぐらをつかんだ。


「ぐぼ!? 何をする、朝香! 俺は隊長だぞ! 日本男児だぞ! お前たちの上司だぞ!」


「凛ちゃん、ストップストップ! そりゃ上から目線にむかつくこともあるだろうけどさ。ここは大人の対応でしゅぱっと切り抜けようよ!」


 みなみが止めに入ろうとしたが、巻き添えを食らうのをためらい、少し離れたところでなだめることにした。


「うるせー! 下の毛も生えてないようなぼくちゃんに、ナメられてたまるかってんだ!」


 一応、洋司も今年16歳。童顔で身長も160センチメートルと小柄だが、一応男子である。が、声も高く同年代の部下にあまり敬われてはいないのが、大きな悩みであった。


「だ、誰がぼくちゃんだ!!」


 好実洋司は幼女禁止法以前の時代でいうところの、ショタであった。さらに隊員の少女たちも、幼女禁止法以前の時代でいうところの、ロリであった。


「女みてーな顔しやがって、むかつくんだよ!!」


 酸素の供給が追い付かなくなり、洋司の顔はだんだんと青ざめていく。


 さすがにこれはまずいと思い、みなみはなのかに助けを求めることにした。


「ねー、なのかちゃん! 洋司くんがぎゅーってなって! 天国へビューンかもしれないの! 止めるの手伝ってよ!!」


「んー? 今キスシーンでいいとこなんだからさあ。もうちょっと妄想に浸らせてよー。うほ! やっべー。マメ様の声やっべー」


 なのかはイケメンボイスに夢中で、みなみをしっしと追い払った。


「もー! ん。キスシーン? あ、そっか! ブチュウでごっつんしちゃえばいいんだ!」


 みなみの頭上で豆電球が光ったように、何かがひらめいた。


「洋司くんも凛ちゃんも、仲良し仲良し。さ、仲直りのキッス!」


 みなみは洋司の後頭部と凛の後頭部を左右の手でわしづかみにすると、強引に顔面をごつんと激突させる。


「ふが!?」


 二人は互いのファーストキスの相手が職場の上司と部下であることを悟ると、顔を真っ赤にして反対方向を向いた。


「み~な~み~! てめえ! 殺すぞヴォケ!!」


 ラッキースケベでもうかったと喜ぶ洋司に対して、凛は明確な殺意を胸にみなみを睨み付けた。


「あ、ははは。これで2人の恋愛が始まったりして~。そんで2人はフォーリンラブ! みたいな?」


「始まるよ、恋愛ストーリーじゃなくて、あたしの復讐劇がな!」


「まて、朝香! 敵は樹田じゃない、お前の後ろだ! 総員、戦闘配置!」


 洋司は凛の背後に迫る黒い影を察知し、そう言った。


 戦闘配置。その単語を耳にしたとたん、なのかはスマホからヘッドフォンを抜き取り真顔になった。みなみもまた、赤いランドセルを背負い直して真顔になる。凛も日傘を差して、狂気的な光をメガネの奥で光らせる。


「フォーメーションはA。隊長である俺が囮になる。乙女暗器の使用許可も下りている。いつも通りに……行くぞ。散開!!」


「「「了解」」」


 3人の少女たちは各々武器を手に、瓦礫の陰に隠れる。武器。といっても、銃や刀剣の類ではない。銃砲刀剣類所持等取締法……銃刀法による規制もあるが、呂利魂は人の怨念や不念から生まれたものであり、頭もそれなりにいい。銃や剣などのあからさまな武器で挑めば警戒される。そこでARSTにもたらされた武装は、暗器の類であった。


