第1話 真ん中と右と左の村 前編

 夕日が地平線へと沈みかけた荒野に伸びるまっすぐな道を、一台の大型バイクが走っていた。

 道といっても舗装はされていないため、時々バイクの幅広なタイヤが石や盛り上がった土に乗り上げては大きく車体を跳ね上げ、そのたびにバイクに跨る男も体を大きく跳ねさせていた。

 本来なら、もっと走りやすい道を行ったり、もっと道のでこぼこに注意してバイクを走らせるべきなのだろうが、男は自分が大きく跳ね上がるのも、後輪の両脇にくくった荷物がまるで抗議するように派手な音を立てるのも全く気にすることなく、ただひたすらにまっすぐ突き進んでいた。

 それからしばらくして、空が茜色から群青色に変わりかけた時だった。

『マスター……

 間もなく完全に日が暮れます

 また、燃料もそろそろ少なくなってきているため、そろそろ近くの町や村に立ち寄った方がよろしいかと……』

 バイクを走らせる男のヘルメットに内蔵されたインカムを通して、女性の柔らかな、けれどどこか機械的な音声が届けられた。

 男が走らせるバイクには男と荷物以外同乗者はいないはずなのに聞こえてきたその声に、しかし男は特に気にすることなく、軽く頷いてからゆっくりとバイクを止め、被っていたヘルメットを外した。

 途端、露になった頬を荒野を渡る風が優しく撫でて、思わず目を細めた男――師匠から卒業を言い渡されて旅に出ている錬金術師のテオは、バイクの燃料タンクの上に固定されたスマートフォンを取り外すと、それに向かって声をかけた。

「ティー……近くに村や町はある?」

 テオのその質問に答えたのは、さきほどインカムを通してテオに話しかけてきた機械的な女性の声の持ち主でスマホに浮かび上がったホログラムの少女だった。

『GPSとこのあたりの衛星映像から、東に5キロほど行った場所に街が一つあることが判明しております

 現在地から計算すると、その街が一番近いですね……

 他の村や街をご希望される場合は、最低でもあと10キロは移動をしなければなりません』

 どうしますか? と問うティー――テオが独自に開発し、スマホに搭載した人工知能――に、テオはしばし悩んだそぶりを見せた後、スマホをバイクの燃料タンクに固定して、自分はヘルメットをかぶり直した。

「道案内を頼む」

 ヘルメットに内蔵されたインカムに向かってそう言うと、テオはバイクの進路を東に向けて再び走り出した。

 

 それからしばらくして、ティーのナビで橋の上に作られた門を見上げたテオは、門の前の案内板を読み上げた。

「ようこそ、右と左、真ん中の村へ……?

 どういうことだろ?」

 きょとんと首をかしげる主へ、人工知能の少女も、また同じように首をかしげて見せた。

『残念ながら検索の結果、該当する公的な情報はありませんでした……

 用心するに越したことはありませんが、とりあえず行ってみてはどうでしょうか?

 間もなく日も暮れてしまいますし……』

「……それもそうか……」

 ティーの提案に軽い調子で頷いたテオは、そのままバイクをごろごろと押しながら門をくぐり、その先に広がっていた光景にようやく案内板の意味を悟った。

「……なるほど……

 確かに、これは左右と真ん中の村だ……」

 うんうん、と一人納得するテオの視界の先には、一本の広い川の両岸と中州にそれぞれ建てられた村と、左右の村から真ん中の村へ、そして門の入り口から真っ直ぐと真ん中の村へと伸びる橋とその三つの村をぐるりと囲う巨大な壁だった。

『恐らく過去に、猛獣や外敵の侵入を防ぐために作られたあの巨大な壁のせいで、外へ情報が出回らなかったのでしょう……』

 ティーの解説に頷きながら橋を渡って真ん中の村に着いたテオ。

 そこから、さてどうしようと悩みかけたところへ、突然村人の一人が声をかけてきた。

「もしかしてこの村は初めてですか?

 ようこそ俺たちの村へ、旅人さん!

 歓迎しますよ!」

 村人に出迎えられるままに足を踏み入れた途端、どやどやとテオの周りに村人たちが集まってきた。

「初めまして、旅人さん!

 もう泊まる場所は決まりましたか?

 うちの宿は安いよ!」

「うちの宿はちょっと割高だけど、その分料理も風呂も自信を持っておすすめできまさぁ!」

「うちの宿の自慢はなんと言っても景色!

 左右の村と真ん中の村、それぞれを一望できて絶景です!」

「それにしても立派なバイクですね!

 燃料ならうちで補給できますよ?

 ついでにバイクの汚れも綺麗にしてあげましょう!」

「旅人さん、腹へってないかい?

