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12×バンド結成

 バンドをやることに決まったはいいものの、どういうメンバーでやるかは全く知らない。そもそも狩野がどんな音楽を目指しているのか分からない。ということで、昨日はずっと丸一日狩野と喋っていた。

 久しぶりに、ここまで他人と話していた気がする。

 のどがカラカラどころか、比喩ではなく喉から血が出そうだった。

 それぐらい熱心に話した。

 人と眼を合わせてここまで語るなんて、恥ずかしい限りだ。

 高校生とかだったらハンバーガー屋とかファミレスとかで永遠に語れることだってできるだろうが、俺はもう大学生なのだ。こんな思春期の青春じみた語りをすることに抵抗がないわけがない。あまりにも若々しいというよりかは子どもっぽい。

 だけど、やってよかったと思う。

 狩野には絶対にいいたくないが、楽しかったしな。

 それから、俺は講義がない日だったので良かったが、狩野は講義があったらしい。だが、サボッた。まあ、サボれる講義とサボれない講義というものがあるが、狩野は出席の紙を代筆してくれるようにスマホで友人に依頼していたからサボれる講義だったのだろう。見た目通り不真面目過ぎる男だ。

 もっと詳しく話の内容をいうのならば……。

 好きなアーティースト、好きな音楽、どこでセッションするか、昔の音楽と今の音楽の違い。目指している音楽。それからバンド以外のプライベートなことまでベラベラと言ってしまった。昨日の一件をかいつまんで、俺が情けない部分は隠しながら話してしまった。もう誰でもいいから話したかったのだろう。

 もしも、狩野が俺の親しい友人ならば、真面目な男でちゃんと相談に乗ってくれる奴なら俺は話さなかったもしれない。でも、逆に、不真面目で、親しくない。それからそりも合わないし、ぶっちゃけちょっと俺はこいつを見下しているし、今後一切関わり合いになりたくないまで想っている相手。俺と共通の知り合いがいない。そういうことが重なった結果、俺の口は軽くなってしまった。

 地蔵にでも話しているような気分で話してしまった。思いの外すっきりした。仮のは意外にもちゃかしたりはしなかった。もっと軽薄な奴かとも思ったけれど、真剣に話をしてくれた。その辺はやっぱり音楽好きだからだろうか。

 ――それから俺達は練習ができるスタジオまで来た。

 今の時代カラオケでもバンド練習できるけどどう? と俺は聴いたが、いや、カラオケはない。たまにカラオケでベース握っている奴いるけど、神経疑う。あんなに音質悪いところで楽器を弾く奴は耳が腐っているとか言ってディスっていた。まあ、俺は結構カラオケで練習する奴の気持ちもわかるんだけどな。機種によっては機材をフルに使えるものだって揃っていて、最近のカラオケは馬鹿にできないんだけどな。

 バンドをやっている奴の懐事情は二極化している。

 家が元々金持ちの奴と、バイトをいくつもかけもちしていても金が足りないような貧乏人とで。

 バンドっていうのは娯楽。

 別にやらなくても生きていけるもの。

 衣食住とは違うからこそ軽視されることも多々あるから、お金持ちの奴が多い。声優さんも家柄がすんごいところが多かったりするのはそういうことなのだろう。

 だけど俺は金がないほうなので、最初は安いベースを買ったりしたんだが、やっていくうちに凝り始めて微妙に高いやつに手をだし、それからまた高いやつに手をだして、と、どんどん金が無くなっていった。どうせだったら最初からいいやつを買った方が安くで済んだことに気がつくと、がっくししてしまった。それほどまでに楽器を演奏するってことにはお金がかかる。

 だからカラオケですませてしまおうという奴の気持ちは分かるのだ。本当ならば立派なスタジオでリハーサルぐらいやりたい気持ちも分かる。でも、狩野が案内されたスタジオはかなり安かった。そこらにある某カラオケ店よりも安い。

 やっぱり、狩野が現役で音楽をやっている分、店に詳しかった。

 路地裏の、入り組んだお店で、仮にスマホで場所を検索しても辿りつくには相当時間がかかってしまうようなところにあった。途中、夜の店の呼び込みの方とかに呼ばれて緊張したが、その辺は狩野がしっかりとあしらってくれた。なんでこんな昼間から夜の店とか誘ってくるんだよ、おかしいだととか言ったら、今の時間だからこそ誘うんだって。だって、夜よりも朝とか昼の方が値段安くなるんだから、だから格安で順番待ちとかで愉しみたいんだったらお昼とかも全然ありだって、とか妙に遊び慣れている発言をしてくれた。

