第2話 真ん中と右と左の村 後編
「お願いします!
どうか俺たちに力を貸してください!!」
左の村の青年レトに案内された宿で一晩を明かし、さてこれから少し観光でもしようと宿の玄関に出た途端、レト青年と見知らぬ女性に待ち伏せを食らい、人の往来が激しい通りのど真ん中で二人に土下座をされるという奇妙奇天烈な事態を目の前に、師匠をして優秀と言わしめた錬金術師もさすがに困惑の色を隠せなかった。
「…………えっと……?」
予想だにしていなかった事態にテオが固まる中、レトが彼の隣で頭を下げ続ける女性を指しながら口を開いた。
「あ、紹介が遅れました。
こっちは俺の彼女で、名前はカンナっていいます」
「カンナです。
初めまして……」
初めての相手に対しても物怖じせず、それどころか優雅に微笑みを向けてくるその態度は、艶やかな黒髪や彼女が身に纏う良家のお嬢様といった空気と相まってなかなかな美人にあいさつをされ、テオはつられるように慌てて頭を下げた。
そんなテオをなぜかレト青年がにやりと笑う。
「かなり美人でしょう?
ぶっちゃけ、俺の自慢の彼女なんですよ!
料理はめっちゃ美味いし、性格もいいし、美人だし、頭だっていいし、美人だし、スタイルいいし、美人だし!」
「やだ!
そんなに褒めても何も出ないわよ?
それにレトだって品行方正だし、格好いいし、頭もいいし、格好いいし、センスだっていいし、格好いいわよ!」
突然目の前でお互いを褒めちぎり、自慢し合うバカップルは、もはや完全に置いてきぼりを食らって当惑するテオどころか往来する人々の視線すらも気にしていないかのように、いちゃいちゃし始めた。
そんな、まるで砂糖を口から吐き出しそうなほどに甘い空気にテオがげんなりしていると、スマホから電子の少女――ティーが姿を現して、主人に耳打ちした。
『マスター……
どうやら彼らはもうお互いのことしか見えていないようです
ここにいても馬鹿らしいだけなので、先を急ぎましょう』
本来なら自分に用があったはずの二人は、完全にそのことを忘れたかのようにいちゃいちゃするだけなので、まぁ別に大したことでもないだろうと思い直し、ため息交じりにティーの言葉に頷いてテオがその場を離れようとした矢先だった。
「ちょ……ちょっと待ってくださいよ!!」
テオが離れようとしていたことに気付いたレトが、慌てたように服の裾を引っつかんで引き止める。
「俺たち、まだテオさんに何にも話してないっすよ!?」
縋り付くように服を引っ張るレトとその隣で彼氏に激しく同意するカンナに対して、テオはため息混じりに答えた。
「いやぁ……だって二人とも、自分たちのことに忙しそうだったし……」
『ぶっちゃけ、あのまま放っておいたら独り身のマスターには精神衛生上よくありませんでしたから……』
ティーの「独り身」という言葉に、若干胸に刺さるものを感じたテオが「余計なお世話だ」とティーにツッコんでから、改めて目の前の二人に視線を向けた。
「それで?
二人は一体、俺に何の用なの?」
その問いに、一瞬はっとしたようにお互いに顔を見合わせたバカップルは、道を行きかう人々の目の前で、テオに向かって再び同時に深々と頭を下げた。
「お願いします!