 よかったらこれ食べてくれよ!」

 あっという間に人だかりに囲まれ、宿のパンフレットや料理の試食を押し付けるだけ押し付けてまるで波が引くようにさっさと離れていった村人たちに、テオが思わずぽかんとしていると、最初に出迎えた村人が苦笑しながら話しかけてきた。

「いやはや、驚かれたでしょう?

 我々の村は情報が外へ出て行かないせいか、中々旅人さんが来ないのですよ……

 だからみんな、あなたを珍しがっているんです……

 ああ、そういえば忘れていました。俺は左の村に住むレトっていいます……」

 ぺこり、と頭を下げながら自己紹介をした村人――レトにならって、テオも頭を下げる。

「俺はテオ……錬金術師……

 そしてこっちがティー……」

『初めまして、ティーと申します……

 マスターに作られた自律思考型人工知能AIです……』

 テオが持つスマホから突然浮かび上がったホログラムの少女に驚き、レトは眼を見張ってから、興味深そうにティーを眺め始める。

「人工知能……ですか……

 俺、初めて見ましたよ……

 それに錬金術師も……

 正直、錬金術師って何をしてるか分からない職業だったんですが……

 作れるだなんて……すごいんですね……」

「こんなの」扱いされたティーがぷくり、と頬を膨らませるのを宥めながらテオは話題を変えた。

「ところで……俺たちここで泊まりたいんだけど……

 どこかおすすめの宿はあるかな?」

「おすすめ……ですか……

 そうですね……

 基本的には、さっきテオさんがパンフを押し付けられた宿の中から選べばいいと思います……

 お金に余裕があるなら、値段はそこそこ高いけど料理もお風呂も抜群な宿へ……逆に心もとないなら、安価だけど料理も風呂もそれなりのレベルの宿って感じですね……」

「そうか……」

 どうしようかと、パンフレットを眺めていたテオはあることに気付き、声を上げた。

「そういえば……、押し付けられたパンフレットの宿は全部真ん中の村なんだ……

 左とか右の村には宿は無いの?」

「ああ……それなんですが……実は……」

 どこか気まずそうに言い淀んだレトは、周りの目をうかがうようにきょろきょろと視線を彷徨わせた後、ゆっくりと村の歴史を語り始めた。


 実はこの村……元々は一つじゃなかったんです……。

 最初は川を挟んで左と右の村が別々にあっただけで、この真ん中の村はただの中洲でした。

 けど、どっちの村もだんだん人が増えてくるにつれて、自分たちの村だけでは満足できなくなったんです。

 そこで両方が目をつけたのが、この中州でした。

 まだどちらの村も手をつけていない、それでいて大きくて肥沃な土地が広がっていたんですから、当然といえば当然ですね……。

 それから、どちらの村も中州ここは自分たちの土地だと激しく主張しあいました。

 それでも最初は主張するだけだったんですが……、いつしか中州ここの権利を賭けてお互いに争うようになったんです。

 それはもう、酷い有様だったと聞いています。

 血で血を洗うような戦が続き、最終的には裏切りや権謀術数なんかが横行して、敵も味方も分からない、そんな状態だったらしいです。

 それを見かねたのか、どこからかやってきた旅の錬金術師さん――ちょうどテオさんのような人が、当時の左と右の村の村長を説得した上で中州ここを絶対中立地域にして、ここにいる限りはお互いに争ってはならないという掟を作り上げました。


「そのあと、その錬金術師の人が中心となってそれぞれの村からここへ橋を架けて、ここを巡る争いは無くなったわけですが……」

 そこで一度口を噤んだレトは、小さく息をつきながら手を振ってテオを真ん中の村の端っこに呼び寄せると、「あそこを見てください」と左の村を指差して見せた。

 その指の先をたどっていくと、そこには数人の男に囲まれた一人の少女がいた。

「てめぇ!

 何で右の奴がこんなところにいやがる!!

 ここは俺たちの村だ!

 とっとと出て行きやがれ!!」

 怒鳴られ、棒や農具を持って殺気立つ男たちに追いかけられた少女が、粟を食ったように踵を返して真ん中の村へと逃げていくのが見えた。

「まぁ、あんな感じで中州ここ以外のところではまだまだ過去の因縁が断ち切れていなくて、ああして争っていたりするんです……」

 呆れたようにため息を漏らすレトの視線の先で、少女が真ん中の村に逃げ込み、それを追いかけてきた男たちも真ん中の村に踏み入れた途端、まるで何事も無かったかのように少女と男たちが笑顔で会話を始めた。

 そんな光景を眺めていたティーが、なんともいえない声音で思わず漏らした。

『なんだか……かなり奇妙な村ですね……』

 その言葉にテオは、ただただ頬を引き攣らせることしかできなかった。

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