 本当にこいつ大学生なんだろうな、とか思ったけど、普通の大学生ってこんなもんか。俺の周りも遊んでいる連中ばかり。浮気するのを自慢げにしている奴らだったしなあ。俺みたいな奴の方が潔癖なんだろうか。うーん、遊び方が分からないから分からない。ただの友達との遊び方だって分からないのに、そんな上級な遊び方なんて分からないって。

 まあ、そんなしょうもない話はどうでもいい。

 バンドだ、バンドの話。

 案内されたスタジオの方がちゃんとした音質でそれなりに安いので俺もここならば利用しやすい。

 狩野はたまにちゃんとしているライブも出ているし、路上でも弾いているらしい。駅のところでたまにギターを弾いている奴を見かけたことがあるが、そういうことをしているらしい。

 今でもそういうことをする奴が近くにいるとは思わなかった。時代錯誤もいいところだし、駅にはちゃんと路上ライブ禁止っていう壁紙が貼っているというのに、よくやるもんだ。あんな路上ライブに稼ぎなんてあるとは思えなかったが、意外や意外に行ったその日は必ずお金がもらえるらしい。まあ、狩野の演奏がそれなりに上手い、というか俺よりかは全然うまいのでそれには納得した。

 酔っ払いのおっさんが一万円をぽい、とごみを捨てるみたいに置いていったこともあったらしい。……俺も路上ライブやってやろうか。あまりにもお客さんを集客したら警察が飛んでくるらしいが、大体がノータッチらしい。

「俺がギター、ベースなら……できるかな? どっちでもいいけど、それ以外は?」

「俺はギター派だから、翔太ちゃんはベースでいいよん。ドラムとボーカルは俺の知り合いに任せよーかなー。翔太ちゃん、それでいい?」

「いいよ。とりあえず、セッション組まないと、てか、バンドするっていっても、その、演奏するイベントってあと何か月後だよ」

「まあ、どれにでるかはみんなの出来次第ってところかなー? あと一ヶ月後のイベントもあるし、俺的には半年後のやつに出てもいいと思っている。楽勝だねー」

「楽勝ねえ……」

 狩野は楽観的だが、時間がどれだけあっても困らないのがバンドというものだ。どれだけ一人一人がうまくとも、それを合わせるのが難しいというもの。技術的には問題なくとも、微妙に音楽感は違うもの。演奏の仕方一つ違っていて、ここは音を大きくした方がいいとか、ビブラートをもっと意識した方がいいとか、そういう細かいことで言い争いになったりして、どうしても足並みが揃わないことだってある。

 五、六人のマラソンで一人一人が速くとも意味がなく、バトンの渡し方一つでかなり順位が変わる運動会みたいなものを想像してみて欲しい。バンドっていうのはああいうマラソンに似ている気がする。

 酷い例を挙げるなら、遅刻一つで解散したバンドを俺は知っている。

 それほどまでにバンドは難しいものだ。

 お金を稼ぐプロならば、まだある程度は我慢するんだろうが俺達アマチュアはそうはいかない。我慢なんてきかない。適当に流して音楽してればいいのだ。だから簡単に脱退する奴らが現れる。バイトがあるからとか、彼女とデートするからとか言ってセッションに遅刻したり、こなかったりする。ドタキャンするような連中が現れる。金銭面とか親の反対とか学業とかそういうどうしてもな場合はしかたがないけど、仲間内での温度差が生まれるっていう時がある。幸い俺は暇な方だからバンドにいくらでも参加はできるが、どういうバンドなんだろうか?