「まったく。男はつらいな。体を張って前に出なければならないのだから。だが、これぞ日本男児! 行くぞ、呂利魂!!」


 洋司は瓦礫の中を歩きだした。


 昼下がりの秋葉の街を白いゴシックドレス姿の美少女が歩いている。その美少女こそが洋司であり、彼がこのARSTの隊長を任せられた一番の要因であった。


 好実洋司は――男の娘なのだ。


「まったく、なんでこうヒラヒラした物をはかねばならんのだ! これでは、日本男児からほど遠いぞ! うう……」


 そして、彼の乙女暗器こそが身にまとっているゴシックドレス。洋司はドレスのすそをつかむと、乙女のように恥じらった。


「洋司くん、上!」


「く!? 破廉恥な!」


 みなみの声で洋司は我に返り、上を向く。上空から黒い影が飛びかかってきたのだ。それは、両手を広げた呂利魂であった。


 呂利魂は右腕を巨大な口に変化させると、そこから鋭い4本の牙を生やして洋司の胸部を切り裂こうとした。だが、洋司の真っ平な胸には傷1つついていない。


「この永遠の乙女の柔肌エターナルドレスに傷を付けることなど、できはしない!」


 永遠の乙女の柔肌エターナルドレス。それが洋司に与えられた乙女暗器なのだ。


「日本男児の魂をくらえ!」


 洋司はドレスのすそを少し持ち上げた。すると、内部に仕込まれた小型ガドリング砲が火を噴き散らす。特殊繊維による軽くて頑丈な鎧。そして、ドレス内部に仕込まれた小型火器。さらに火器類には精神生命体に傷を負わすことができるように、呪術コーティングされている。それらを併せ持つのが永遠の乙女の柔肌エターナルドレスなのである。


 だが、呂利魂は俊敏な動きで日本男児とは程遠い男の娘の攻撃を回避した。


「早い! 貴様!! 日本男児ならば逃げずに正々堂々と攻撃を受けろ!」


「なら、うちが動きを止める」


 なのかは瓦礫から姿を現すと、ヘッドフォンのケーブルをめいっぱい伸ばした。


「はいよ!」


 ヘッドフォンのケーブルをまるでロープのように投げつけ、呂利魂の足に引っ掛けると、なのかはそれを地面に思い切り叩きつける。


「うちの伸縮自在の乙女心イケメンホイホイからは逃れられんぜよ! ぱねえっす!」


 伸縮自在の乙女心イケメンホイホイはなのかに与えられた乙女暗器である。特殊素材を使用したヘッドフォンケーブルは伸縮自在の鞭となり、攻撃のみならず捕縛や牽引といった作業も行うことができる。その上、普通のヘッドフォンとして使用できるのが大きな点である。こちらも呪術コーティングされている。


「たたみかけろ、樹田!」


「へい隊長! でかい花火でどっかんよ!」


 みなみが瓦礫の上に立つと、ランドセルの止め具を外した。そして、そのまま元気よくおはようございますと頭を下げて、中身の教科書を全部ぶちまける小学生のようなかっこうになると、内蔵された小型のミサイルが全弾発射される。


 乙女の想い出ダークブレイズ。それが、ランドセル内部に重火器を仕込んだみなみの乙女暗器である。


 呂利魂はミサイルを全弾まともに受け、虫の息であった。


「潔く、逝けやああああああああああああああ!! あああん!?」


 トドメを刺しに凛が空高く舞い上がった。日傘に仕込まれたブレードを引き抜き、敵の首を一瞬ではねた。


「おうおう。今日もあたしの隠された乙女の狂気ヴァニッシュリッパーの切れ味は、最高にイカしてるねえ」


 隠された乙女の狂気ヴァニッシュリッパー。仕込み杖の日傘バージョンと説明すれば早いだろう。傘を展開するスイッチを押すと、持ち手から先のブレードが分離され、どんなに強固な装甲でも両断できる剣となる。これを装備した凛は、一見すると日傘を差す病弱な文学美少女のように見えるが、その中身は狂気に満ちている。


「殲滅完了。帰還するぞ」


 ARSTの激しい戦いは、今始まったのだ。

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