俺たちに力を貸してください!!」
「お願いします!」
朝っぱらから深々と頭を下げる二人の男女と、その前で呆然とする旅人という奇妙な構図に、村を行きかう人々から好奇の視線が突き刺さるのを自覚したテオは、こっそり
「それで……俺に頼みごとって一体……?」
取り合えず人の視線から逃れるためにも、自分が泊まった宿の部屋に二人を招きいれたテオが、いささか疲れたような声音で訊ねた。
「えっとですね……
見ての通り、俺とカンナは付き合っているわけですが……
実はそろそろ……俺はこいつと結婚したいなって考えてるんですよ……
で、プロポーズも済ませたし、婚約指輪も渡してあるわけですが……」
『それじゃ、とっとと結婚しちゃえば良いじゃないですか』
ティーの、ある意味では辛辣とも取れる言葉に、カンナが小さく首を振った。
「ところが、そうは簡単にできないんです……
私たちは特に……
お二人は、この右と左と真ん中の村の事情はご存知ですか?」
その問いに、テオとティーが揃って頷く。
「問題はそこなんです……
実は黙っていましたが、俺は左の村の村長の息子で……」
「私は右の村の村長の一人娘なんです……」
なるほど、と納得しながらテオは昨日見た光景を思い出す。
それは左の村に迷い込んだ右の村の少女が、よってたかって追いかけられる光景。もっとも、その少女はすぐに真ん中の村に逃げ込んで、それを追いかけてきた左の村の住人たちと仲がよさそうに話していたが。
要は、左と右。その垣根を越えて結婚するというのはかなり難しいということだ。それも、二人の場合は、それぞれの村を代表する長の子供同士なのだから、なおさらだろう。
そこまで考えて、ふとテオは首をかしげた。
「あれ……?
でもじゃあ、
レトから聞いた話と昨日の光景を見る限りでは、この真ん中の村は完全な中立地帯。右も左も関係なく、誰もが仲よさそうに過ごしていたはずだ。
だからこそのテオの回答だったが、レトとカンナは揃ってそれを否定した。
「それが無理なんです……」
「
「それが、『真ん中の村への移住を禁止する』と言うものです」
何でそんな掟が? と首を傾げるテオにレトが言う。
「俺が親父から聞いた話では、俺やカンナみたいなそれぞれの村の若い連中がどんどん真ん中の村へ流出して行って、左と右の村の衰退を防ぐため……とのことですが……」
なるほど、納得できる話ではある。
どこの世界でも、やはり若者と言うのは常に新しいものを求め、どんどんと外へ行きたがるものだから。
(一番簡単にして確実な方法が使えないとなると、後はもうそれぞれの両親を根気強く説得するしか……)
眉間にしわを寄せて考えていたテオは、ふと脳裏に浮かんだ方法を口にした。
「あのさ……」
翌日、自分の大型バイクにしっかりと燃料が補給されていることを確認したテオは、村で買い込んだ食糧をバイクの後輪に取り付けたサイドバッグや自身が背負うバックパックに仕舞いこむと、朝もやの中をバイクを押しながら村の出口へと向かっていた。
と、そこへすでに
『いいのですか、マスター?
彼らの様子を見なくて……』
「ん~……別にいいんじゃないかな?」
テオが軽い調子で答える。
前日に、宿の部屋でテオが二人へ出したアドバイスに、二人は一瞬だけ顔を見合わせた後、満足したようにお礼を言って宿を飛び出した。
そのアドバイスとは、まずレトが右の村と真ん中の村を隔てる川でおぼれたフリをし、それをカンナが助ける。
しかしレトはおぼれたショックか、記憶を失っており(失ったフリ)、自分が誰か覚えていない。
行く当てもないレトをカンナは可哀想に思い、自分の家で一緒に暮らすことを提案する。流石に、そんな事情を持つ彼を、カンナの両親も見捨てはしないだろう。
それから数日は、二人の仲がどんどんよくなっていくのを両親に見せつけ、数日後、唐突に記憶が戻ったことをレトが明かす。
レトが左の村の人間だと知って、カンナの両親は怒るかもしれないが、それまでの二人の幸せそうな姿を見せていれば、あるいは説得に応じるかもしれない。
後は、二人揃って左の村のレトの両親の元へ行き、しっかりと説得するという、上手く行くかどうかも分からないものだった。
「元々俺はこういう方面には弱いし、師匠だってそうだったから詳しくは学べなかったしね……
それに、もし上手く行かなかったとしても、二人なら駆け落ちでもして何とかすると思うよ?」
『そんなものですかね……?』
いまひとつ納得し切れていない様子の相棒に苦笑を向けたテオは、まだ朝もやが残る橋を渡って村を出ると、目的地も定めずに旅へと出るのだった。
それから数週間後。
真ん中の村で、左の村の新郎と右の村の新婦が盛大に結婚式を挙げ、その新郎新婦が一人の錬金術師に心から感謝したというが、当の錬金術師はそれを知る由もなかった。
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