 狩野がいるから楽なバンドな気もするが、意識高い系のバンドだと少々厄介なことになる。どうして昨日できたところができていないんだ! どうしてもっとパッションを感じない! どうしてもっと練習してこなかったんだ! とか、そういうもろもろの押し付けをされてしまうとどうしても意識低い系の俺としては反論してしまうだろう。それを最初は押さえないといけない。ともかくファーストコンタクトは大事だ。

 ……はあ。

 あまり深く考えずにバンドのことをオッケーしたものの、やはり考えれば考えるほどに憂鬱だ。そこまで広い人間関係を気づいてこなかった俺としては初対面の人間と話すのは億劫だ。

 どちらかというとこちらが主導権を握れる相手ならば、初対面でも話せる。何故なら、初対面だからこそ話せる話題がたくさんあるからだ。

 中途半端な仲だと、話せる話題が限られる。どれが興味あるとか、どれに興味がないとか。それらを加味した上で、俺は話す内容を必死で頭にシュミレーションして会話をし始める。それが俺にとって苦痛でしかない。

 俺にとって人間関係とは接待で接客だ。

 相手の気持ちを予想し、予測する。その積み重ねによって俺は普通でいられた。友達だと認められていた。

 だから、俺はもうそんなことはしたくない。

 できたとしてもしたくない。

 だって、どうせまた手放してしまう。

 捨てるし、捨てられてしまう。

 自分を偽って誰かを偽って、その先に待っているのは後悔しかない。無しかない。だから、俺はなるべく偽りを失くそうと思った。

 嘘だけを重ねつづけてきた俺が、いまさら、すぐに自分に正直になれるとは思えない。自分本位に生きられるほど自己中を容認できない。だけど、少しずつならどうだ?

 自分が好きになるためには、自分の本心をちょっとずつ言っていければいい。そうすれば、きっと、慣れるだろう。俺は自分の心を削らずとも他人と接することができるようになるだろう。

 そんな風にポジティブシングに偏らなければならないほどに、今の俺は吐き気を催している。こちらが会話の主導権を握るとなると、選択肢が広がり過ぎて考えることが多い。そのせいで思考ががんじがらめになる。堂々巡りになる。無意味なことを永遠に続けてしまう。なんという俺の頭のポンコツ具合か。

 逆に、相手側が主導権を握る側だと、どうも俺的には苦手だ。ぐいぐいくる相手は辟易する、狩野のようなタイプ。

 だが、それよりか酷いタイプもいる。話が下手な癖に、自分から話しかけてくる奴。しかも、こっちの話はシャットダウン。とにかく俺の話を聴け! いいんだよ、お前の話はつまらないから! とか自己中心的な典型例が苦手だ。そういうアホは二度と喋って欲しくないが、相手のことを考えられないので騒音を撒き散らす。

 話がうまければ、どれだけ自己中でも対応できるが、下手だと沈黙が下りる。何も生まれない。さっさと帰りたい。俺も合わせることができない。そういう輩とはもう二度と関わりあいたくないのだ。うえぇ。思い出すだけでまた吐き気がしてきた。やめようやめよう。こんなことを思い出すのは。

 狩野のバンド仲間というぐらいだから、その辺は安心できるかもしれない。

 だが、まあ。

 そういった問題があるから、とにかく早く他のメンバーに会っておきたい。成功するにしろ、失敗するにしろ早めに会った方がいい。俺がだめだというなら、残念ながらこの話はおじゃん。俺以外のメンバーを狩野が探せばいいだけの話だ。うーん。なんたる投げっぷり。狩野のことをここまでこき下ろしておいてなんだが、俺もなかなかのクズっぷりだな。

「とりあえず、今日は二人で勘弁してよー。これからもちゃんと時間確保するからさー。あっ、でも一つ忠告」

「なに?」

「バンド内恋愛禁止」

「はあ?」

 こいつ今、恋愛って言ったか?

「これがさー、馬鹿にならないんだよねー。バンド内で恋愛して解散したってケースがたくさんあるんだよねー。ごめんね、翔太ちゃん。本当はこんなこと言いたくないんだけど、これは、本当に重要だから! 手を出すにしてもせめて今度のライブが終わってからにしてね!」

「……しねえよ、こりごりだよ、恋愛なんて……」

 俺だって分かっている。それに、知っているさ。バンド内で恋愛してだめになったっていうのは、そもそも俺らだってそうだし、他にも例を見る。ドラマとかでよくある光景だが、確かによくあるのだ。

 ボーカルが一人女とかだと、他の男達と取り合いになるみたいなことが。でも、だからといって自分達がそうなるとは思わなかった。

 問題なのは、こいつが一々口に出したことだ。

 相も変わらずこうやって傷口に塩を塗りたくるのが趣味みたいな奴だ。だが、どう見ても悪気はない。素なのだ。素でこれとか逆に糞野郎だが、それでもまあ、ブチ切れるほどではない。

 というか、俺はあまり切れるほうではない。

 あんなに殺意が湧いた相手にあんなに親切にするぐらいには、切れない。きっと人よりも我慢してしまう。怒ろうと思っても怒れない。学校の教師とかにはなれないだろう。きっと生徒とかに舐められそうだ。

「そか。よかった。まあ、ボーカルの子がアイドル並みに可愛いからねー。ちょっと心配になっちゃったんだよねー。いやー、ほんとごめんねー。悪い悪い。悪いと思っているからさー。赦してねー。実は俺の知り合いも告白して玉砕したばかりでなー。ちょっと立ち直るのに時間かかるっぽいから心配だったんだよねー」

 アイドル並みね……。まあ、それはそれでいいことだ。お近づきになりたいわけとかではなくて、ボーカルは可愛いければ可愛いほどいい。

 可愛い女の子がボーカル、それだけで侮れない。音楽に美醜は関係ないというのはもしかしたら昔の概念なのかもしれない。もう古いのかもしれない。音楽の良しあしよりかも、アイドルとの握手券の方が価値があるかもしれない。

 なんというか、音楽とか本とか、そういう話ができるが本当に減ってしまった。内容の話ができのが本当に悲しい。音楽ならば、どの楽器がいいとか、歌詞とか、編曲とか、テーマとか、もっと踏み込んでいくとボーカルの私生活までいく。どういう私生活で、どういう考え方で、どんな風に音楽を表現するのか。それが知りたくて、調べまくる。

 本当はいけないことなのかもしれないが、俺は本当に心の底から尊敬している人のことはインタビュー記事まで漁る。それは反則だ。俺にとってそれはカンニングするようなものだ。現代文で答えが分からないからといって、なくなってしまった作者にタイムスリップして会いに行って、この作品の意味を教えてくださいと頭を下げるようなものだ。

 そんなことまでしたくないのが、どうしてもという時はやってしまう。

 音楽好き失格かもしれない。

 だって、作者本人のインタビューを見てしまうのは、答えをそのまま知ってしまうことなのだから。そんなのつまらない。ネタバレほどつまらないものはない。自ら模索し答えにたどり着かなければ、それは自分の身につかない。意味がない。

 でも、それでも答えを知りたい時がある。

 数学だってどうしても分からない時はどうする?

 決まっている。

 答えを眼にする。

 答えを眼にして逆算して問題式にまた立ち向かう。分からない時は再び答えをみて、そして何度も何度も計算する。そして、やがてはそれが身についていく。自分の考えへと至る。その工程。何度も繰り返され、精錬されていく自分の考え。数学は国語ほど得意というわけではないが、それが俺にとっては快感だったりする。楽しいのだ。

 そうやって自分がどんどん頭がよくなっていくような感覚。それが味わえるのは数学だけなのかもしれない。

 そうして、自分のものにすることだってある。

 だから、俺は答えを知りたい時には知る。

 音楽マニアには失格認定されるかもしれないけど、それでも俺はにわかはにわかなりに知りたいのだ。もっと知りたいために。もっと好きになるために。分からないなりに答えを身に着けるために。

「ん?」

 スマホが振動した。どうやら誰かしらか連絡が入ったらしい。またスパムメールか何かか?

「あっ……」

 そこに写っていた名前は、アリサだった。

 俺の顔色が変わったからか、狩野が顔を輝かして近寄ってくる。

「えっ、なになにぃ、どうしたのお、翔太ちゃああん」

「くんな!」

「えっ、女、女?」

「お前みたいな万年発情期男と一緒にするな! ただの後輩だよ! 後輩!」

「ええ、そうかなあー。あやしいなあー」

「どっか行け! うざい!」

 肩を組んで熱苦しいっ!

 でも、自然と笑みがこぼれる。何やら話があるから会ってくれないかと言った文面だからだ。大したことがないことでも、いくらでも呼んでくれていい。友達がいなくなった今、俺にとって唯一といっていいぐらいの心の支え。オアシス。どんなことがあっても、どんな時だだって駆けつける。――たとえ、それが地獄の釜の底だったとしても。

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